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東大 後期試験が変わる! 大学改革08年~

東大の後期試験の募集方法が大幅に変わりました


2008年度から 変わります
(ちょうど現高1、僕らの年から!!)


【今まで】
・定員300人
・文系、理系別の試験問題
・各科類ごとに定員が決められていた
・理Ⅲも後期試験がある



【これから】
・定員100人(減少分を前期試験で補充)
・文系、理系の枠をなくし、文理共通の総合科目で一本化
・合格者が自分で行きたい科類を選択できる(理Ⅲ以外)
・理Ⅲの後期試験はなくなる



06年度からの東大の進学振り分け制度
(入学後の成績によって文系、理系を問わず進路変更を可能とする制度)
に連動した「文理融合」入試だともいえる。

これは後期も受けようとしていた僕にとって一大事だ。
なんせ、定員が今までの三分の一になってしまうのだから。
前期でその分増えるということだが、一体どうなるのだろうか。

僕らの年からはじまる制度なので、
まったく分析・研究しようがない

これはこれからの受験勉強の指針・計画にも影響してくる出来事だ。

しっかりと対策をしていきたい。



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コメント

オススメ
マスターベーションは、80年代前半の日本のアンダーグラウンド・シーンを代表するパンク・バンドの一つだ。81年5月に京都で結成。当初のメンバーは、卑龍(vo&g)、神風(dr)、ロス(b)だった。翌年2月がデビュー・ステージで、まもなく東京でもしばしばライヴをやるようになるのだが、当時ライヴ中によく卑龍は自分の体をカミソリで切り刻んでいた。初の音源発表は、83年2月にからリリースされたコンピレーション盤の『Outsider』。続いて、名曲「兵士トナッテ戦場ヘムカエ!」収録のEPをから出す。マスターベーションにはツー・ビートの速い曲もあるが、ルーディメンタリー・ペナイを思い出すスロー~ミッド・テンポの曲が多く、当時(今においてもだが)のシーンの中でも異色だった。ゴシックとは違う日本的なダークな色彩の音だけでなく、暗部に焦点を当てたような日本語の歌詞も含めて、ドロドロした雰囲気を作り出していた。その後メンバーが抜け、卑龍はマスターベーションの拠点を東京に移した。84年には、奇形児のメンバーのタツシがベース、後にザ・原爆オナニーズやスタークラブ、ブランキー・ジェット・シティで叩くタツヤがドラムに、メンバーが固まる。この編成で、音の抜けがよくなった。まもなくソノシートの『死顔』を出し、85年の頭にはミニ・アルバム『被害妄想』をリリースした。しかし同年3月のステージが、マスターベーションのラスト・ライヴとなった。それから卑龍は、タツシや奇形児のヒロシらと共にトランスフォーマーを結成。ミニ・アルバム『Manoeuvre』を出したが、まもなくシーンからは姿を消した。(行川和彦)
『リック』さん(仮名)は、ワシントン州に住み、ドーナツチェーンの『クリスピー・クリーム・ドーナツ』で働く20歳の若者。キリスト教を信じるリックさんには、深刻な悩みがあるマスターベーションをしてしまうことだ。

 リックさんは最近、自慰行為は罪深い行為だとの考えを同じくする、やはりキリスト教徒の男性何人かと知り合い、40日間「不浄行為」をしないと誓い合った。聖書に書かれている、砂漠でサタンがキリストを快楽に引き込もうと誘惑し続けた日数と同じだ。リックさんと仲間たちは、電子メールやインスタント・メッセージを通じて、誓いを破らないよう励ましあっている。

 「始めてまだ数日だが、自分の体がいかにそれに慣れ、中毒になっていたかを実感しつつある」今回の挑戦を記録しているウェブログ『フリー・トゥ・ビー・ピュア』に、リックさんはそう書き込んでいる。「我慢するのは大変だが、自分のためだけでなく、一緒にこの禁欲に挑戦している仲間たちのためにも、強くなろう、そしてこの中毒を打ち負かそうと僕は戦っている。みんな、がんばろう! 僕たちは清らかさを取り戻せる」

 リックさんたちが挑戦を始めるきっかけになったのは、『XXXチャーチ』というウェブサイトだ。このサイトは、ポルノと自慰という2大誘惑を克服できるよう人々を支援し、彼らを神に向かわせることを使命としている。

 このオンライン活動は、世界のポルノ産業の中心地と言われる南カリフォルニア出身の2人の若い牧師(写真)が立ち上げたもの。とりわけポルノが蔓延している媒体、インターネットを通じた肉欲の罪に対して、果敢に戦いを挑んでいる。とはいえ、非常に厳しい戦いだ。XXX(ポルノ)サイトが無数にあるのに対し、XXXチャーチはたった1つしかない。

 「(われわれは)キリスト教会がポルノ問題に対して何もしていないのを見て、立ち上がって何か行動を起こそうと決めた」。クレイグ・グロス牧師(28歳)は、2002年にマイク・フォスター牧師(32歳)と2人でXXXチャーチを設立した動機についてこう話す。「キリスト教徒とそれ以外の人々双方に訴えかけるため、通常の教会活動の範疇に当てはまらないやり方をしたかった」

 「最高のキリスト教ポルノサイト」を名乗る同サイトでは、ダウンロードして使える聖書研究素材や、祈りのためのオンラインフォーラム、登録したユーザーが訪れた好ましくないサイトを記録して、指定した第三者にその事実を報告できる(日本語版記事)無料ソフトウェア『X3ウォッチ』などを提供している。

 実用的なアドバイスも多数ある。両牧師が自慰行為の代わりに勧めるのはこんなことだ。「平静を保ち、自らにこう言い聞かせなさい。『自慰よ、私はおまえの奴隷ではない! 私は自分の人生を取り戻す!』(あるいはこれに類する言葉を)。もし、これがうまく行かなかったら、ほかのやり方もある。たとえば、ガムを噛むとか、[ドラッグの禁断症状について歌った]ジョン・レノンの曲『冷たい七面鳥』を大声で歌う、あるいはチョコレートを食べるとか、自分にとっていちばん気の紛れること(ただし自慰以外)をすればいい」

 マスターベーションを戒める教えは、マタイによる福音書5章27~30節に基づくものだ。福音書は肉欲を罪とし、もし体の一部(たとえば右の手)が罪を犯させるのなら、切り取って捨ててしまいなさいと述べている。なぜなら、「体の一部を失っても、全身を地獄に投げ入れられるよりはまし」だから、と。

 両牧師は最初、『セーブ・ザ・キトゥン』(子猫を救え)という電子メールキャンペーンを展開した。メールの内容は、『Photoshop』(フォトショップ)で作った、2匹の大口を開けた怪物が子猫を追いかける画像に、「あなたが自慰を1度するたび……神が子猫を1匹殺す」というメッセージを添えたもの。「子猫を殺す」という比喩が、自慰について人々が語りやすい状況を作ったとグロス牧師は話す。この電子メールは多くの人に広まったが、キャンペーンから派生したビデオ子猫が部屋の端から端まで乱暴に放り投げられる映像のために、不快感を持つ人も出た。

 次の試みは、小人症の人を起用して、「ポルノは君の成長を止める」というキャッチコピーをつけたテレビCMだった。このCMは、MTVやその他の若者向けテレビ番組で流されたが、小人症患者の支援団体『リトル・ピープル・オブ・アメリカ』(LPA)が不快感を表明したことから、放送中止となった。

 XXXチャーチは先ごろ、2本目のCMを完成させたが、こちらも1本目に劣らず物議を醸している。これを監督したのは、『ナットジョブ・ナース』『ジ・アナル・ライフ』などを撮ったベテランのポルノ映画監督、ジェイムズ・ディジョージオ氏。ポルノ業界では『ジミー・D』の名で知られる人物だ。XXXチャーチの両牧師とは、業界誌『アダルト・ビデオ・ニュース』(AVN)がラスベガスで開催している展示会『アダルト・エンターテインメント・エキスポ』の会場で知り合った。両牧師は毎年ここへブースを出し、聖書と「イエスはポルノスターを愛している」と書かれたステッカーを配っているという。

 両牧師から、小人症の人を使ったCMが放送中止になった話を聞いたディジョージオ氏は、新しいCMの監督を無償で引き受けると申し出た。そして完成したのが、人形を使ってセックスを模した場面と、子どもをポルノから遠ざけようという警告からなるCMだ。ディジョージオ氏はこの反ポルノCMを引き受けた動機を公にしておらず、ワイアードの取材依頼にも返答はなかった。

 両牧師のこうした活動は、保守的なキリスト教徒の怒りを買っている。ポルノ関係者と親しくしているなど、およそ聖職者らしからぬやり方が非難を浴びているのだ。

 XXXチャーチの反論メール欄には、別の反ポルノ団体『セッティング・キャプティブ・フリー』の創設者マイク・クリーブランド氏が送った次のような文面が掲載されている。「われわれが両牧師を支持しない主な理由は、彼らのやり方が聖書に即しておらず、聖職者としても実りある結果を生んでいないためだ」。ワイアードはクリーブランド氏に取材を試みたが、この抗議について詳しく語ることは拒否された。

 一方で、両牧師の活動を賞賛する人々もいる。ケンタッキー州でセックス中毒のキリスト教徒向け治療センターを運営する団体、『ピュア・ライフ・ミニストリー』のスティーブ・ギャラガー会長もその1人だ。XXXチャーチという名称を聞いたときには懐疑的だったが、両牧師の訪問を受けてその考えが変わったという。

 「彼らが発する『ポルノより素晴らしいものがある、それはキリストだ』という単純明快なメッセージは、好悪はさておき鋭いものだし、ユーモアのセンスに富んでいる。サブカルチャーの世界にかけたこの橋を、人々がいつか渡ってくる楽天地だと思っていた世界が実はそうではないと分かって、行き場を失った人々が」とギャラガー会長。

 グロス牧師は、他人が自分たちの活動をどう思っているかなど、あまり気にしないと述べている。

 「キリスト自身も物議を醸した人物なので、(われわれも)人に嫌われようがかまわない。ただ、悲しいのは、非難の多くがキリスト教徒から寄せられることだ。ちょうどキリストの時代と同じように。信仰に篤いとされていた人々が、きまってキリストを非難した」

 批判を受けながらも、両牧師は講演で各地を回ったり、インターネットで流すリアリティー番組の準備をしたりと忙しく活動している。この番組は2人の「ポルノの世界における冒険」を記録するもので、実在のポルノ俳優や、ポルノ中毒を克服しつつある若者なども登場する予定だ。番組のタイトルは、『ミッショナリー・ポジション』(聖職者の立場/正常位)という。
強迫的マスターベーションは、精神的・感情的・道徳的に有害である

マスターベーションについての一般的な見方として、“それは精神安定剤的なものでなんら問題はない”、“それをしたからといってだれも傷つけない”、“それが原因で何かの病気にかかることはない”などと甘言を垂れる医者さえ存在します。そのような無責任で うわべだけの発言は、強迫的マスターベーションが習慣になっているマスターベーション中毒者を助けるどころか、混乱させ、その悪習から抜け出すのをますます困難にしています。では、マスターベーションは本当に医学的に無害なのでしょうか?

マルコム・カーラザーズ博士(病理学者・イギリス)は、「マスターベーションは大抵欲求不満によって引き起こされ、“自涜(じとく。文字どおりには「自分を冒涜すること」を意味する)”という言葉が示しているように、根本的には自分自身に対する攻撃行動であると精神病学者たちは述べている。したがってノルアドレナリンの分泌は比較的多く、その結果血液中の脂肪の値が上がっても、マスターベーションに伴う筋肉活動で使い尽くされる量はわずかである」。このようにして発生する血液中の脂肪が冠状動脈に凝固物を生じさせるので、マスターベーションについて昔から言われていること、つまりそれが顔面蒼白、精力消耗、不眠、不妊、意志薄弱、生殖器の萎縮、心臓発作の原因になるという考え方は、「結局ある程度の真実性を帯びているのではないか」と述べています。(「西欧の死の道」)

それよりももっと恐るべき影響は、強迫的マスターベーションが、その人の精神・感情・道徳面におよぼす影響です。アメリカーナ百科事典はこう認めています。「マスターベーションに対する最も新しい見方は、その精神的な有害性を認める点にある……それは肉体上のなんらかの障害から来るのではなく、自涜を行なう人のいだくある種の罪悪感、およびそれによって仲間との自然な交流を持ちにくくなることから来るものである」。強迫的マスターベーションは人の人格性質を変えてしまいます。物事に対する健全な見方、また異性や他の人々に対する正しい態度が取れなくなります。その人を引っ込み思案にならせ、生産性を著しく低下させます。

マスターベーションは性欲処理に必要だという考え方は危険です。マスターベーション自体が性欲を増進させるのです。人間の脳は、習慣的に使っている回路をより強化していきます。そして使わない回路はだんだん萎(な)えていきます。マスターベーションによって性欲ばかり増進させ、人生に必要な克己心や自制心という回路がどんどん失われていくなら、どんな生涯になるでしょうか。男性の場合、マスターベーションをしなくても、体は自然に精液を一定の量に保ちます。仮に過剰になったとしても、夢精(睡眠中に自然に射精すること。しばしば性愛の関係した夢を伴うことからこの名がついた)というごく自然な生理現象によって処理されます。次にマスターベーションの衝動が起こった時、あなたは、脳のどんな回路を強化したいのかよく考えることです。この、「よく考えている」時に、脳は克己心(おのれに打ち勝つ心)や自制心(英文字義では「自分をコントロールする心」)という回路が強化され、不自然な性欲の回路が消えはじめます。そのようにしてあなたは、強迫的マスターベーションの悪習から徐々に解放されるのです!

強迫的マスターベーションをする理由(原因)を知り、予防する

ある20代の男性は、「自分にはうつ病の気とマスターベーションの習慣があるため、何度も自殺を考えました」と述べています。死ぬ気になればなんでもできるという人がいますが、強迫的マスターベーションの習慣におちいってしまった人にとって、この呪縛から逃れるには死を選ぶしかないと感じるほど、この習慣は精神の奥深くまで突き刺さっているようです。

「マスターベーションと成人の性徴」という本の著者は、次のように述べています。「マスターベーションをするという決定は、目的のある社会活動によってその弱点を改めようとしていないことを意味する。……緊張するといつでも、“問題の解決”と“マスターベーション”の両方を試みるという一般的な方策を採用できるのは事実である。しかし、体はいつも自分が持ち歩いているので、後者の“解決策”を用いたいという誘惑は非常に強い。したがって、問題の真の解決策を考え出すこととそれを実行することに注意を集中するのが最善である」。ということは、マスターベーションの悪習自体が問題になっている場合、それをマスターベーションで解決しようとすると、ますます問題が大きくなる......というバグが生じ、最後にはフリーズしてしまうかもしれないのです。

なにごとも、問題の原因をよく考え、原因に対する対処をしていくようにしましょう。マスターベーションをさせようとする原因のうち最大のものは、おそらくポルノでしょう。インターネットを利用していてポルノに接することでマスターベーションの悪習に逆戻りするのであれば、何らかの措置が必要です。アダルト情報にアクセスできないようにするソフト(Symantec社のInternet Securityなど)を導入するとか、オンラインするパソコンは、家族みんなの目に触れるところに置くなど、断固とした手段をとるのです。新しいソフトの購入には費用もかかりますが、それによって節約できる時間や、身につく克己心には換金できないほどの益があるのではないでしょうか。

ほかにも原因があります。1946年版のブリタニカ百科事典によると、性的衝動を抑える方法として、「肉やスパイスを多量に使った食事、とりわけ酒類を避けることが肝要である」と述べています。ほかにも、体にぴったりし過ぎる服や一人だけでいる時間が長いことなどが原因となることもあるようです。自分の一週間の活動を、建設的で生産的な活動計画で満たし、脳の回路を生産的なことから満足感を得ることができるように徐々に改造することが大切です

 東京・浦安の「あべメンタルクリニック」院長の阿部輝夫さんは,精神科領域における性障害の治療の第一人者として知られる。5月18日に慈恵医大講堂で開催された第32回性治療研修会(日本性科学会主催)で,19年間の臨床経験から腟内射精障害に関する統計を報告した。それによると同障害患者は218名。そのうち81名(37.2%)の原因が「非用手的マスターベーション」,48名が(22.0%)「強すぎるグリップ」であり,ふだんのマスターベーションの方法に問題があるケースが多いことがわかった。


●「週刊誌で挟んでこする」も

 あべメンタルクリニック院長の阿部輝夫さんは,性障害の疾患別初診患者数を84年5月から毎年調べており(96年までは順天堂大学浦安病院精神科勤務),03年5月で19年間の統計がまとめられた。

 一番多かったのは勃起障害の817名で,以下「性転換症」605名(FTM240名, MTF365名),性嫌悪症357名(女性208名,男性149名),性欲障害305名,腟内射精障害218名,性交疼痛症151名,早漏72名,「両性服装倒錯症」53名などとなった。
 これらの中で最も注目されるのは,「原因が不明なまま,この数年急増している」という男性の性嫌悪症であり,この分析については昨年の研修会で報告している(02年6月号参照)。

 阿部さんが今回分析したのは腟内射精障害で,その最大原因は「非用手的マスターベーション」で81名(37.9%)が該当した。以下「強すぎるグリップ」48名(22.0%),「ひとりでないと射精できない」38名(17.4%),「包茎手術後の違和感・過剰刺激」および「ピストン運動ではない刺激」がそれぞれ13名(6.0%)など。子孫拒否,フェティッシュ,体液恐怖が,それぞれ4,3,1名に見られた。

 81名の「非用手的マスターベーション」の内容としては,「シーツにこすりつける」が圧倒的に多く(43名),次に「フトンや枕を股間に挟んでこする」(28人)が目立った。このほか「ペニスを股間に挟んで圧迫」4名,「畳にこすりつける」3名,「週刊誌に挟んでこする」2名,「会陰部をクッションにこすりつける」1名だった。

 2番目に多い原因の「強すぎるグリップ」に関して,マスターベーションを想定したグリップを握力計で測定したところこれらの患者は全員が10・を超えていた。これに対して健常者の同様の測定では4~5・が多かった。強すぎるグリップによるマスターベーションになれたために腟内射精障害となったわけだ。


●治療に「コンドーム・マス法」を考案

 最大原因の「非用手法」の治療としては,従来慣れ親しんだ刺激から手の刺激によって射精可能となり,されに腟内で射精可能となるために段階的な訓練を行う。糊のきいたシーツから柔らかい布,ガーゼと進み,手で可能になってから阿部さんが考案した「コンドーム・マス法」を行う。

 これは内側に潤滑剤をつけたコンドームを使うもので,それによって「腟内のぬるぬるした状態に似せる」。このペニスを柔らかなグリップで適度なピストン運動で刺激するというもの。「マスターベーション回数の個人差にもよるが,一般に半年ほどのコンドーム・マス法によって治ることが多い」と阿部さんは言う。

 阿部さんは報告ではふれなかったが抄録集には「近年,若者のマスターベーションが,前述のような奇妙な方法によるものが増えている。マスターベーションに『正しい方法』とか『間違った方法』などがあるのかどうかは判らないが……」と記している。

 報告終了後にフロアーから「男性はマスターベーションの方法を,自分で偶然に知る場合と周囲から教えられる場合とがあるようだが,教えることに積極的になったほうがよいのだろうか」との質問が出され,阿部さんは「そうかもしれない」と答えていた。
マスターベーションは、彼女らに高度な性的な自由を与える一方で、女性に自身の体を探検する機会を与えます。

 それは、パートナーに頼って、性的な喜びを経験して、「彼女ら」が選択をする性的な緊張を解放する機会を女性に与えます。

 マスターベーションは、制御している女性に対して自身の体と性的関心に非常に能力を与えます。

 マスターベーションは、すばらしい教育手段です。そして、自身の体が性的な刺激に応答する方法について、女性に教えます。

 多くの通常で健康な女性のために、マスターベーションはオルガスムを経験する彼女らの予備的なまたは手段だけです。

 マスターベーションする一方で、女性がパートナーの必要について悩む必要はなく、理想的な精神的で身体的な刺激を提供することができるので多くの女性は、最も激しいオルガスムを経験します。

 幼少から成熟まで、マスターベーションは、人生を通じて女性のとてもためになります。

 女性には、必ずしも性的なパートナーがいない時でも彼女には常に彼女自身がいます。マスターベーションは、ためになります!
 マスターベーションは、少女または女性がしばしば学ばなければならない性的な技術についての性的な活動です。そして他の性的な種類を楽しむ鍵を握る最初で最も多くの意味を含んでいます。

 理想的には、この技術は思春期かその前に学ぶことです。しかし、非常に多くの女性は、10代後半または20代前半までに学んでいます。

 10代の女性の発達中の性の差による活力について述べる建設的な手段を持つように学ばれなければならないか、少なくとも知っていることが大切という理由としては、思春期の前にとなります。

 それも、彼女らの絶えず変わる体の自分の認識を増やして、それの制御の若干の感覚を提供します。

 ティーンがマスターベーションする方法を知っているならば、彼女が感情的に、そして、身体的に準備ができる前に、性的なパートナーを捜すことを強要されることはありえないでしょう。

 少女が10歳から14歳の間で初潮を迎える時から10代の後半になるまでに、彼女らの体は本当に妊娠、出産と授乳の備えができていません。

 マスターベーションは、若い女性に性的な欲求不満以外の選択またはパートナーとのセックスを提供します。
僕は正直、この年になってもマスターベーションをする事がある。
SEXをしていない訳ではない。
SEXとオナニーのどちらが好きかと聞かれれば、即答で『SEX』と答える。
それなのにマスターベーションをする…
なんでなんだろう…?



僕が初めて性的快感を覚えたのは、小学生の頃。
確か、3、4年生の頃だったと思う。
校庭にあった『のぼり棒』に登ってる時だった。

『のぼり棒』っていうのが、正式名称かは知らないけど、とにかく鉄製のパイプが何本か立てられていて、それに足を絡み付けて、手と足を使って上に登るっていう遊具だったと思う。

いつもの様に放課後の校庭で遊び、のぼり棒に登ってるトキだった。
棒を股に挟む様にして登るから、当然、僕のアソコは棒に密着している。
押し付けてると「なんとなく気持ちイイ」って感覚は以前からあったんだけど、その日はちょっと違った。
いつもと同じく勢いよく棒を登っていく…

ジーン…(或いはジワーン…)

そんな感覚がアソコに走った。
くすぐったい様な気持ちイイよーな…
なんだか分からないけど、凄く気持ちイイ。

その頃は分からなかったけど、今にして思えば、射精と同じ感覚だ。
かといって射精はしているワケではない。
例えるなら『空撃ち』って表現が相応しいのかも…

とにかく、それからは『のぼり棒』に登る度に、その快感が味わえた。
今までよりも『のぼり棒』に登るコトが多くなった。

…が、しばらくすると、なんだか、その行為自体、『イケナイ事』をしている様な気がして、段々と『のぼり棒』に登る頻度は減っていった。

その後、中学生になり、『のぼり棒』に登るコトは全く無くなったけど、平均的なオトコがそうである様、今度はホントのオナニーを覚えてしまうコトとなる。

しかし、彼女が出来て、SEXをする様になっても、オナニーはオナニーとしてしてしまうモノだ。
どーしてなんだろう?
SEXの方が全然気持ちイイし、素敵な行為なんだけどね。

オナニーは単なる性的欲求の処理なのか…?

男は皆、そんなカンジだと思うけど、女のコのオナニーの実態って、どーなんだろうね?
100人の女のコの内、一体何人位が日常的にオナニーをしてるものなんだろう…?

そして、なぜ、オナニーをしてしまうんだろうね…?
どなたか僕に教えて下さいっ♪
これから述べることは、私の偏った思いや意見が含まれることを考慮のうえ、お読み下さい。


手を動かせない男性にとって最も困るのことは、性的生理の処理、自慰行為、いわゆるマスターベーションである。マスターベーション自体は絶対にしなければならないものではない。なければないで済むことであり、別段、生命に関わることではない。しかし特に男性の生理にとっては大事な事柄である。週刊誌などのゴシップメディアには、女性の中にもマスターベーションをするとある。
 マスターベーション、オナニーは自身の性器を刺激し、性的快感を得る為の行為であると私は理解する。では自分以外が間接的に行えば、性的行為、いわゆる日本風に言えば、SEXをするという行為になるのだろうか。
 見方を変えれば自分以外のものが間接的に行うのだから、自慰行為ではなくなってしまうから他人と行う性行為になってしまうのだろうか。
 それでは私のように手が曲がり、自由も利かず、股間に手の届かない者がマスターベーションをするとしたら、どのようにするかと言えば、誰かの手伝いをもらうしかない。しかしマスターベーションを含む類のものは、一般的に人知れず密かに行うというものという意識があり、「マスターベーションをしたいから、私の代わりにしてくれないだろうか」と手助けを受けることは女性ならずも、男性にも抵抗感が存在するように思う。女性の中には性的な卑猥な話を極端に嫌う人、極度に嫌悪感を表す人や言葉にする人がいる。
 自身の体の一部である性器を触れることは、女性であれば間接的ではあるが、排尿後の始末、生理の際の処理など、また入浴の際に洗う時くらいだろう。男性は排尿の際に直接に触れたいと思う。そしてまた男性性器は排尿器官だが性的興奮を感じたりした場合、勃起すると共に、勃起した際には性的快感を覚える部位である。その為におのずと男性は女性に比べ、性器に触れる機会が多いこともあってか自身の性器に触れたい、性的快感を得たいと思うこともあり触れる機会も多いようにも思う。
 私を含め、マスターベーションを他人の手を借りてでもしたいと思う者の論理(私の一方的で勝手な論理だろうが)からすれば、「たかが手を貸すだけなのだから・・・」と思う。では逆の立場からすれば、どのように思い、考えるのだろうか。ある女性の友人に意見を訊いたところによれば、親や兄弟に頼まれたとすれば可能かも知れない。と言った。また排尿介助をするように生理と思えばとも。
 私が思うに、男性の場合(中には女性にあるかも知れない)、射精を伴うマスターベーション、何らかの障害により射精を伴わないマスターベーションは、男性の生理的な現象と考えていると思うのだがどうであろうか。ある人は尿や便を催すように、マスターベーションも同じようなものと言った。
 では女性はマスターベーションについて、どのように考えるのだろうか。


 私は寝たきりの状態にあり、更には腕、指は曲がり、動かすこともできないこともできない。当然のことながら日常的に排尿、排便介助を受けている。そうするとマスターベーションをしたくなりどうにもたまらず、「してくれません?」かと口にしたくなる。しかし「なに言うの?」、「私はそんなことをする為にいるんじゃない」、「どうして私がそんなことをしなければならいの?」と言われるのではないかと思うと、精いっぱいの理性で口にすることを抑えている。
 もしも言葉にすれば理性のない奴だと軽蔑されるだろうが、介助者に事実「して欲しい」と依頼したことがある。そして手を添え、してくれたことも幾度かある。また私はできないと言う人、手でしてあげることができないと言うかのように、無言で手を陰部にもっていってくれる人、後始末をしてくれる人もあった。しかし依頼したことが元で、ぎこちない関係に陥った人もある。だからといって、そのようになったことを責めるつもりはない。マスターベーションがしたいから、」して欲しい」と言えば驚き、戸惑うのが当然の反応だろう。
 マスターベーションができないから「手伝いや自分の手の代わりをして欲しい」と思う以上、別段、女性である必要はないし、男性でも構わない。あえて理想を言うならば、私は男性である限り、女性の柔らかな手を借りたい。しかしそれではまるで手が動かせないことをいいことに、風俗産業まがいのことをさせている。と思う人が多いだろう。もっとも男性は理解して貰える人は多いだろうが、女性の中にも理解してくれる人も皆無ではないと思う。ただ女性はマスターベーションや男性のように自身の性器に触れたい、性的快感を得たいと思うことは少ないだろうし、頭では理解はできても、生理的には理解は難しいだろう。しかし理解して欲しい。それが切なる希望だ。


今、改めて考えると、なんとも情けなく、悲しい気持ちになる。なぜなら、寝たきりの状態で自分の性器も触れることもできないうえに、マスターベーションをしたい、性行為をしたいと思うことが頭から離れないからである。性欲はどのような状態や状況になってもなくならないことは、ごく当たり前のことではあるが、私には大きな荷物になっている。


最後にマスターベーションやマスターベーションの介助、代行に関する貴方の思いや意見をお聞かせ下さい。

意見やメッセージを書き込み、論議の場にしていただければ嬉しく思います。
東北道の鹿沼インターからさつきロードに入る交差点に、「もういらない、みんなでなくそうポルノ自販機」という看板があります。まったく同じものが、例幣市街道に一つと、同じような内容の物が壬生駅の近くにもあります。  
 この看板を見るたびに、私は「一体誰が、何のために作ったのか?」「本当にポルノ自販機は、いらないのか?」と、疑問を感じると共に、腹立たしい気持ちになります。ポルノ雑誌は、ある意味では健全な青少年の育成に必要なものだと思います。それは、マスターベーションの必要性と直結しているものです。

 そして自販機は、羞恥心の強い思春期の青少年にとっては、強い味方となってくれているのです。
(成人男性の皆さん、若い頃、自販機でポルノ雑誌を買った事がありませんでしたか?私の周囲の人は、ほとんどが自販機の経験がありました。)マスターベーションの必要性については、改めて考えてみる必要もないでしょう。日本思春期学会では、性欲が極めて旺盛な青少年に対して、性欲が抑えきれなくなった時の処理方法として、マスターベーションを勧めています。また日本性科学会でも、マスターベーションは「1人で行う性行為の一形態」と位置付けており、性機能障害の治療においても、重要な技法の一つになっています。そのマスターベーションには、ポルノ雑誌は必要な視覚的刺激(いわゆる「おかず」)であることは言うまでもありません。青少年達が性欲の正しい処理方法であるマスターベーションを行なう時に、ポルノ雑誌は有効かつ必要なのです。

 皆さん、この看板の文章で「もういらない」と言っているのは「自販機」だけではなく「ポルノそのもの」に対してというニュアンスが受け取られませんか?この看板は、青少年が必要不可欠なこととして、マスターベーションを行う事、そしてそこにはポルノ雑誌が必要であること、という事実を無視しているのです。この看板を作った人がもし男性だとすれば、その人は自分が若い頃、ポルノ雑誌を見て、あこがれの「女性」に対する想像をめぐらせながら、マスターベーションをしていた頃の事を忘れてしまったのでしょうか。また女性であれば、そのような夫の過去を受け入れられない人なのでしょうか。誰もが始めからセックスの達人ではありません。初めてのセックスでとまどい、そしていろいろな体験をしながら、人類に与えられた大きな喜びであるセックスを男女ともにより楽しめるようになっていくのです。その過程の中で、マスターベーションは(特に男性にとって)重要な要素と言えます。そのマスターベーションそのものを否定するようなこの看板が、市街地に堂々と立ててあることにいきどおりを感じずにはいられません。皆さん、どのように思われますか?

 もしかしたらこの看板は、ポルノそのものの否定ではなく、あくまでもポルノ自販機の否定に過ぎないのかも知れません(たとえば、その利益が悪用されている、などの理由により)。そして決してポルノそのものの否定ではなかったのだとすれば、今回の議論はまったく的外れなものになってしまうのですが、そうだとすればそのように、はっきりと看板に書くべきだと思います。
マスターベーションは、ただ単に性的快楽の追求というだけではなく、心の癒しの手段としてなされていることがあります。
そういう場合には、心の問題を解決することが、マスターベーションから解放される近道です。
また、性的欲求をコントロールする「昇華」という発達課題をこなしている時期の問題である場合もあります。
つまり、心の成熟が求められているための問題であるということです。
マスターベーションを解決するために、早く結婚をしなさいということが冗談混じりで言われることがあります。
聖書にもそれらしいことばがありますが、それが聖書の考え方であるとすれば、正しい理解ではありません。
実際、マスターベーションは結婚で解決する問題かというとそうではありません。
意外と伏せられていることですが、既婚者もまた、様々な理由で、マスターベーションに浸るということがあります。

 つまり、性的欲求をコントロールするという課題は、結婚すれば解消するかというとそうではないのです。
性的欲求が必要に応じて、つまりパートナーの合意によって満たされるためには、それなりの関係を創っていく必要があります。
独身時代には抽象的な課題であり、難しいことかもしれません。
 なお、マスターベーションがいけないというのは、その行為が悪いというよりも、そこでなされること、女性を連想し、女性を性的欲求のはけ口としてなしてしまう問題のように思います。
グラビアを見ながらマスターベーションをするというのは、まさに女性を物として見ているのですし、女性の身体の一部を、女性の人格から切り離して見ていることで、女性を尊重する心を欠いています。

性は人格的な接触であり、身体のみの接触ではないはずです。性的欲求に伴う心の成熟が必要とされているのでしょう
Lisa Palacによるこのエッセイは、彼女が自他共に認めるラディカル・フェミニストだった大学時代からはじまります。 アーティストとしてフィルムを勉強していた彼女は、女性学のクラスでCatharine MacKinnon、Andrea Dworkin、Gail Dinesらによる反ポルノグラフィ論に大いに影響を受けるのですが、ふとした事から、普段はフェミニズムに対して理解ある言動を示している彼女のボーイフレンドが、実はポルノビデオを何本も隠し持っていた事を発見します。

「いますぐビデオを捨てなければ別れる」と迫る彼女に対して、「君がそういうなら捨てるけど、その前に一度このビデオを見て欲しい。 僕の事を誤解しないで欲しい」と答える彼。 さんざん言い合った挙句、結局彼女は「内容によっては別れよう」と思いながらも彼と一緒にビデオを見る事に同意します。

そこで彼女が見た物、それはMacKinnon氏の著書などから彼女が思い描いていた暴力的な描写でも女性を物として扱う映像でもなく、ただ単にカメラの前で男女が裸になっていちゃつくだけの、芸術的に「クズ」としか呼べない三流映画だったのです。 予期が外れて、ある意味ではほっとした彼女ですが、それでも不思議に思ったのが、何故男はこんなくだらない三流映画に熱中するのかという事。 その後何本かボーイフレンドと一緒に見ても、興奮するのは彼だけで、彼女にとってはただ単に退屈かつ幼稚な映像としか見えません。

そのうち、彼女は自分が映画監督の卵として、つい分析的な視点からポルノを見ていた事に気が付きます。 そのような見方をする以上、演技や脚本のまずさばかりが目立ってちっとも熱中できません。 そこで、彼女はビデオを一本借りてきて、自分の部屋で自分だけになって、初めて「楽しむ」ことだけを目的としてポルノを見るのです。そして、その時始めて彼女は罪悪感を感じずにマスターベーションで性的に興奮できる事を「発見」しました。 それはすぐに、男性のマスターベーションが当り前の物とされているのに、女性のマスターベーションだけをことさらタブーとする社会風潮への批判に繋がります。

ここで彼女は、MacKinnonらラディカルフェミニストは「男性による性的搾取」への回答として、女性が自身の性的欲望を否定するか、あるいはレズビアンになるか以外の選択を女性に提示していないと感じます。 過半数の女性はヘテロセクシャルなのに、そうしたヘテロセクシャルの女性が性的な主体となるためのサポートをラディカルフェミニズムが提供していない事に気付いたのですね。

マスターベーションがなぜ重要かというと、マスターベーションという選択肢が無ければ、彼女を含むヘテロセクシャルの女性にとっては自らのセクシュアリティを男性に全面的に依存する事になってしまうからです。 つまり、女性の性的主体性を奪っているのは強制異性愛制度だけではなく、マスターベーションをタブー視する風潮であると指摘するのです。

そこで彼女は考えます。 男性のマスターベーションが当り前とされるのは、男性向けのポルノグラフィがそこら中に溢れている事と無関係ではない。 ところが、それらの多くは男性の視点から男性を興奮させるために作られており、女性が見て興奮できるポルノグラフィは圧倒的に少ない。 女性の視点から女性を興奮させるために作られたポルノグラフィが増えたら、より多くの女性がマスターベーションをするようになり、女性の性的自立は実現するのではないか? そう彼女は結論付けます。

ここまで言えばもうこの先はお分かりでしょう。 彼女は大学卒業のプロジェクトとして監督・主演して女性向けポルノグラフィを制作し(男優は当然、彼女の人生を変えたボーイフレンド氏です)、卒業後も数少ないヘテロセクシャルの女性のための本格的(ここでは、芸術的価値があるということ)ポルノグラフィを作る活動をしています。

彼女の活動は、言葉の上でポルノグラフィとエロティカを区別してエロティカへの理解を装いつつもレズビアン以外のエロティカの成立可能性を極端に難しくしたラディカルフェミニスト的アプローチとも、ただ単にセックス革命(フリー・セックスを行うなど、社会的な性に関する規範に反抗する運動だが、男性中心的な点は古い規範と変わらない)に雷同するだけのこれまでの「セックス・ポジティブな女性」とも一線を画し、自分の欲望をしっかりと認識した上で「ほんとうの自分」としての女性の自立を追及したという点でユニークであると共に、非常に第3波的であるといえます。

「女性の性的客体化」という深刻な問題に対し、彼女はポルノグラフィというメディアを否定するのではなく、女性の性欲を主体的に捉えるポルノグラフィを実際に制作する事で回答としましたが、このようなポジティブなフェミニズムが今のフェミニズムの梗塞状態の打開に繋がるかも知れないと期待しています。
(1)自慰行為の経験率

下のグラフ1は厚生省がまとめたの自慰行為の経験率を示したグラフである。




まず注目すべき点は、自慰経験者が全体のごく少数であることである。
思春期後の20歳で言えば、男性で10.1%、女性で1.3%の者が自慰を行なっているにすぎない。つまり自慰行為とは性欲の旺盛な一部の者にだけ見られる特異な性行動と言える。特に女性の自慰経験率は男性に比べても低く、極端に性欲の強い者のみが自慰行為を行なっていると言える。
インターネット上のサイトに、あたかも多くの若年者が自慰行為の経験があるかのように記述しているものが見受けられるが、これは完全に誤った情報である。おそらくは、自慰行為中毒者が自身の自慰行為に対する罪の意識から逃避するため、このような情報を流しているもの思われる。

次に、40歳50歳の自慰経験率が急激に上昇していることに注目してもらいたい。
これは20世紀の中期に、いわゆる「自慰行為無害説」が流布されたことが影響している。
現在では自慰行為が人体に有害な影響を与えることは明白となっているが、当時は自慰行為無害説が主流であった。そのため、20世紀中期に思春期を迎えた40代50代が、当時大量に自慰行為に走ったものと考えられる。







(2)自慰行為に対する意識

グラフ2のアンケート結果を見てもらいたい。これは総務庁が行なった意識調査の結果である。

グラフ2



自慰行為者に対するイメージは、大多数が否定的なものである。むろん「その他少数意見」の中には肯定的な意見も含まれていたが、おそらく自慰行為中毒者の自己弁護的な意見が集計されたものと推測される。
この結果からも明らかなように、自慰行為は社会的には完全に「異常な性行動」と認識されている。ここまで極端な意識傾向は、ときとして自慰行為中毒者に対する差別をも生みかねないが、自慰行為の有害性を考えればある意味やむを得ないものであろう。





(3)自慰行為の肉体的・精神的健康に及ぼす影響

一部の者が「自慰行為は無害」と声高に主張しているが、世界的に見て現在このようなことを言っているのは日本だけである。確かに欧米でも20世紀の中期に「自慰行為無害説」が広まったことはあったが、近年の先進的な研究から自慰行為の様々な有害性が明らかになり、欧米では自慰行為有害説はもはや常識となっている。

肉体的健康
まず、自慰行為はエネルギー消費が大きく、身体を極度に疲弊させる。これはひいては全身の急激な老化現象をひき起こすことがある。マウスに電気刺激を与え強制的に射精させた実験では、自慰マウスの集団はそうではない集団に比べ、約15%寿命が短いことがわかっている。
また、統計的なデータからは、自慰行為者には癌の発生率が高いことが明らかになっている。これは自慰行為による陰茎や膣への不自然かつ過度な摩擦が異常刺激となり、細胞の癌化を促しているものと考えられる。

精神的健康
自慰行為はその行為に際し性的な想像を必要とする。自慰行為中毒者は頻繁に性的想像を行うため、妄想が高じ、結果精神障害を発症するに至る。自慰行為者は自慰行為を続ける一方、自身の自慰行為に対して嫌悪感を抱いており、そのような心の葛藤が精神の破綻を生じさせているのであろう。また、自慰行為者の妄想は現実離れした自分に都合のよい自己中心的なものであることが多く、そのような自己完結した思考が精神の破綻を加速させているという説もある。
自慰行為の影響はそれだけに留まらない。精神障害の末、暴力行為、強盗などの犯罪を犯す事例も多く見られるのだ。1992年に米ミズーリ州で発生した銃乱射事件で犯人は、当初麻薬中毒者と思われていたが事件後の検査で麻薬陽性反応は見られず、自慰行為中毒者であることがわかった。そもそも自慰行為中毒者は性的欲求をはじめとする欲望が強く、またその欲望を抑制することができないために自慰行為を繰り返えしており、金銭欲、自己顕示欲などが背景となる犯罪についても同様に欲望を抑えきれずに罪を犯すものと考えられる。






(4)自慰行為の生殖能力・生殖器に及ぼす影響

前項でも述べたように、自慰行為は人体の健康に多大な悪影響を及ぼすことが分かっている。
その中でも、特に重大な影響を与えるのが生殖能力に対してである。

男性
まず、自慰行為による過度の射精が無精子症に繋がる危険性について説明しよう。
精子は生殖細胞から分化して生産されており、生殖細胞が有限である限り、生涯での精子生産数は自ずから決まってくる。これは自慰行為による射精回数が直接精子消費量に結びつくことを意味するのではない。射精頻度が増加すると射精1回あたりの精子数が減少する。すると人体は一定以上の精子数を確保するため、精子の生産速度を高める。その結果生殖細胞の消耗が速くなってしまうのである。精子の生産速度増大のメカニズムは分かっていないが、自慰行為により性ホルモンの分泌が活性化されることが一因と考えられている。
次に、自慰行為がインポテンツ、早漏の原因となることを指摘しておく。
前項で述べたとおり自慰行為は強い妄想を伴うが、慢性的な妄想は性的刺激に対する感受性を異常化させることがある。つまり性的刺激に対する感受性が鈍化してしまい、性交時に勃起しないインポテンツ症を発症するのである。
一方それとは全く逆に、早漏の症状を示すこともある。これは日常的に妄想しているため、わずかな性的刺激だけで妄想が増幅し、過度に性的興奮が高まることが原因と言われている。また、自慰行為で繰り返される「摩擦刺激すなわち射精」というサイクルが、一種の条件反射となっているという説もある。

女性
外面的な影響としては、性器の着色と変形がある。
以前より広く知られていることだが、自慰行為の摩擦刺激は皮膚や粘膜組織を黒ずませる。特に大陰唇、小陰唇の濃色化が顕著である。組織が黒くなるのはメラニン色素の沈着のためであり、これは摩擦による単純な刺激のほか、自慰行為による性ホルモン分泌の活性化も影響している。
性器の濃色化の程度は、元々の体質によるところもあるが、概ね自慰行為の回数に比例している。つまり自慰行為の開始年齢が早いほど、自慰行為の頻度か高いほど、より濃い色となる。特にホルモンバランスが不安定な思春期に自慰行為を行なった場合、急速に性器が濃色化していくことが分かっている。
また、自慰行為で性器への摩擦を繰り返すことにより、性器、特に小陰唇が変形する。小陰唇の形が歪になると共に、小陰唇が伸張し、ついには大陰唇からはみ出すようになる。これは排尿に深刻な影響を与え、尿が斜めに放出され、飛沫が飛び散るといった不都合を生じる。
膣内への刺激を続けた場合、膣の緊張が低下し、いわゆる「緩い」と言われる状態となる。これは膣の緊張が高い状態で摩擦すると膣粘膜の損傷が大きいため、膣の緊張を低下させ摩擦を減少させようとする人体の防御反応であろう。また、陰核(クリトリス)への刺激を続けた場合、陰核が通常よりも巨大化する傾向がある。







(5)自慰行為の学習能力に及ぼす影響

自慰行為は集中力をなくすことは従来より知られている。その結果学習能力が低下した事例は枚挙に暇がない。しかし近年の研究においてはさらに驚くべき事実が明らかとなった。
米南アラスカ医科大O.エドワード博士らの研究によれば、自慰行為により脳細胞が部分的に死滅することが確認されたのだ。これは自慰行為の終末期において、脳内にドーパミンなどの脳内麻薬物質が大量に分泌されることにより、脳細胞が壊死するものと推測されている。
10歳から自慰行為を行っていた22歳の被験者の場合、脳細胞の約13%が死滅していた。影響は特に知性や理性を司る大脳新皮質に顕著であり、この被験者は思考力低下、記憶異常などアルツハイマー様の症状を示すに至っていたといわれる。






(6)自慰行為に対する社会的対応の課題

前項までに述べたとおり、自慰行為が人体に有害であることは明白となっている。それにもかかわらず、自慰行為に対する社会的な対応は致命的に遅れている。
たとえば、教育現場において自慰行為の有害性を積極的に教えようとしないのは大きな問題である。これは自慰行為無害説の誤りに気付かない若年者を大量に生み出す元凶となっている。
また、第1項で述べた「多くの若年者が自慰行為の経験があるかのように記述しているサイト」をこのまま放置するのはいかがなものか。このようなサイトは若年者の誤解を助長するものであり、今後法的な規制が必要と思われる。
ワシントン州在住でドーナツチェーン『クリスピー・クリーム・ドーナツ』で働く20歳の若者『リック』さん(仮名)。キリスト教を信じるリックさんには、深刻な悩みがある―マスターベーションをしてしまうことだ。
 って、しない方が異常ですから。
 ポルノや自慰行為に罪悪感を抱くのは、我々日本人から見るとおかしなことかも知らん。だって中学生くらいから、男の子ってソレしか考えてないでしょ(笑)。毎日毎日毎日毎日、考えることと言えばソレ。やることといえばソレ。みんな覚えあるだろうが。だから男子厨房は人生で一番マヌケな季節。そして、最も美しい季節であるともいえるのだ。
 マジメな話、欲望を抑圧し続けるとおかしなことになる。おかしな方向へ向う。これはもう必然である。なせかというと、
どんなに気取ったイケメンの男だろうが、股間には金玉をぶら下げているからである。
 金玉は精巣とも言う。精の巣ですよ、お嬢さん。
 若い健康な男ならば、精通あって以降、毎日確実に金玉の中ではせっせせっせと新しく活きのいい精子が製造されている。それらは出所を求めて元気に動き回る。放出せねばならぬ。出来れば種の保存のため、女性の卵子めがけて。しかし毎度毎度そうするわけにもいかぬ。しかし溜まったものは出さねばならぬ。この切ない動物学的などうしようもない生理欲求は、毎度の糞尿の排泄と同様、いつかは体外へと放出しない限り満たされることはない。
 放出は快感を伴う。その快感は一部の間違った趣味趣向(笑)の持ち主でない限り、出来得れば異性の、それも生身の体へと向けることが最大のものとなる。それがかなわぬなら、想像や妄想でそれの疑似体験と共に放出の快感を得る。大人になっても健康な男子ならば、睾丸では毎日せっせと新しい精子が生産され放出を待つ。これを精神力で抑えようとしたところで、抑えきれるものではない。皆さんはくしゃみやあくび、いや小便や大便を精神力で抑えることが自在に出来るだろうか? 出来まい。
 ちなみに健康な男子も、齢四十前後からこの生産能力に衰えが出てくるので、「毎日放出したい」という過剰な生理的欲求のサイクルはゆるやかになる場合が多い。俺のことか? ほっとけ。しかしこれには大きく個体差もあり、六十七十になっても若い頃のまま、放出欲求を過剰に持ち続ける人間もたくさん、いる。これらを正常・異常と単純に分類することはもはや不可能といってもいい。

 以前、教え子の女子(19か20歳)が「彼氏の部屋でエッチな本やビデオを発見した、不潔だと思った」と告白した。
 なにゆえ不潔なのだろうか? そのくらいの年齢の健康な男子なら、当然新鮮な精子が金玉の中で毎日生産され、放出を待ってうようよと蠢いている。いやもうホントに情けないくらいに。
 それらをどう放出、いや排泄すればいいのか。いちいち夢精するまで我慢し続け、その都度パンツをガビガビにするのは知能が低いと言わざるを得ない。ではその都度、つまり排泄の欲求を覚えるたび、彼女を呼び排泄場所とするのか。それでは女の子はトイレと同じではないか。
 彼女との性行為は、当然男の子にとっても大切な、お互いの心の高まりの一致と愛の確認の瞬間でありたい。であるならば、そのほかの、四六時中一緒にいられるわけではないのならなおさら、彼氏の自慰行為すなわち排泄行為を認めるべきであろう。むしろ、自分以外の女体を相手にせず、金で買うような行為もせず、ひたすら自分で排泄は行っているという彼氏の「純潔」を、エロ本やビデオを発見した彼女は賞賛すべきではないのか!? どうかね世の男子諸君!
 …俺のトシになるとどうでもいいんすけどね実際…

 マジメな話、欧米では日本と違いポルノは解禁の国がほとんどだ。そういう国々で性犯罪が少ないかと思うが実はそうではない。それらの国々ではキリスト教的道徳観を厳格に守る人がおり、彼らは彼らでポルノを汚らわしいと思っているだけで、見たい奴は見、見たくない者は見ない。そんだけの話だ。一言で言うなら、「余計なお世話」。ポルノや自慰行為の「撲滅に立ち上が」る人間がいる一方、「勃起で立ち上が」ったチンコを持て余す人間がいる。…すまん。
 ま、結局、ポルノやマスターベーションを過剰に罪悪視するキリスト教的な観点って、それを信仰によって昇華でき得る土壌がある社会ならば、ある程度効果があるのかも知らん。センズリ我慢に我慢を重ねた挙句パンツガビガビにして、朝起きて思わず「神よ、私はこれこのように自らの欲望を我慢し穢れることのない信仰を保つことができました」って、
お前のパンツが穢れとるわい!
強制的に夢精する方法

夢精とは、体自身が「溜まった精液を排出する」行為である。

従来、人為的に夢精を行うには、セックスやマスターベーションを禁じる等の方法しかないと考えられてきた。

しかし、次の方法を実践すれば、個人的な差はあるものの、週に7回の夢精が可能である。


レンタルビデオ店でAVを3~4本借りる。これははずれが含まれている可能性があるためである。失敗しないAVの選び方は、これを説明しているサイトがあるため、割愛する。
なお、資金に余裕がある方は、AVまたは裏ビデオを購入しても良いだろう。
AVをざっと流して鑑賞する。
なお、この時点でマスターベーションをしてはいけない。
借りてきた、または購入したビデオの中から、もっとも気に入ったものを一本選択し、じっくり鑑賞する。
この時点でマスターベーションしても良いが、射精に至ってはいけない。
ビデオを再生したまま就寝する。
自動的に巻き戻し/再生する機能があるものは、これを有効にしておくと良い。
音量は、「しっかり聞こえるが、うるさくない」程度に調整すること。
なお、就寝時は、シーツや布団を汚さぬように、ブリーフやトランクスなどの下着を着用すること。
翌朝、射精している自分を発見するだろう。

注意:
この話は、常磐屋の友人、Sのコメントを元に、再構成された。
Sの友人、Aがこの方法を実践しているとのこと。
Aは某大学の医学部に在学中で、普段は死んだ魚のような目をしているが、この話を「目を輝かせて」語った、と言う。
なお、常磐屋は、この方法を実践したことはない。
この方法がうまくいかないことについて、一切の責任は負わない。
各自、自分の責任で実践して欲しい。
ここだけの正直な話、最近は手帳に書かれたナニ日印の青丸が滅多になくガチョーンと言いそうな僕であるが、そんな僕でも懐かしい中学生の頃はセックスの虜で燃える日々を過ごしていたのだ。
 中一の僕は、夜はテレビで、SFアニメの流星号応答せよで始まる三十世紀の未来からやって来たタイムパトロール隊員のスーパージャッターや、網ヘルが少し自衛隊風ながらポッチャリ顔で大人気の忍者部隊月光などがあるので、放課後に家からセックス関係の本や雑誌を持ち出して文ちゃんの所に自転車でよく出かけていた。


 何も知らず勉強会と勘違い。勉強頑張ってネと言っておばチャンが出してくれる砂糖たっぷりの甘いインスタントコーヒーとカステラを楽しみながら、実は、文ちゃんと僕は、クラスの一部で噂のマスターベーションの方法を知りたくて熱心にセックス本を読んでいたのである。
 当時、僕がよく持ち出した本は、父が使っていた曇りガラス戸で両開きの本箱から出した何々世界と言う、女だけの秘境に迷い込んだ男がセックスの奴隷生活に陥り一日中セックスを続けさせられてやがて狂い死ぬといった話や宇宙人とセックスした話が載っていた季刊雑誌や、性のセや妊娠のニといった頁がある百科辞典などで、文ちゃんも、内容的に僕にはショックだった豊かな性生活といった緑色した婦人雑誌の付録本や、男女両性解剖図と言う医学的なスタイルの紺色で幅厚の本を僕に見せた。




 豊かな性生活には、潤いを感じたらペニスを挿入といったようなどこか刺激的な説明文章が次々にあって興奮。また、男女両性解剖図には、横から見た下腹部と性器結合の線イラストが頁半分に描かれ、その性交体位での挿入は浅い深いといった解説まで付いていたが、僕たちが一番知りたい肝心のマスターベーションの具体的方法については全く掲載されてなくて、息が止まりそうなくらい興奮はしても全然役には立たなかったのである。
 そのうち二人が持ち寄るネタ本も尽きてトランプをして賑やかに遊ぶようになり、僕もマスターベーションのことでは文ちゃんの所へ遊びに行かなくなっていった。
 結局、一番肝心な精通が僕にあったのが中一の冬。文ちゃんにその困惑話をすることもなく過ぎたずっと後で、暗中模索と言うか、弄っていて偶然ピュピュッと経験してしまった文ちゃんから、僕はマスターベーションの具体的な方法を聞かされて知ったわけであるが、知ってみればメチャクチャ単純な行為に文ちゃんも僕も何だこれだけのことかと言う感じであったのだ。
 本には、手で性器を刺激すると説明があっても、具体的にはどんなふうに手で刺激するのかは書いてなかったのである。
 僕は、手軽にできるこの画期的快楽に耽ったが、擦ることで皮膚が捲れてキュッとなる感覚に先っぽから雑菌が入りそうで怖く、慣れたのは十数回経験後。中学二年の春休みに覚えた僕は、誰でもがそうであるように激しい日には数回する程の虜になっていった。
 あの頃、ケネディ大統領の暗殺事件が起こったり、男性スーツダーバンのモデルで映画俳優アランドロンやアイドルをさがせの歌手シルビーバルタンの来日が騒がれ、あの東京オリンピック開催を期に、日本は世界有数の経済大国の道を歩み始め、昭和四十年は今までとは違い時代が大きく変わりつつある感じを覚えていた僕ではあるが、不良がするものと言われたエレキギターやボーリングが流行ったくらいで中学生の僕の日常生活はそれ程大きく変わらなかったのである。
 僕の中二は、丁度あのイギリスの四人組・ビートルズが日本に来る前くらいで、ラジオから流れるヒットチャートのビートルズに夢中のヤツが結構いて教室の窓辺で四、五人集まっては英語でアッハーディズゥナイーとか歌って騒いでいたが、英語が得意でもない僕はそんな彼らを少し羨ましく思いながら、北原白秋追憶の手紙などが載っている本を読んで昼の休み時間を過ごしていた。
 家には誰もいない冬の午後、ストーブでホンワリ暖かい部屋で僕はすることもなく一人寝ころがっていたのであるが、何ともなく手で弄っているとすぐに硬く膨らみ、僕は、つい習慣になった快楽に身を委ねていった。
 若く二十四時間性が目覚めているあの頃は、勿論、オナペットといった言葉もなく、自分好みで肉感的な想像などは不要。触れる手指の刺激で簡単に快感は湧き上がっていたのだ。
 そんな頂点でプッと切れて落下して行く快感に動きを止めて僕がウッとなった瞬間、襖がスッと開いてそこには父が立っていた。夢中で、裏木戸から帰った父に全然気づかなかったのである。
 信じられない突然のことに、膨らみ切ったナニを握りしめたまま僕は何も言えず二メートル向こうの父を見て、父もまた一瞬オウッといった表情を見せた後にユックリ襖を閉めていった。頭の中はパニック状態で、止まった時間の中にいるような僕の耳には、隣の家の白いスピッツの喧しく吠える声がひどくハッキリ聞こえていた。
 あの頃のそんな暴走する逞しさと後悔で溢れた僕の青春マスターベーションも、今では南の島の波音のように遠くひどく遠くの話になってしまい、偶に腰を浮かすと湯舟にホンワリ浮かぶ名残モノも、最近はプルッともしないで一呼吸遅れて力なく揺れる、それだけである。
再び、森岡正博の「感じない男」から。男がポルノをみてマスターベーションをするきっかけとして、エッチな画像を見たり、想像をしたりすること以外に、興味深いことを挙げている。

ポルノを使ったマスターベーションには、さらに深い動機が隠されていることもある。それをいくつか見てみよう。まず第一は、「女を傷つけたい」という気持ちが満たされるのだ。(中略)いじめてみたい気持ち、傷つけてみたい気持ちを満たすものとして、ポルノは使えるのである。(51ページ)
「女を傷つけたい」という気持ちは、確かに私自身の中にもある。もちろん、ポルノの中でのように、実際に女性を「男の性欲の奴隷」のように扱うことはないし、そうしたいという気持ちもあまりわかない。しかし、「男の思い通りに女を従わせておきながら、最終的に強制的に女を感じさせ、『ほんとうはお前も感じてみたかったのだろう』」という想像は魅力的だ。

しかし、ここでちょっと強調しておきたいのだが、少なくとも私にとって、「ほんとうはお前も感じてみたかったのだろう」という想像は魅力的ではあるが、同時に非常に陳腐だ。残念ながら、この想像だけで射精に至れるほど、もはや私はウブではなくなってしまったようだ。

ポルノを使ってマスターベーションをする第二の動機は、「自分を傷つけたい」という気持ちが満たされるからである。いわば「自傷行為」としてのポルノだ。「自分を痛めつけることによって、そこから快楽と癒しを盗み取ることができるのだ。(54ページ)
森岡はこの「自虐的な快感」をさらに2つに分け、「自分が大切に守りたいと思っているもの」、たとえば制服を着た楚々とした雰囲気の少女が「無惨にも犯されていく」ところから生じる「自虐的な興奮と快感」と、「感じる女をもっと見たい。それを見ることによって、感じない私をもっと痛めつけたい」というところから生じるのだとする。後者の「快感」については、正直なところ、私自身はあまり自覚できない(間違いだとは思わないが)。しかし、前者の「快感」については、よくわかる。いや、正確に言うと、以前ならばもっと実感を込めて理解できただろうと思う。今は、性的な性癖が以前とは変わってしまったため、“制服少女”が性的に蹂躙される場面にはあまり興奮しない。

なぜかというと、私にとって、もはや“制服少女”という存在自体がもはや実体(signifie)を伴わない記号(signifiant)と化してしまったからだ。平たく言うと、性的に蹂躙されるような“制服少女”はもはや本当の犯罪の場面でしか存在せず、ポルノの中でわれわれの目の前に登場する“制服少女”は、援助交際(という名の売春)に手を染めた少女であるか、あるいは少女と呼ぶには抵抗のある年齢であり、ポルノの中で本物の“制服少女”に出会うことはまずない。それがわかってしまうと、ポルノの大半は、芝居を見るような目で(つまり、彼ら・彼女らはそのように演じているのだと知った上で)鑑賞しないと、興奮するのはむしろ難しい。

 うー冷えた。冷えたぜ。寒かった。こんなの外同然だし、まっすぐになって寝れない。寒い。横向いて丸まって寝ないと寒い。しかし、すぐ肩や腰が痛くなるのであっち向いたりこっち向いたりだ。朝が待ち遠しかった。6時半に起きた。昨日パン屋でもらった非常食の干食パンみたいなものを食べた。みかんを飲料水代わりにした。バス停の外でおじさんがオレを見ている。何かあんのか。あのじーっと人を見てる人って何やろ。

抜きつ抜かれつ
 ちんたら歩いていると後ろからおじさんに抜かされた。「昨日は野宿?寒かったやろ。若い人はええけど私はもう年寄りやから。」しかし、登り坂になるとあっさり抜いてやった。すぐに見えなくなった。この登り坂、3時間と書いてあったが、そんなにかかりそうにない。どうしたことかどんどん予定が早まる。まあ、いいことなんだが。途中、昨日もらったみかんの残りを全部食べた。

      きょごうざん うんぺんじ
第六十六番札所 巨■山  雲辺寺  本尊 千手観世音菩薩 開基 弘法大師 宗派 真言宗御室派
 「おたのみなす」というなすの形をした銅像があった。おたのみなすに腰掛けてお願いした。山道で昼食を心配したが、どうやら1時ごろには町へ出られそうだ。

 下り坂なので楽だ。途中、若いお遍路さん二人を追い抜いた。あの二人は一緒に行っているのかそこでつるんだのかはわからないが、自分が信仰心0でやっているため、どうもお遍路さん同士の会話を避けてしまう。で、この日記を書いていたら近づいてきたので逃げるように山を下った。さらに下の休憩所でも夫婦が休憩しておりさにら下まで走った。

大山君
 山を下りて喉が渇いたので休憩した。雨が降ってきた。ついに、この旅(11月の部)初の雨か。傘を出していると若いお遍路さんが声をかけてきた。「昨日、会いましたね。」そう、昨日バス停で寝ていたら通りかかった青年だ。そして、その手前の水車という食堂でおじさんにもてはやされていた青年だった。「どうしてお遍路をやっているんですか?信仰心はあるんですか。」と聞かれ「いや、面白そうなのでやっているだけで、信仰心はないんです。」と答えると実はその青年も信仰心はなく、24歳でリストラされ、仕事もしてないのでやってみようと思ったという。まあ、似たような理由である。埼玉から来た大山君で、四国の人の話や方言の話をした。やはり「なおす」は「リストア=修理」としてしか使わないみたいだ。昨日、おじさんに「ひどいなあ。」と言われたが、それは「偉いなあ。」という意味らしい。お酒は全く飲めないが、昨日水車で2時ごろからずっとおじさん達に酒を勧められてしんどかったとか。酒は嫌いだが弱いわけではなく味が嫌いなだけのオレをうらやましがっていた。大学を聞かれたので大阪府立大学と言ったけど埼玉県人なので知らないようだ。「大阪大学、大阪府立大学、大阪市立大学と同じ様な名前の大学が3つある。」と言うと「えっ!?大阪市ってあるんですか?」と尋ねられた。そうか、東京には東京市ってないか。関西にいると当たり前のように大阪市○○区なのだが、彼は新しい知識が増えて喜んでいた。

マスターベーションおやじ 60分一発勝負
 お堂があったので昼食をとることにした。しかし、通りかかりの店で何か買おうと思ったオレは何も持っていなかった。おにぎりを一つもらった。するとそこへ軽トラに乗ったおじさんがやってきた。最初は一声かけていくだけかと思いきや、これから60分間も喋りまくるのであった。既にここは香川県。もう一週間で終わりである。来週の今頃は家にいる。考えられないことである。そろそろ、やっと終わりか、いや、もう終わってしまうのかという時期にさしかかっている。そうした思いや、旅の間は、そりゃいろいろあって楽しいが、家へ戻ってからの嫌なこともいっぱいあるだろうが、そうしたこともこれから乗り越えていかなければならないというありがたいお話であったはずなのだが・・・人間には5つの欲がある。色欲、金欲、権欲、煩悩欲、もう一つは忘れた。この5つを一つ一つ説明してくれた。この欲が大きければ大きいほど苦しいのだ。欲を持ちすぎることはいけない。ここら辺りでやめときゃいいのに。これまでの話は序章にすぎなかった。「色欲」これについてマスターベーション論を一気に語り始めるのであった。

「この色欲だけは抑えられねぇ。色欲は抑えることねぇ。一日に何回も立つじゃろ。ズボンに手が入って握っちまうじゃろ。そしたらもう止まらんべ。出るまでやっちまうんじゃ。」

「帰ったら早く結婚せえ。彼女がいたら結婚せえ。苦楽を共にする女がいれば苦しいことも耐えられるんじゃ。キスしてお互いのシンボルを舐めあって、たったら入れるんじゃ。一ヶ月に一回ソープかなんか行って、2、3日に一回マスターベーションしたら欲は満たされるがそれじゃいかん。」

「無の境地というのがあるじゃろ。マスターベーションしてて、いよいよ出たかという一秒ぐらいの間、出た後は何でこんなんやったんじゃろ、しんどいことしてと思うが、ほんの数秒何も考えない時間があるじゃろ。あれが無の境地じゃ。」

「マスターベーションは、みんなやるじゃろ。立つじゃろ。わしもまだ立つぞ。立たんかったら病気じゃ。ドクター紹介してやるけん。立つじゃろ。そしたら、つい握ってしもうて、そしたら止まらんじゃろ。出るまでやってしまうんじゃろ。」

「お母さんは高校生の時は『女の子と付き合うとるんじゃないでしょうね。』と言うが、大学生、社会人となると『女の子と付き合いなさい。』となるじゃろ。」

「小学生6年から中学3年ごろの子供の誕生日の食事の時、お母さんと一緒に小さな箱にプレゼントを入れて渡すんじゃ。そしてそのプレゼントを持って部屋に行くじゃろ。『待ちなさい。ここで開けなさい。』と言うんじゃ。何が入っていると思う。コンドームじゃ!『もうあなたは大人よ。節度を持ったセックスしなさい。』と言うことじゃ。」

「わしもえげつない話しとるが気にさわったら悪い。人の話は、聞いておいて嫌なことは右から左へ抜けりゃええ、いいことだけ残しておくんじゃ。わしもえげつない話しとるが、さすがに立っとるか触らしてみぃとはそこまでせん。『立っとるからさわれ。』と言われればおったっとるかと触るがのう。」

「女の子から電話がかかってきて洗濯するだの何とか言って家へ来るじゃろ。それは『セックスしたい。』ということじゃ。男と女のシンボルを舐め合うんじゃ。一回、二回、三回とやってやらにゃ。そしてまた二、三日たったらまた電話がかかってくるんじゃ。その逆にこっちからかけもするしな。そしたらまた一回、二回、三回とやるんじゃ。わしもこれでもまだ立つぞ。じゃが一回やるとすぐ二回目とさすがにそうはいかん。1、2、3時間たたにゃ立たん。お前ら若いもんならすぐ二回目、三回目といくじゃろ。」

「お守り持っとるか。お守りとしてコンドームを持っとるか。持っとらんのか。四国をまわっててもいつそういうことが起きるかわからんし、ちゃんと持っとかにゃ。俺も最近持っとらんけどいつも持っとったぞ。」

「四国まわっとっても2、3日に一回はやるじゃろ。四国まわっとっても弘法大師様がやっちゃいかんということはないんじゃ。寺の住職だってやっとるじゃろ。やってもええんじゃ。」

「マスターベーションしとるじゃろ。してない?そんなわけない。本当はしとるじゃろ。俺もまだ立つぞ。マスターベーションしとるぞ。みんな色欲だけは抑えられんから、ズボンに手が入ってやるじゃろ。」

 こうして延々一時間ほとんどマスターベーション話を聞かされた。お札を渡し、何とか区切りをつけて先へ進むことにした。「ありがとうごさいました。」と言って別れたが別にお接待で何かもらったわけでもなく、何がありがたかったのか。マスターベーションの大切さがありがたかったのか。こんな話を聞かされるとかえってマスターベーションできんやんけ。おやじの顔が目に浮かぶ!!

車接待

 おやじの話の後半ぐらいから一緒に話に加わってきたおじさんが、今日はやることもないし車でずっと送ってくれると言ってくれた。(久慈(仮名)を除くと)初の車お接待だ。いやー雨なので非常に助かった。とりあえずすぐそこの寺へ向かった。

       こまつおざん だいこうじ
第六十七番札所 小松尾山  大興寺  本尊 薬師如来 開基 弘法大師 宗派 真言宗善通寺派
 すぐそことはいえ2kmぐらいあった。車に乗るとあっという間。そして車に乗ると寺の記憶も何もなし。

      ことひきざん じんねいん
第六十八番札所 琴弾山  神恵院  本尊 阿弥陀如来 開基 日証上人 宗派 真言宗大覚寺派
      しっぽうざん かんおんじ
第六十九番札所 七宝山  観音寺  本尊 聖観世音菩薩 開基 日証上人 宗派 真言宗大覚寺派
 車の中ではとにかくおじさんは、四国批判の連続だ。人口は少ないし、何もない。人は減っても増えないだとか、市町村の合併ばかりしているが、市民のためではなく、議員のためだとか、四国県民なのにお遍路したことがある人はほとんどいない、100人に一人ぐらいだ、四国に住んでいるのに恥だとか。ずっと一人で喋っていたが内容の希薄さにあまり覚えていない。で、ここは寺が二つ合わさっていて、次の寺まで1秒といううれしすぎる楽さだった。

     しっぽうざん  もとやまじ
第七十番札所 七宝山  本山寺  本尊 馬頭観世音菩薩 開基 弘法大師 宗派 真言宗高野派
 今日ここまで行けるとは思っていなかったが、車接待のおじさんのおかげでここまで来れた。3時半だが、ここで終了した。近くの旅館の予約をとっていたためだ。でも5時半まで帰らないとか言われたけど。おじさんにお札を渡して別れた。そして大山君は少し先のホテルに泊まることになり、ここで別れた。多分、明日も会うだろうと言って。

旅館
 旅館に3時40分ごろ着いたが、2時間待ちか。日記でも書いとこうかと思ったら、旅館のおじさんが帰ってきた。助かったぜ。とりあえず中に入りゆっくりした。5時にはおばちゃんが帰ってきてお茶が出た。そして風呂に入った。風呂から出ると夕食が出てきた。うおっ!多い!おかずが10品ぐらいある。空腹ではあったが、さすがに食べ過ぎた。洗濯をしていると、何か頭痛がしたので寝た。9時ごろまで寝ておさまった。昨日、寒くてあまり寝れなかったし、寝不足が原因かな。野宿も限界が近づいてきた。とっくに終わっている洗濯を取りに行った。乾燥機がないので温風器の前に並べて乾かした。とんねるずの番組に志村けんがゲスト出演していたので見た。続いてダウンタウンDXに武藤が出ていたので見た。マスターベーションおやじの話を思い出して日記を書いてから寝た。
こころの医学事典 講談社 2003年 384-389
性機能不全


人間の性反応は、性的な欲求、興奮、オルガズム、最後のリラックスという順序ですすみます。この段階のどこかに障害があるとき、性機能不全といいます。

性的欲求低下障害 Hypoactive Sexual Desire Disorder
性的欲求低下障害とは 性欲、つまり性交をしたいという気持ちや、性的な空想をもつことがなかったり、十分にはないことをいいます。
 性欲の低下が一時的に起こるのは誰にでもあることですが、ある程度の期間続いたときには、障害ではないかと考えられます。
よく発症する年代 性欲がでてくるべき思春期の時からずっと、性的欲求低下障害の人もいます。何らかのストレスや、対人関係の問題などによって、人生のある時期から性的欲求低下障害になる人もいます。
 この障害は男女共に見られるものですが、我が国では「セックスをする気がおきない」と医療機関に訴える女性はまれなようです。
症状 性的欲求低下障害では、通常は自分からは性交などの性的活動をしようとしません。相手から求められたら、断る場合もありますし、いやいやながら応じる場合もあります。また、性欲の低下は、性交に対してのみのこともありますし、マスターベーションもしたくない場合もあります。配偶者などの特定の相手にのみ、性欲求が低下している場合もありますし、誰に対しても性欲が低下していることもあります。
 本人が必ずしも性欲の低下を自覚しているとは限りません。「勃起しない」「ペニスを挿入しようとすると膣が痛む」などのように、性交の別の問題として捉えていて、診察の結果、実は性欲が低下していたことがわかることもあります。
原因 性に対する罪悪感、自分自身がコントロールできなくなることへの不安、パートナーへの怒り、性交がうまくいかないのではといういう不安、他者と過度に仲良くなることへの恐怖などの心理的な原因が考えられます。
間違いやすい病気 内分泌の障害など体の病気によって、性欲が低下することがあります。他の病気の治療のために服用している薬によっても、性欲が低下することもあります。また、性欲の低下はうつ病の症状としてでることもあります。
 
性嫌悪障害 Sexual Aversion Disorder
性嫌悪障害とは パートナーとの性的な接触を非常に嫌って、避けることを性嫌悪障害といいます。具体的には、パートナーとキスや、愛撫や、性交をしたり、しようと考えることを非常に恐がって、そういった状況や場面を避けるようにします。   
よく発症する年代 パートナーとの性的な接触が起こりうる、思春期の始まりと共にずっと、性嫌悪障害の人もいます。パートナーとの関係が悪くなったことをきっかけにしたり、性的に傷つく経験をすることなどによって、人生のある時期から性嫌悪障害になる人もいます。
 性嫌悪障害は男女共に起こりうる障害です。「性交をするのが嫌だ、恐い」などの表現で、医療機関に訴える人は、我が国でも男女共にみられます。
症状 性的な接触を避けようとして、パートナーがいない場合には、最初から恋人を作ろうとしなかったり、恋人ができるような場所(見合い、パーティー、コンパなど)に行かない人もいます。交際中のパートナーがいる場合、性的な話題にならないようにする、夜遅くまでは共に過ごさない、などの方法で性交の機会を避けます。既婚者でも帰宅を遅くする、寝室を別にする、わざと喧嘩をする、酒を多量に飲み酔っぱらう、などの方法で、性交を避けることがあります。
 また、性的なものへの不安や恐怖から、性的な状況において、動悸、めまい、呼吸困難などのパニック発作が起きる人もいます。
原因 過去の性的失敗、過去の性交痛、パートナーとの葛藤、妊娠への不安、中絶経験などの心理的原因が考えられます。
間違いやすい病気 性嫌悪障害にパニック発作が伴うことがあります。その場合、パニック障害の併発も考える必要があります。
 女性の場合、性嫌悪障害は性交疼痛症や膣けいれんといった他の性機能不全との違いがはっきりしないことがあります。性交を嫌悪する理由が、実際に膣が痛いからなのか、けいれんによって性交が障害されているからなのかが、わかりづらいのです。その場合、婦人科を受診して内診の必要があります。
 男性の場合でも、性嫌悪障害があっても、自覚的には「勃起しにくい」ということがあります。この場合は、詳しく面接していくことで、そもそも性的なものへの嫌悪感が強くあるかどうかが明らかになります。

勃起障害 Erectile Disorder
勃起障害とは 性交をするときにペニスが十分に勃起し、持続することができない状態を勃起障害といいます。以前はインポテンスと呼ばれていましたが、インポテンスという言葉は侮蔑的であったり、医学的にも不正確であるという理由から現在では、勃起障害(Erectile Disorder, Erectile Dysfunction)という言葉が使われています。英語の略語のEDという用語は日本でも広く使われだしているようです。
よく発症する年代 勃起障害は、全ての年代の男性で起こり得ます。しかし、結婚をきっかけとしたり、子供が欲しいという希望といったことから、30代の方が医療機関を受診することが多いようです。
 最近では薬物治療が進歩したこともあり、中高年で医療機関を受診する人も増えているようです。
症状 勃起障害は性行為のさまざまな段階で起こります。服を着ている時点から勃起しない人、服を脱ぎ出すと勃起しなくなる人、いざ挿入となると勃起がなえてしまう人、挿入したものの勃起が維持できない人などさまざまです。いつも勃起しない人もいますし、妻などの特定の相手だと勃起しないが他の人とは勃起する人、妻の排卵日になると勃起しない人などもいます。
 勃起障害が重くなると、性交をしたいという気持ちが起きなくなったり、パートナーとの性的接触を避け始めたりすることもあります。
原因 勃起障害は、血管、神経、内分泌などの身体的な原因で起きる場合や、薬の副作用で起きる場合や、心理的な原因で起きる場合があります。心理的な原因として一番多いのが、「性交がうまくできないのでは」という先のことを心配する不安です。また、「うまくいかないことでパートナーから嫌われるのでは」という恐れや、「つい冷静になって自分を第三者のような立場から見てしまう」という傍観者のような態度も原因として多くあります。
間違いやすい病気 心理的な原因で勃起障害が起きる場合は、睡眠中の勃起やマスターベーションの時の勃起は問題がありません。しかし、身体的な原因があるかどうかをはっきりさせるには、泌尿器科での検査を必要とします。
 また、性的欲求低下障害や性嫌悪障害の場合で、性交をしたくなかったり、性交を避けているときには、勃起障害も起こりやすくなります。

男性オルガズム障害 Male Orgasmic Disorder
男性オルガズム障害とは 性的活動中、勃起のあとに続くオルガズムが遅れたり、なかったりすることを男性オルガズム障害といいます。通常は射精が遅れたり(いわゆる遅漏)、性交では射精ができなかったりします。
症状 多くみられるものとして、パートナーからの手や口唇による愛撫だと射精できても、膣内では射精が困難というものです。またマスターベーションでのみ射精ができる、あるいは、夢精のみあるという人もいます。
 なお、手術等によって、前立腺や精嚢を失っている男性でもオルガズムの感覚は保たれていますし、精液の排出がない場合でもオルガズムは可能です。
原因 不安、葛藤といった心理的な原因以外に、問題のあるマスターベーションが原因のこともあります。たとえば、手でペニスを刺激するのではなく、布団やカーペットにペニスをこすりつけてする方法や、非常に強い力でペニスを握りマスターベーションをする方法などです。
間違いやすい病気  マスターベーションでも射精ができない場合は、心理的原因よりも、身体的原因を疑い、泌尿器科での検査が必要です。

早漏 Premature Ejaculation
早漏とは ペニスを膣に挿入する前や、挿入時、あるいは挿入した直後に、本人が望んでいないにも関わらず、ごくわずかな刺激で射精してしまうことを早漏といいます。
症状 早漏では、射精がうまくコントロールできず、性交時において本人の希望より早く射精してしまいます。多くの場合に、マスターベーションではやや長めに射精までの時間が持てますが、マスターベーションでもすぐに射精する場合もあります。また、性交の時にアルコールを飲んで射精を遅らせていた人が、アルコ-ルを飲まずに性交した場合に早漏となることもあります。
原因 早漏は、性行為への不安といった、心理的な原因も関与しますが、多くの場合は、性交経験の乏しさが大きな原因であり、若い男性でよくみられます。一般的には性交経験を積むにつれて、射精のコントロールをおぼえていきます。また、若者でなくても、性交経験や性交の頻度が乏しい場合や、新しい相手との性交で強い刺激がある場合などには、早漏となることがあります。

女性の性機能不全 Female Sexual Dysfunction
女性の性機能不全とは 女性の性機能不全には、性的欲求低下障害、性嫌悪障害のほかに
女性の性的興奮の障害、女性オルガズム障害、性交疼痛症、膣けいれんがあります。
女性の性的興奮の障害 性行為の時に、膣が十分に潤って拡がることができないことを女性の性的興奮の障害といいます。男性の勃起障害に相当します。膣が十分に潤って拡がることのないままに、ペニスが挿入され、性交が行われると、非常に苦痛なものとなります。
 原因としては、性交に対する不安、恐怖、パートナーとの葛藤などの心理的な原因と、更年期や閉経後のエストロゲン低下などの身体的な原因が考えられます。
女性オルガズム障害 性的活動中に性的興奮に続いて起こるオルガズムが、遅れたりなかったりすることを女性オルガズム障害といいます。性的な気持ちを抑えつけるなどの心理的な原因で、オルガズムの障害が起きることもありますが、多くの場合には性的な経験や知識が増えるにつれ、オルガズムの能力は強くなり、オルガズムに達することを知るようになります。
性交疼痛症 性交の最中や、性交の前や後で起きる性器の痛みを性交疼痛症といいます。この障害は男性、女性ともに起こりうるものですが、女性のほうが多数を占めます。
 痛みの程度は軽度のものから、性交が我慢できないものまでさまざまです。性交を考えただけで痛くなる、あるいは性器部分を触れようとしただけで痛みを感じる人もいます。痛みの場所としては、膣の入り口付近と骨盤内部が多いです。
 女性の性交疼痛症は、性的興奮の障害があり、膣の潤いや広がりが不十分な場合に多く起こりますが、その他の身体的疾患や、パートナーや性行為への嫌悪や恐怖といった心理的な原因でも起こります。
膣けいれん ペニスや指やタンポンや膣鏡などを膣に入れようとしたときに、膣の外3分の1の部分の筋層に不随意なれん縮が起こることを膣けいれんといいます。この膣の筋収縮によって、多くの場合は、ペニスの挿入ができず性交は妨げられます。この筋収縮は通常は婦人科の診察により確認されます。
 原因としては、性に対する否定的態度や性的な外傷体験、初回性交の痛みへの恐怖といった心理的なものが考えられます。

性機能不全への治療・対処
治療と経過 
・薬物療法 勃起障害に対しては、主にクエン酸シルデナフィル(バイアグラ)を用います。70~80%に効果があるとされています。性嫌悪障害などの、不安や恐怖の強い性機能不全の場合には、抗うつ薬や抗不安薬を用いて効果のあることがあります。早漏に対しては、抗うつ薬が効果があることがあります。
 なお、「性機能回復に役立つ」ことをうたい文句にした精力剤のたぐいが、通信販売等で売られていますが、効果のないものや有害なものもあります。使用するときは医師と相談すべきでしよう。
・精神療法 話を聞いていく中で、性に対する、不安や葛藤の気持ちを明らかにしていきます。また、性に対して、誤っていたり、歪んだ考えを抱いている場合には、それを適切なものへとしていきます。
 夫婦、恋人同士など、カップルの関係性が悪化していることも多いので、二人の関係が改善するように、カップルで来院してもらい精神療法をすることも多いです。
・行動療法 全ての性機能不全に対して、原則的にはカップルで、感覚集中法という訓練をしてもらいます。これは、性器の結合を目的とはせず、互いに相手を愛撫しあい、どのように感じるかをよく言葉で伝え会うようにしていくやり方です。この方法に熱心に取り組めるカップルはその後の経過も良好なことが多いです。
家族や周囲の人の対処法 周囲が「子供はまだか」とプレッシャーをあたえたり、「あの男はマザコンだからうまくいかないんだ」「あの嫁がちゃんと夫をたててあげないからだめなんだ」と互いの家族が相手に責任をなすりつけあうことがあります。これらのことは治療的には望ましくありません。カップル二人が治療への意欲がある限り、むやみに干渉せずに、静かに見守っていくことが大切です。
予後と生活のアドバイス 性機能不全は、一人だけの問題ではなく、カップル二人の問題です。性の話題を恥ずかしいものと思わず、二人で率直に自分の気持ちを伝えあいましょう。そして、性器の結合にばかりとらわれるのではなく、互いの気持ちを伝え、楽しむという、セックスのもつプラス面を二人で伸ばしていくようにしましょう。
 日常生活では、適切な食事・運動・睡眠、節酒・禁煙につとめましょう。



脚注1
性交依存症 Sex Addiction
 性交依存症は、近年主に米国で提唱されている疾患で、アルコール依存症などの他の嗜癖疾患の病態をもとに概念化されました。
 特徴としては、性的衝動を抑えることができないこと、性行動への欲望で頭の中がいっぱいになっていること、性行為後に罪悪感を感じますがそれでも性行為をやめることができないこと、最終的には欠勤や仕事の能率の低下といった社会生活上の障害や、離婚や夫婦の不和といった家庭生活上の障害を引き起こすことがあげられます。
 また、性交依存症によって、買春を繰り返したり、性的な犯罪を引き起こしたりすることもあります。
 日本でも、性交依存症だと診断される方も最近ではいるようです。

脚注2 性交の目的
 性交の目的としては、子供をつくるという生殖が、通常の場合あげられています。しかし、人間にとって性交とは、生殖だけでなく、コミュニケーションの手段、楽しみ、さらに生活の質(QOL)を良くし、自尊感情を高めていくといった目的や意義があります。 実際に現代の日本で、生殖目的に性交をすることは数えるほどしかなく、圧倒的多数はその他の目的での性交です。
 性交のこれらの目的や意義を理解すれば、高齢者や、病気や手術によって生殖能力がない人における性の大切さ、夫婦間のセックスレスの問題性が分かると思います。
 また、人間における生殖以外の性交の重要性への理解にともない、生殖とは結びつかない同性愛も、現代の医学では異常とは見なされていません。
 1992年に世界保健機構は「同性愛はいかなる意味でも治療の対象とはならない」と宣言したのです。

脚注3
性暴力
 次のような性行動を性暴力といいます。
1)同意がないままに行われる性行動
2)二人の間に平等性がないときに行われる性行動
3)強制による性行動
 同意がないとは、気付かれないように裸をのぞいたり、はっきりイエスがないのに、性行為におよんだりすることです。
 上司と部下、先生と生徒、親と子などのように力関係があり平等ではない二人で、強者から弱者へとなされる性行動も性暴力です。
 また、力づくや脅しといった強制による性行動も性暴力です。
 男性がある程度の強引さや力強さがあって良しとすべし社会では、知らず知らずのうちに性暴力の加害者になったり、加担者になったりします。
 性暴力が被害者に与える心の傷は相当なものです。社会全体が性暴力への認識を深め奥のない世の中にしたいものです。
ストーリー(最速勉強法に至った過程)
私は個人塾で教えているのですが、2年前の11月半ば、一人の高三生が電話をしてきて、「今から勉強して東大理三に現役合格できないでしょうか?」と頼んできました。

詳しく聞くと、ずっと部活をしていて夏に終わったがしばらくやる気もでず勉強はしていないし、模試は受けたことすらないといいます。それでも医者になりたかったし、せっかく東京に住んでいるから東大に行きたい!と。いくらなんでも無理だ、しかも東大理三なんて。と思い、「さすがに3ヶ月では無理でしょう。」と答えたところ、「もし無理なら浪人します。でもできるだけのことをしたいんです。」ともう一度頼んできたので、それならやってみる価値はあると思い、さっそく塾に来てもらいました。

一応実力を知るために簡単なプリントをやらせてみたのですが、なんと中学レベルも危ない状態でした。そこで急遽特別メニューを作り、授業などしている時間もないので塾ではなくメールで指導することにしました。とにかく時間がないのでやるならできるだけ薄く、かつまとまっている参考書しかない!と思い、1冊80ページほどの本を全科目1ヶ月でやらせました。(薄いのでそんなに厳しくはなかったみたいですが。)とにかく薄いから完璧に覚えるよう指示していたので、1ヶ月後尋ねてみると「全科目これらの参考書の問題は全部できます。」と言いました。

そこで試しにと思い塾に来てもらってセンターの過去問のプリントを全科目やらせました。7割くらいいってないと難しいな。と思っていたのですが、何と総合で9割を越えていました!そんなバカな!と最初は驚きましたが、よくよく考えてみると何も不思議なことではなかったのです。薄い参考書でもセンター試験に必要なことは全て書かれているので、それらを完璧にこなしたのであればセンターが9割をとれても何の不思議もないのです。

私も生徒も手をたたいて喜びましたが、そう浮かれてもいられません。センターと二次試験の格差は相当なものだからです。センターは簡単な知識でとれるのに対し、二次はそのレベルを越えた力がないと0点もありえます。

早速二次試験突破に必要な参考書を考えました。このとき二次試験を突破するには何が必要かを具体的に考えてみました。その結果、二次試験突破には一定のレベル以上の参考書を理解する力と、過去問に沿った勉強が必要であることがわかりました。これは当たり前のようで、非常に重要なことだったのです。

そこでその参考書を徹底的にやらせましたが、これはさすがに骨なようで苦労していました。そしてその途中にセンター試験本番がやってきました。が、簡単なメンテナンスをするだけで二次の勉強をさせました。センター本番は8割9分でした。9割に満たなかったものの、二次さえできれば十分逆転可能なので気にしないよう言いました。

苦労した結果なんとか1月末までには二次試験用の参考書が終わりました。ですがとてもじゃないが完璧ではないといいます。そこでとりあえず過去問をやらせました。すると、東大理三では二次は440点中300点が目安なのですが、180点でした。数学では1完しかできず、本人も非常に落ち込んでいました、しかし、私はこれはいけるかもしれない!と思いました。それは、なぜ点数がとれないかを分析したところ、知識があやふやなところと、まだ二次問題の傾向に慣れていないからだとわかったからです。

早速過去問の傾向を徹底的に頭に叩き込み(特に東大の英語は非常にクセがある。)、参考書をもう一回復習させました。二次試験本番1週間前になったところで駿台実践模試演習をやらせると、総合260点でした。少し足りませんが(本当は40点は相当なのですが)これなら受験してみる価値はあると思い、(他の大学も薦めていたのですがどうしても東大を譲れないというので)最後1週間で更に復習をさせ、解いていない過去問を解かずに解説を覚えさせました。

合格発表のとき、その生徒から電話があったとき最初興奮しすぎて何を言ってるのかよくわからなかったのですが、「合格した」ことがわかったときの感動は今でも覚えています。

かくして3ヶ月でも東大理三に合格可能だとわかったのです。

そこで去年、塾での指導内容に大幅な修正を加え、この体験をアレンジした勉強法をさせたところ、高3から来た生徒の8割が第一志望に現役合格したのです。(それまでは高一からじっくりやっていた生徒でも5割キープが難しい状況でした)

ちなみに、いやらしいようですが参考書代としては全部で5万円ほどかかります。塾に3教科いったら1ヶ月で5万円越えるところもあるので安いとは思いますが・・・。会員料金等、私に払うお金は一切無料なのでご安心ください。

 

 

さて、長々と語りましたが、その勉強法をメールにて教えます。料金は無料!まさしく最速の
勉強法を味わってください。
下部から希望するニックネーム、学年、性別、住んでいる都道府県、志望校をメールで送ってください。最低限の質問(選択科目など)をし、すぐに計画を送らせていただきます。計画は余裕を持たせるために半年~1年用に作っています。申し込み時期に応じて作ります。

なお、メールには2回目からも必ずニックネームを書いてください。整理のためにもお願いします。

それと、申し込んだ人は下部会員一覧に掲載します。整理のためと、私がいい加減な指示をしないようにする戒め効果を持たせるためです。

またこのサイトをご覧くださっている方にもいい刺激になるかと思いますので。載せるのはニックネーム、学年、性別、志望校、都道府県のみでメールアドレス等の情報はもちろん厳守いたしますのでご安心ください。

質問等もメールで受け付けております。あと、一応私も東大医学部卒なので、東大に関する質問等もかまいません。なんでも気軽に聞いてください。

 

勉強法の概説
大学受験突破には何が必要か?塾に行くこと?違います。塾に行ったら確実に1年は無駄なことをしなければなりません。

では模試で高順位をとることでしょうか?確かに間違いではありませんが、人との兼ね合いである以上いささかはっきりしない目標です。ではどうすればいいのか?

「過去問がとければいい!」のです。当たり前だ!!といわれそうですが意外と高一から塾に行っているのに過去問見たのは2ヶ月前とかいう人が多いのですよ。

では過去問を解けるようにするには?一定のレベル以上の参考書が解ければいい。でもその参考書はやはり難しい。そこで基礎を学ぶ必要があるのですが、基礎はできるだけ軽負担で!!

フレーズ化いたしますと、

  さらっと基礎を固め、後は過去問に直下型地震でクリティカルヒット!!
いきなり何を言い出すんだと、あきれるかもしれませんが、直下型地震というのは過去問を最短距離で目指すということです。ほとんどの塾や学校は適当に地震を起こし、その余震なり衝撃波で本番に攻撃するのですが、そんなのでは難関大学のボスは倒せません。

直下型クリティカルで一撃で倒しましょう!!
 


 

メール: shines_deth9@yahoo.co.jp
マスターベーションは、80年代前半の日本のアンダーグラウンド・シーンを代表するパンク・バンドの一つだ。81年5月に京都で結成。当初のメンバーは、卑龍(vo&g)、神風(dr)、ロス(b)だった。翌年2月がデビュー・ステージで、まもなく東京でもしばしばライヴをやるようになるのだが、当時ライヴ中によく卑龍は自分の体をカミソリで切り刻んでいた。初の音源発表は、83年2月にからリリースされたコンピレーション盤の『Outsider』。続いて、名曲「兵士トナッテ戦場ヘムカエ!」収録のEPをから出す。マスターベーションにはツー・ビートの速い曲もあるが、ルーディメンタリー・ペナイを思い出すスロー~ミッド・テンポの曲が多く、当時(今においてもだが)のシーンの中でも異色だった。ゴシックとは違う日本的なダークな色彩の音だけでなく、暗部に焦点を当てたような日本語の歌詞も含めて、ドロドロした雰囲気を作り出していた。その後メンバーが抜け、卑龍はマスターベーションの拠点を東京に移した。84年には、奇形児のメンバーのタツシがベース、後にザ・原爆オナニーズやスタークラブ、ブランキー・ジェット・シティで叩くタツヤがドラムに、メンバーが固まる。この編成で、音の抜けがよくなった。まもなくソノシートの『死顔』を出し、85年の頭にはミニ・アルバム『被害妄想』をリリースした。しかし同年3月のステージが、マスターベーションのラスト・ライヴとなった。それから卑龍は、タツシや奇形児のヒロシらと共にトランスフォーマーを結成。ミニ・アルバム『Manoeuvre』を出したが、まもなくシーンからは姿を消した。(行川和彦)
20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
『リック』さん(仮名)は、ワシントン州に住み、ドーナツチェーンの『クリスピー・クリーム・ドーナツ』で働く20歳の若者。キリスト教を信じるリックさんには、深刻な悩みがあるマスターベーションをしてしまうことだ。

 リックさんは最近、自慰行為は罪深い行為だとの考えを同じくする、やはりキリスト教徒の男性何人かと知り合い、40日間「不浄行為」をしないと誓い合った。聖書に書かれている、砂漠でサタンがキリストを快楽に引き込もうと誘惑し続けた日数と同じだ。リックさんと仲間たちは、電子メールやインスタント・メッセージを通じて、誓いを破らないよう励ましあっている。

 「始めてまだ数日だが、自分の体がいかにそれに慣れ、中毒になっていたかを実感しつつある」今回の挑戦を記録しているウェブログ『フリー・トゥ・ビー・ピュア』に、リックさんはそう書き込んでいる。「我慢するのは大変だが、自分のためだけでなく、一緒にこの禁欲に挑戦している仲間たちのためにも、強くなろう、そしてこの中毒を打ち負かそうと僕は戦っている。みんな、がんばろう! 僕たちは清らかさを取り戻せる」

 リックさんたちが挑戦を始めるきっかけになったのは、『XXXチャーチ』というウェブサイトだ。このサイトは、ポルノと自慰という2大誘惑を克服できるよう人々を支援し、彼らを神に向かわせることを使命としている。

 このオンライン活動は、世界のポルノ産業の中心地と言われる南カリフォルニア出身の2人の若い牧師(写真)が立ち上げたもの。とりわけポルノが蔓延している媒体、インターネットを通じた肉欲の罪に対して、果敢に戦いを挑んでいる。とはいえ、非常に厳しい戦いだ。XXX(ポルノ)サイトが無数にあるのに対し、XXXチャーチはたった1つしかない。

 「(われわれは)キリスト教会がポルノ問題に対して何もしていないのを見て、立ち上がって何か行動を起こそうと決めた」。クレイグ・グロス牧師(28歳)は、2002年にマイク・フォスター牧師(32歳)と2人でXXXチャーチを設立した動機についてこう話す。「キリスト教徒とそれ以外の人々双方に訴えかけるため、通常の教会活動の範疇に当てはまらないやり方をしたかった」

 「最高のキリスト教ポルノサイト」を名乗る同サイトでは、ダウンロードして使える聖書研究素材や、祈りのためのオンラインフォーラム、登録したユーザーが訪れた好ましくないサイトを記録して、指定した第三者にその事実を報告できる(日本語版記事)無料ソフトウェア『X3ウォッチ』などを提供している。

 実用的なアドバイスも多数ある。両牧師が自慰行為の代わりに勧めるのはこんなことだ。「平静を保ち、自らにこう言い聞かせなさい。『自慰よ、私はおまえの奴隷ではない! 私は自分の人生を取り戻す!』(あるいはこれに類する言葉を)。もし、これがうまく行かなかったら、ほかのやり方もある。たとえば、ガムを噛むとか、[ドラッグの禁断症状について歌った]ジョン・レノンの曲『冷たい七面鳥』を大声で歌う、あるいはチョコレートを食べるとか、自分にとっていちばん気の紛れること(ただし自慰以外)をすればいい」

 マスターベーションを戒める教えは、マタイによる福音書5章27~30節に基づくものだ。福音書は肉欲を罪とし、もし体の一部(たとえば右の手)が罪を犯させるのなら、切り取って捨ててしまいなさいと述べている。なぜなら、「体の一部を失っても、全身を地獄に投げ入れられるよりはまし」だから、と。

 両牧師は最初、『セーブ・ザ・キトゥン』(子猫を救え)という電子メールキャンペーンを展開した。メールの内容は、『Photoshop』(フォトショップ)で作った、2匹の大口を開けた怪物が子猫を追いかける画像に、「あなたが自慰を1度するたび……神が子猫を1匹殺す」というメッセージを添えたもの。「子猫を殺す」という比喩が、自慰について人々が語りやすい状況を作ったとグロス牧師は話す。この電子メールは多くの人に広まったが、キャンペーンから派生したビデオ子猫が部屋の端から端まで乱暴に放り投げられる映像のために、不快感を持つ人も出た。

 次の試みは、小人症の人を起用して、「ポルノは君の成長を止める」というキャッチコピーをつけたテレビCMだった。このCMは、MTVやその他の若者向けテレビ番組で流されたが、小人症患者の支援団体『リトル・ピープル・オブ・アメリカ』(LPA)が不快感を表明したことから、放送中止となった。

 XXXチャーチは先ごろ、2本目のCMを完成させたが、こちらも1本目に劣らず物議を醸している。これを監督したのは、『ナットジョブ・ナース』『ジ・アナル・ライフ』などを撮ったベテランのポルノ映画監督、ジェイムズ・ディジョージオ氏。ポルノ業界では『ジミー・D』の名で知られる人物だ。XXXチャーチの両牧師とは、業界誌『アダルト・ビデオ・ニュース』(AVN)がラスベガスで開催している展示会『アダルト・エンターテインメント・エキスポ』の会場で知り合った。両牧師は毎年ここへブースを出し、聖書と「イエスはポルノスターを愛している」と書かれたステッカーを配っているという。

 両牧師から、小人症の人を使ったCMが放送中止になった話を聞いたディジョージオ氏は、新しいCMの監督を無償で引き受けると申し出た。そして完成したのが、人形を使ってセックスを模した場面と、子どもをポルノから遠ざけようという警告からなるCMだ。ディジョージオ氏はこの反ポルノCMを引き受けた動機を公にしておらず、ワイアードの取材依頼にも返答はなかった。

 両牧師のこうした活動は、保守的なキリスト教徒の怒りを買っている。ポルノ関係者と親しくしているなど、およそ聖職者らしからぬやり方が非難を浴びているのだ。

 XXXチャーチの反論メール欄には、別の反ポルノ団体『セッティング・キャプティブ・フリー』の創設者マイク・クリーブランド氏が送った次のような文面が掲載されている。「われわれが両牧師を支持しない主な理由は、彼らのやり方が聖書に即しておらず、聖職者としても実りある結果を生んでいないためだ」。ワイアードはクリーブランド氏に取材を試みたが、この抗議について詳しく語ることは拒否された。

 一方で、両牧師の活動を賞賛する人々もいる。ケンタッキー州でセックス中毒のキリスト教徒向け治療センターを運営する団体、『ピュア・ライフ・ミニストリー』のスティーブ・ギャラガー会長もその1人だ。XXXチャーチという名称を聞いたときには懐疑的だったが、両牧師の訪問を受けてその考えが変わったという。

 「彼らが発する『ポルノより素晴らしいものがある、それはキリストだ』という単純明快なメッセージは、好悪はさておき鋭いものだし、ユーモアのセンスに富んでいる。サブカルチャーの世界にかけたこの橋を、人々がいつか渡ってくる楽天地だと思っていた世界が実はそうではないと分かって、行き場を失った人々が」とギャラガー会長。

 グロス牧師は、他人が自分たちの活動をどう思っているかなど、あまり気にしないと述べている。

 「キリスト自身も物議を醸した人物なので、(われわれも)人に嫌われようがかまわない。ただ、悲しいのは、非難の多くがキリスト教徒から寄せられることだ。ちょうどキリストの時代と同じように。信仰に篤いとされていた人々が、きまってキリストを非難した」

 批判を受けながらも、両牧師は講演で各地を回ったり、インターネットで流すリアリティー番組の準備をしたりと忙しく活動している。この番組は2人の「ポルノの世界における冒険」を記録するもので、実在のポルノ俳優や、ポルノ中毒を克服しつつある若者なども登場する予定だ。番組のタイトルは、『ミッショナリー・ポジション』(聖職者の立場/正常位)という。

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
強迫的マスターベーションは、精神的・感情的・道徳的に有害である

マスターベーションについての一般的な見方として、“それは精神安定剤的なものでなんら問題はない”、“それをしたからといってだれも傷つけない”、“それが原因で何かの病気にかかることはない”などと甘言を垂れる医者さえ存在します。そのような無責任で うわべだけの発言は、強迫的マスターベーションが習慣になっているマスターベーション中毒者を助けるどころか、混乱させ、その悪習から抜け出すのをますます困難にしています。では、マスターベーションは本当に医学的に無害なのでしょうか?

マルコム・カーラザーズ博士(病理学者・イギリス)は、「マスターベーションは大抵欲求不満によって引き起こされ、“自涜(じとく。文字どおりには「自分を冒涜すること」を意味する)”という言葉が示しているように、根本的には自分自身に対する攻撃行動であると精神病学者たちは述べている。したがってノルアドレナリンの分泌は比較的多く、その結果血液中の脂肪の値が上がっても、マスターベーションに伴う筋肉活動で使い尽くされる量はわずかである」。このようにして発生する血液中の脂肪が冠状動脈に凝固物を生じさせるので、マスターベーションについて昔から言われていること、つまりそれが顔面蒼白、精力消耗、不眠、不妊、意志薄弱、生殖器の萎縮、心臓発作の原因になるという考え方は、「結局ある程度の真実性を帯びているのではないか」と述べています。(「西欧の死の道」)

それよりももっと恐るべき影響は、強迫的マスターベーションが、その人の精神・感情・道徳面におよぼす影響です。アメリカーナ百科事典はこう認めています。「マスターベーションに対する最も新しい見方は、その精神的な有害性を認める点にある……それは肉体上のなんらかの障害から来るのではなく、自涜を行なう人のいだくある種の罪悪感、およびそれによって仲間との自然な交流を持ちにくくなることから来るものである」。強迫的マスターベーションは人の人格性質を変えてしまいます。物事に対する健全な見方、また異性や他の人々に対する正しい態度が取れなくなります。その人を引っ込み思案にならせ、生産性を著しく低下させます。

マスターベーションは性欲処理に必要だという考え方は危険です。マスターベーション自体が性欲を増進させるのです。人間の脳は、習慣的に使っている回路をより強化していきます。そして使わない回路はだんだん萎(な)えていきます。マスターベーションによって性欲ばかり増進させ、人生に必要な克己心や自制心という回路がどんどん失われていくなら、どんな生涯になるでしょうか。男性の場合、マスターベーションをしなくても、体は自然に精液を一定の量に保ちます。仮に過剰になったとしても、夢精(睡眠中に自然に射精すること。しばしば性愛の関係した夢を伴うことからこの名がついた)というごく自然な生理現象によって処理されます。次にマスターベーションの衝動が起こった時、あなたは、脳のどんな回路を強化したいのかよく考えることです。この、「よく考えている」時に、脳は克己心(おのれに打ち勝つ心)や自制心(英文字義では「自分をコントロールする心」)という回路が強化され、不自然な性欲の回路が消えはじめます。そのようにしてあなたは、強迫的マスターベーションの悪習から徐々に解放されるのです!

強迫的マスターベーションをする理由(原因)を知り、予防する

ある20代の男性は、「自分にはうつ病の気とマスターベーションの習慣があるため、何度も自殺を考えました」と述べています。死ぬ気になればなんでもできるという人がいますが、強迫的マスターベーションの習慣におちいってしまった人にとって、この呪縛から逃れるには死を選ぶしかないと感じるほど、この習慣は精神の奥深くまで突き刺さっているようです。

「マスターベーションと成人の性徴」という本の著者は、次のように述べています。「マスターベーションをするという決定は、目的のある社会活動によってその弱点を改めようとしていないことを意味する。……緊張するといつでも、“問題の解決”と“マスターベーション”の両方を試みるという一般的な方策を採用できるのは事実である。しかし、体はいつも自分が持ち歩いているので、後者の“解決策”を用いたいという誘惑は非常に強い。したがって、問題の真の解決策を考え出すこととそれを実行することに注意を集中するのが最善である」。ということは、マスターベーションの悪習自体が問題になっている場合、それをマスターベーションで解決しようとすると、ますます問題が大きくなる......というバグが生じ、最後にはフリーズしてしまうかもしれないのです。

なにごとも、問題の原因をよく考え、原因に対する対処をしていくようにしましょう。マスターベーションをさせようとする原因のうち最大のものは、おそらくポルノでしょう。インターネットを利用していてポルノに接することでマスターベーションの悪習に逆戻りするのであれば、何らかの措置が必要です。アダルト情報にアクセスできないようにするソフト(Symantec社のInternet Securityなど)を導入するとか、オンラインするパソコンは、家族みんなの目に触れるところに置くなど、断固とした手段をとるのです。新しいソフトの購入には費用もかかりますが、それによって節約できる時間や、身につく克己心には換金できないほどの益があるのではないでしょうか。

ほかにも原因があります。1946年版のブリタニカ百科事典によると、性的衝動を抑える方法として、「肉やスパイスを多量に使った食事、とりわけ酒類を避けることが肝要である」と述べています。ほかにも、体にぴったりし過ぎる服や一人だけでいる時間が長いことなどが原因となることもあるようです。自分の一週間の活動を、建設的で生産的な活動計画で満たし、脳の回路を生産的なことから満足感を得ることができるように徐々に改造することが大切です

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]

 東京・浦安の「あべメンタルクリニック」院長の阿部輝夫さんは,精神科領域における性障害の治療の第一人者として知られる。5月18日に慈恵医大講堂で開催された第32回性治療研修会(日本性科学会主催)で,19年間の臨床経験から腟内射精障害に関する統計を報告した。それによると同障害患者は218名。そのうち81名(37.2%)の原因が「非用手的マスターベーション」,48名が(22.0%)「強すぎるグリップ」であり,ふだんのマスターベーションの方法に問題があるケースが多いことがわかった。


●「週刊誌で挟んでこする」も

 あべメンタルクリニック院長の阿部輝夫さんは,性障害の疾患別初診患者数を84年5月から毎年調べており(96年までは順天堂大学浦安病院精神科勤務),03年5月で19年間の統計がまとめられた。

 一番多かったのは勃起障害の817名で,以下「性転換症」605名(FTM240名, MTF365名),性嫌悪症357名(女性208名,男性149名),性欲障害305名,腟内射精障害218名,性交疼痛症151名,早漏72名,「両性服装倒錯症」53名などとなった。
 これらの中で最も注目されるのは,「原因が不明なまま,この数年急増している」という男性の性嫌悪症であり,この分析については昨年の研修会で報告している(02年6月号参照)。

 阿部さんが今回分析したのは腟内射精障害で,その最大原因は「非用手的マスターベーション」で81名(37.9%)が該当した。以下「強すぎるグリップ」48名(22.0%),「ひとりでないと射精できない」38名(17.4%),「包茎手術後の違和感・過剰刺激」および「ピストン運動ではない刺激」がそれぞれ13名(6.0%)など。子孫拒否,フェティッシュ,体液恐怖が,それぞれ4,3,1名に見られた。

 81名の「非用手的マスターベーション」の内容としては,「シーツにこすりつける」が圧倒的に多く(43名),次に「フトンや枕を股間に挟んでこする」(28人)が目立った。このほか「ペニスを股間に挟んで圧迫」4名,「畳にこすりつける」3名,「週刊誌に挟んでこする」2名,「会陰部をクッションにこすりつける」1名だった。

 2番目に多い原因の「強すぎるグリップ」に関して,マスターベーションを想定したグリップを握力計で測定したところこれらの患者は全員が10・を超えていた。これに対して健常者の同様の測定では4~5・が多かった。強すぎるグリップによるマスターベーションになれたために腟内射精障害となったわけだ。


●治療に「コンドーム・マス法」を考案

 最大原因の「非用手法」の治療としては,従来慣れ親しんだ刺激から手の刺激によって射精可能となり,されに腟内で射精可能となるために段階的な訓練を行う。糊のきいたシーツから柔らかい布,ガーゼと進み,手で可能になってから阿部さんが考案した「コンドーム・マス法」を行う。

 これは内側に潤滑剤をつけたコンドームを使うもので,それによって「腟内のぬるぬるした状態に似せる」。このペニスを柔らかなグリップで適度なピストン運動で刺激するというもの。「マスターベーション回数の個人差にもよるが,一般に半年ほどのコンドーム・マス法によって治ることが多い」と阿部さんは言う。

 阿部さんは報告ではふれなかったが抄録集には「近年,若者のマスターベーションが,前述のような奇妙な方法によるものが増えている。マスターベーションに『正しい方法』とか『間違った方法』などがあるのかどうかは判らないが……」と記している。

 報告終了後にフロアーから「男性はマスターベーションの方法を,自分で偶然に知る場合と周囲から教えられる場合とがあるようだが,教えることに積極的になったほうがよいのだろうか」との質問が出され,阿部さんは「そうかもしれない」と答えていた。
20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
マスターベーションは、彼女らに高度な性的な自由を与える一方で、女性に自身の体を探検する機会を与えます。

 それは、パートナーに頼って、性的な喜びを経験して、「彼女ら」が選択をする性的な緊張を解放する機会を女性に与えます。

 マスターベーションは、制御している女性に対して自身の体と性的関心に非常に能力を与えます。

 マスターベーションは、すばらしい教育手段です。そして、自身の体が性的な刺激に応答する方法について、女性に教えます。

 多くの通常で健康な女性のために、マスターベーションはオルガスムを経験する彼女らの予備的なまたは手段だけです。

 マスターベーションする一方で、女性がパートナーの必要について悩む必要はなく、理想的な精神的で身体的な刺激を提供することができるので多くの女性は、最も激しいオルガスムを経験します。

 幼少から成熟まで、マスターベーションは、人生を通じて女性のとてもためになります。

 女性には、必ずしも性的なパートナーがいない時でも彼女には常に彼女自身がいます。マスターベーションは、ためになります!
 マスターベーションは、少女または女性がしばしば学ばなければならない性的な技術についての性的な活動です。そして他の性的な種類を楽しむ鍵を握る最初で最も多くの意味を含んでいます。

 理想的には、この技術は思春期かその前に学ぶことです。しかし、非常に多くの女性は、10代後半または20代前半までに学んでいます。

 10代の女性の発達中の性の差による活力について述べる建設的な手段を持つように学ばれなければならないか、少なくとも知っていることが大切という理由としては、思春期の前にとなります。

 それも、彼女らの絶えず変わる体の自分の認識を増やして、それの制御の若干の感覚を提供します。

 ティーンがマスターベーションする方法を知っているならば、彼女が感情的に、そして、身体的に準備ができる前に、性的なパートナーを捜すことを強要されることはありえないでしょう。

 少女が10歳から14歳の間で初潮を迎える時から10代の後半になるまでに、彼女らの体は本当に妊娠、出産と授乳の備えができていません。

 マスターベーションは、若い女性に性的な欲求不満以外の選択またはパートナーとのセックスを提供します。
20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
僕は正直、この年になってもマスターベーションをする事がある。
SEXをしていない訳ではない。
SEXとオナニーのどちらが好きかと聞かれれば、即答で『SEX』と答える。
それなのにマスターベーションをする…
なんでなんだろう…?



僕が初めて性的快感を覚えたのは、小学生の頃。
確か、3、4年生の頃だったと思う。
校庭にあった『のぼり棒』に登ってる時だった。

『のぼり棒』っていうのが、正式名称かは知らないけど、とにかく鉄製のパイプが何本か立てられていて、それに足を絡み付けて、手と足を使って上に登るっていう遊具だったと思う。

いつもの様に放課後の校庭で遊び、のぼり棒に登ってるトキだった。
棒を股に挟む様にして登るから、当然、僕のアソコは棒に密着している。
押し付けてると「なんとなく気持ちイイ」って感覚は以前からあったんだけど、その日はちょっと違った。
いつもと同じく勢いよく棒を登っていく…

ジーン…(或いはジワーン…)

そんな感覚がアソコに走った。
くすぐったい様な気持ちイイよーな…
なんだか分からないけど、凄く気持ちイイ。

その頃は分からなかったけど、今にして思えば、射精と同じ感覚だ。
かといって射精はしているワケではない。
例えるなら『空撃ち』って表現が相応しいのかも…

とにかく、それからは『のぼり棒』に登る度に、その快感が味わえた。
今までよりも『のぼり棒』に登るコトが多くなった。

…が、しばらくすると、なんだか、その行為自体、『イケナイ事』をしている様な気がして、段々と『のぼり棒』に登る頻度は減っていった。

その後、中学生になり、『のぼり棒』に登るコトは全く無くなったけど、平均的なオトコがそうである様、今度はホントのオナニーを覚えてしまうコトとなる。

しかし、彼女が出来て、SEXをする様になっても、オナニーはオナニーとしてしてしまうモノだ。
どーしてなんだろう?
SEXの方が全然気持ちイイし、素敵な行為なんだけどね。

オナニーは単なる性的欲求の処理なのか…?

男は皆、そんなカンジだと思うけど、女のコのオナニーの実態って、どーなんだろうね?
100人の女のコの内、一体何人位が日常的にオナニーをしてるものなんだろう…?

そして、なぜ、オナニーをしてしまうんだろうね…?
どなたか僕に教えて下さいっ♪

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
これから述べることは、私の偏った思いや意見が含まれることを考慮のうえ、お読み下さい。


手を動かせない男性にとって最も困るのことは、性的生理の処理、自慰行為、いわゆるマスターベーションである。マスターベーション自体は絶対にしなければならないものではない。なければないで済むことであり、別段、生命に関わることではない。しかし特に男性の生理にとっては大事な事柄である。週刊誌などのゴシップメディアには、女性の中にもマスターベーションをするとある。
 マスターベーション、オナニーは自身の性器を刺激し、性的快感を得る為の行為であると私は理解する。では自分以外が間接的に行えば、性的行為、いわゆる日本風に言えば、SEXをするという行為になるのだろうか。
 見方を変えれば自分以外のものが間接的に行うのだから、自慰行為ではなくなってしまうから他人と行う性行為になってしまうのだろうか。
 それでは私のように手が曲がり、自由も利かず、股間に手の届かない者がマスターベーションをするとしたら、どのようにするかと言えば、誰かの手伝いをもらうしかない。しかしマスターベーションを含む類のものは、一般的に人知れず密かに行うというものという意識があり、「マスターベーションをしたいから、私の代わりにしてくれないだろうか」と手助けを受けることは女性ならずも、男性にも抵抗感が存在するように思う。女性の中には性的な卑猥な話を極端に嫌う人、極度に嫌悪感を表す人や言葉にする人がいる。
 自身の体の一部である性器を触れることは、女性であれば間接的ではあるが、排尿後の始末、生理の際の処理など、また入浴の際に洗う時くらいだろう。男性は排尿の際に直接に触れたいと思う。そしてまた男性性器は排尿器官だが性的興奮を感じたりした場合、勃起すると共に、勃起した際には性的快感を覚える部位である。その為におのずと男性は女性に比べ、性器に触れる機会が多いこともあってか自身の性器に触れたい、性的快感を得たいと思うこともあり触れる機会も多いようにも思う。
 私を含め、マスターベーションを他人の手を借りてでもしたいと思う者の論理(私の一方的で勝手な論理だろうが)からすれば、「たかが手を貸すだけなのだから・・・」と思う。では逆の立場からすれば、どのように思い、考えるのだろうか。ある女性の友人に意見を訊いたところによれば、親や兄弟に頼まれたとすれば可能かも知れない。と言った。また排尿介助をするように生理と思えばとも。
 私が思うに、男性の場合(中には女性にあるかも知れない)、射精を伴うマスターベーション、何らかの障害により射精を伴わないマスターベーションは、男性の生理的な現象と考えていると思うのだがどうであろうか。ある人は尿や便を催すように、マスターベーションも同じようなものと言った。
 では女性はマスターベーションについて、どのように考えるのだろうか。


 私は寝たきりの状態にあり、更には腕、指は曲がり、動かすこともできないこともできない。当然のことながら日常的に排尿、排便介助を受けている。そうするとマスターベーションをしたくなりどうにもたまらず、「してくれません?」かと口にしたくなる。しかし「なに言うの?」、「私はそんなことをする為にいるんじゃない」、「どうして私がそんなことをしなければならいの?」と言われるのではないかと思うと、精いっぱいの理性で口にすることを抑えている。
 もしも言葉にすれば理性のない奴だと軽蔑されるだろうが、介助者に事実「して欲しい」と依頼したことがある。そして手を添え、してくれたことも幾度かある。また私はできないと言う人、手でしてあげることができないと言うかのように、無言で手を陰部にもっていってくれる人、後始末をしてくれる人もあった。しかし依頼したことが元で、ぎこちない関係に陥った人もある。だからといって、そのようになったことを責めるつもりはない。マスターベーションがしたいから、」して欲しい」と言えば驚き、戸惑うのが当然の反応だろう。
 マスターベーションができないから「手伝いや自分の手の代わりをして欲しい」と思う以上、別段、女性である必要はないし、男性でも構わない。あえて理想を言うならば、私は男性である限り、女性の柔らかな手を借りたい。しかしそれではまるで手が動かせないことをいいことに、風俗産業まがいのことをさせている。と思う人が多いだろう。もっとも男性は理解して貰える人は多いだろうが、女性の中にも理解してくれる人も皆無ではないと思う。ただ女性はマスターベーションや男性のように自身の性器に触れたい、性的快感を得たいと思うことは少ないだろうし、頭では理解はできても、生理的には理解は難しいだろう。しかし理解して欲しい。それが切なる希望だ。


今、改めて考えると、なんとも情けなく、悲しい気持ちになる。なぜなら、寝たきりの状態で自分の性器も触れることもできないうえに、マスターベーションをしたい、性行為をしたいと思うことが頭から離れないからである。性欲はどのような状態や状況になってもなくならないことは、ごく当たり前のことではあるが、私には大きな荷物になっている。


最後にマスターベーションやマスターベーションの介助、代行に関する貴方の思いや意見をお聞かせ下さい。

意見やメッセージを書き込み、論議の場にしていただければ嬉しく思います。

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
東北道の鹿沼インターからさつきロードに入る交差点に、「もういらない、みんなでなくそうポルノ自販機」という看板があります。まったく同じものが、例幣市街道に一つと、同じような内容の物が壬生駅の近くにもあります。  
 この看板を見るたびに、私は「一体誰が、何のために作ったのか?」「本当にポルノ自販機は、いらないのか?」と、疑問を感じると共に、腹立たしい気持ちになります。ポルノ雑誌は、ある意味では健全な青少年の育成に必要なものだと思います。それは、マスターベーションの必要性と直結しているものです。

 そして自販機は、羞恥心の強い思春期の青少年にとっては、強い味方となってくれているのです。
(成人男性の皆さん、若い頃、自販機でポルノ雑誌を買った事がありませんでしたか?私の周囲の人は、ほとんどが自販機の経験がありました。)マスターベーションの必要性については、改めて考えてみる必要もないでしょう。日本思春期学会では、性欲が極めて旺盛な青少年に対して、性欲が抑えきれなくなった時の処理方法として、マスターベーションを勧めています。また日本性科学会でも、マスターベーションは「1人で行う性行為の一形態」と位置付けており、性機能障害の治療においても、重要な技法の一つになっています。そのマスターベーションには、ポルノ雑誌は必要な視覚的刺激(いわゆる「おかず」)であることは言うまでもありません。青少年達が性欲の正しい処理方法であるマスターベーションを行なう時に、ポルノ雑誌は有効かつ必要なのです。

 皆さん、この看板の文章で「もういらない」と言っているのは「自販機」だけではなく「ポルノそのもの」に対してというニュアンスが受け取られませんか?この看板は、青少年が必要不可欠なこととして、マスターベーションを行う事、そしてそこにはポルノ雑誌が必要であること、という事実を無視しているのです。この看板を作った人がもし男性だとすれば、その人は自分が若い頃、ポルノ雑誌を見て、あこがれの「女性」に対する想像をめぐらせながら、マスターベーションをしていた頃の事を忘れてしまったのでしょうか。また女性であれば、そのような夫の過去を受け入れられない人なのでしょうか。誰もが始めからセックスの達人ではありません。初めてのセックスでとまどい、そしていろいろな体験をしながら、人類に与えられた大きな喜びであるセックスを男女ともにより楽しめるようになっていくのです。その過程の中で、マスターベーションは(特に男性にとって)重要な要素と言えます。そのマスターベーションそのものを否定するようなこの看板が、市街地に堂々と立ててあることにいきどおりを感じずにはいられません。皆さん、どのように思われますか?

 もしかしたらこの看板は、ポルノそのものの否定ではなく、あくまでもポルノ自販機の否定に過ぎないのかも知れません(たとえば、その利益が悪用されている、などの理由により)。そして決してポルノそのものの否定ではなかったのだとすれば、今回の議論はまったく的外れなものになってしまうのですが、そうだとすればそのように、はっきりと看板に書くべきだと思います。

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
マスターベーションは、ただ単に性的快楽の追求というだけではなく、心の癒しの手段としてなされていることがあります。
そういう場合には、心の問題を解決することが、マスターベーションから解放される近道です。
また、性的欲求をコントロールする「昇華」という発達課題をこなしている時期の問題である場合もあります。
つまり、心の成熟が求められているための問題であるということです。
マスターベーションを解決するために、早く結婚をしなさいということが冗談混じりで言われることがあります。
聖書にもそれらしいことばがありますが、それが聖書の考え方であるとすれば、正しい理解ではありません。
実際、マスターベーションは結婚で解決する問題かというとそうではありません。
意外と伏せられていることですが、既婚者もまた、様々な理由で、マスターベーションに浸るということがあります。

 つまり、性的欲求をコントロールするという課題は、結婚すれば解消するかというとそうではないのです。
性的欲求が必要に応じて、つまりパートナーの合意によって満たされるためには、それなりの関係を創っていく必要があります。
独身時代には抽象的な課題であり、難しいことかもしれません。
 なお、マスターベーションがいけないというのは、その行為が悪いというよりも、そこでなされること、女性を連想し、女性を性的欲求のはけ口としてなしてしまう問題のように思います。
グラビアを見ながらマスターベーションをするというのは、まさに女性を物として見ているのですし、女性の身体の一部を、女性の人格から切り離して見ていることで、女性を尊重する心を欠いています。

性は人格的な接触であり、身体のみの接触ではないはずです。性的欲求に伴う心の成熟が必要とされているのでしょう

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
Lisa Palacによるこのエッセイは、彼女が自他共に認めるラディカル・フェミニストだった大学時代からはじまります。 アーティストとしてフィルムを勉強していた彼女は、女性学のクラスでCatharine MacKinnon、Andrea Dworkin、Gail Dinesらによる反ポルノグラフィ論に大いに影響を受けるのですが、ふとした事から、普段はフェミニズムに対して理解ある言動を示している彼女のボーイフレンドが、実はポルノビデオを何本も隠し持っていた事を発見します。

「いますぐビデオを捨てなければ別れる」と迫る彼女に対して、「君がそういうなら捨てるけど、その前に一度このビデオを見て欲しい。 僕の事を誤解しないで欲しい」と答える彼。 さんざん言い合った挙句、結局彼女は「内容によっては別れよう」と思いながらも彼と一緒にビデオを見る事に同意します。

そこで彼女が見た物、それはMacKinnon氏の著書などから彼女が思い描いていた暴力的な描写でも女性を物として扱う映像でもなく、ただ単にカメラの前で男女が裸になっていちゃつくだけの、芸術的に「クズ」としか呼べない三流映画だったのです。 予期が外れて、ある意味ではほっとした彼女ですが、それでも不思議に思ったのが、何故男はこんなくだらない三流映画に熱中するのかという事。 その後何本かボーイフレンドと一緒に見ても、興奮するのは彼だけで、彼女にとってはただ単に退屈かつ幼稚な映像としか見えません。

そのうち、彼女は自分が映画監督の卵として、つい分析的な視点からポルノを見ていた事に気が付きます。 そのような見方をする以上、演技や脚本のまずさばかりが目立ってちっとも熱中できません。 そこで、彼女はビデオを一本借りてきて、自分の部屋で自分だけになって、初めて「楽しむ」ことだけを目的としてポルノを見るのです。そして、その時始めて彼女は罪悪感を感じずにマスターベーションで性的に興奮できる事を「発見」しました。 それはすぐに、男性のマスターベーションが当り前の物とされているのに、女性のマスターベーションだけをことさらタブーとする社会風潮への批判に繋がります。

ここで彼女は、MacKinnonらラディカルフェミニストは「男性による性的搾取」への回答として、女性が自身の性的欲望を否定するか、あるいはレズビアンになるか以外の選択を女性に提示していないと感じます。 過半数の女性はヘテロセクシャルなのに、そうしたヘテロセクシャルの女性が性的な主体となるためのサポートをラディカルフェミニズムが提供していない事に気付いたのですね。

マスターベーションがなぜ重要かというと、マスターベーションという選択肢が無ければ、彼女を含むヘテロセクシャルの女性にとっては自らのセクシュアリティを男性に全面的に依存する事になってしまうからです。 つまり、女性の性的主体性を奪っているのは強制異性愛制度だけではなく、マスターベーションをタブー視する風潮であると指摘するのです。

そこで彼女は考えます。 男性のマスターベーションが当り前とされるのは、男性向けのポルノグラフィがそこら中に溢れている事と無関係ではない。 ところが、それらの多くは男性の視点から男性を興奮させるために作られており、女性が見て興奮できるポルノグラフィは圧倒的に少ない。 女性の視点から女性を興奮させるために作られたポルノグラフィが増えたら、より多くの女性がマスターベーションをするようになり、女性の性的自立は実現するのではないか? そう彼女は結論付けます。

ここまで言えばもうこの先はお分かりでしょう。 彼女は大学卒業のプロジェクトとして監督・主演して女性向けポルノグラフィを制作し(男優は当然、彼女の人生を変えたボーイフレンド氏です)、卒業後も数少ないヘテロセクシャルの女性のための本格的(ここでは、芸術的価値があるということ)ポルノグラフィを作る活動をしています。

彼女の活動は、言葉の上でポルノグラフィとエロティカを区別してエロティカへの理解を装いつつもレズビアン以外のエロティカの成立可能性を極端に難しくしたラディカルフェミニスト的アプローチとも、ただ単にセックス革命(フリー・セックスを行うなど、社会的な性に関する規範に反抗する運動だが、男性中心的な点は古い規範と変わらない)に雷同するだけのこれまでの「セックス・ポジティブな女性」とも一線を画し、自分の欲望をしっかりと認識した上で「ほんとうの自分」としての女性の自立を追及したという点でユニークであると共に、非常に第3波的であるといえます。

「女性の性的客体化」という深刻な問題に対し、彼女はポルノグラフィというメディアを否定するのではなく、女性の性欲を主体的に捉えるポルノグラフィを実際に制作する事で回答としましたが、このようなポジティブなフェミニズムが今のフェミニズムの梗塞状態の打開に繋がるかも知れないと期待しています。

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
(1)自慰行為の経験率

下のグラフ1は厚生省がまとめたの自慰行為の経験率を示したグラフである。




まず注目すべき点は、自慰経験者が全体のごく少数であることである。
思春期後の20歳で言えば、男性で10.1%、女性で1.3%の者が自慰を行なっているにすぎない。つまり自慰行為とは性欲の旺盛な一部の者にだけ見られる特異な性行動と言える。特に女性の自慰経験率は男性に比べても低く、極端に性欲の強い者のみが自慰行為を行なっていると言える。
インターネット上のサイトに、あたかも多くの若年者が自慰行為の経験があるかのように記述しているものが見受けられるが、これは完全に誤った情報である。おそらくは、自慰行為中毒者が自身の自慰行為に対する罪の意識から逃避するため、このような情報を流しているもの思われる。

次に、40歳50歳の自慰経験率が急激に上昇していることに注目してもらいたい。
これは20世紀の中期に、いわゆる「自慰行為無害説」が流布されたことが影響している。
現在では自慰行為が人体に有害な影響を与えることは明白となっているが、当時は自慰行為無害説が主流であった。そのため、20世紀中期に思春期を迎えた40代50代が、当時大量に自慰行為に走ったものと考えられる。







(2)自慰行為に対する意識

グラフ2のアンケート結果を見てもらいたい。これは総務庁が行なった意識調査の結果である。

グラフ2



自慰行為者に対するイメージは、大多数が否定的なものである。むろん「その他少数意見」の中には肯定的な意見も含まれていたが、おそらく自慰行為中毒者の自己弁護的な意見が集計されたものと推測される。
この結果からも明らかなように、自慰行為は社会的には完全に「異常な性行動」と認識されている。ここまで極端な意識傾向は、ときとして自慰行為中毒者に対する差別をも生みかねないが、自慰行為の有害性を考えればある意味やむを得ないものであろう。





(3)自慰行為の肉体的・精神的健康に及ぼす影響

一部の者が「自慰行為は無害」と声高に主張しているが、世界的に見て現在このようなことを言っているのは日本だけである。確かに欧米でも20世紀の中期に「自慰行為無害説」が広まったことはあったが、近年の先進的な研究から自慰行為の様々な有害性が明らかになり、欧米では自慰行為有害説はもはや常識となっている。

肉体的健康
まず、自慰行為はエネルギー消費が大きく、身体を極度に疲弊させる。これはひいては全身の急激な老化現象をひき起こすことがある。マウスに電気刺激を与え強制的に射精させた実験では、自慰マウスの集団はそうではない集団に比べ、約15%寿命が短いことがわかっている。
また、統計的なデータからは、自慰行為者には癌の発生率が高いことが明らかになっている。これは自慰行為による陰茎や膣への不自然かつ過度な摩擦が異常刺激となり、細胞の癌化を促しているものと考えられる。

精神的健康
自慰行為はその行為に際し性的な想像を必要とする。自慰行為中毒者は頻繁に性的想像を行うため、妄想が高じ、結果精神障害を発症するに至る。自慰行為者は自慰行為を続ける一方、自身の自慰行為に対して嫌悪感を抱いており、そのような心の葛藤が精神の破綻を生じさせているのであろう。また、自慰行為者の妄想は現実離れした自分に都合のよい自己中心的なものであることが多く、そのような自己完結した思考が精神の破綻を加速させているという説もある。
自慰行為の影響はそれだけに留まらない。精神障害の末、暴力行為、強盗などの犯罪を犯す事例も多く見られるのだ。1992年に米ミズーリ州で発生した銃乱射事件で犯人は、当初麻薬中毒者と思われていたが事件後の検査で麻薬陽性反応は見られず、自慰行為中毒者であることがわかった。そもそも自慰行為中毒者は性的欲求をはじめとする欲望が強く、またその欲望を抑制することができないために自慰行為を繰り返えしており、金銭欲、自己顕示欲などが背景となる犯罪についても同様に欲望を抑えきれずに罪を犯すものと考えられる。






(4)自慰行為の生殖能力・生殖器に及ぼす影響

前項でも述べたように、自慰行為は人体の健康に多大な悪影響を及ぼすことが分かっている。
その中でも、特に重大な影響を与えるのが生殖能力に対してである。

男性
まず、自慰行為による過度の射精が無精子症に繋がる危険性について説明しよう。
精子は生殖細胞から分化して生産されており、生殖細胞が有限である限り、生涯での精子生産数は自ずから決まってくる。これは自慰行為による射精回数が直接精子消費量に結びつくことを意味するのではない。射精頻度が増加すると射精1回あたりの精子数が減少する。すると人体は一定以上の精子数を確保するため、精子の生産速度を高める。その結果生殖細胞の消耗が速くなってしまうのである。精子の生産速度増大のメカニズムは分かっていないが、自慰行為により性ホルモンの分泌が活性化されることが一因と考えられている。
次に、自慰行為がインポテンツ、早漏の原因となることを指摘しておく。
前項で述べたとおり自慰行為は強い妄想を伴うが、慢性的な妄想は性的刺激に対する感受性を異常化させることがある。つまり性的刺激に対する感受性が鈍化してしまい、性交時に勃起しないインポテンツ症を発症するのである。
一方それとは全く逆に、早漏の症状を示すこともある。これは日常的に妄想しているため、わずかな性的刺激だけで妄想が増幅し、過度に性的興奮が高まることが原因と言われている。また、自慰行為で繰り返される「摩擦刺激すなわち射精」というサイクルが、一種の条件反射となっているという説もある。

女性
外面的な影響としては、性器の着色と変形がある。
以前より広く知られていることだが、自慰行為の摩擦刺激は皮膚や粘膜組織を黒ずませる。特に大陰唇、小陰唇の濃色化が顕著である。組織が黒くなるのはメラニン色素の沈着のためであり、これは摩擦による単純な刺激のほか、自慰行為による性ホルモン分泌の活性化も影響している。
性器の濃色化の程度は、元々の体質によるところもあるが、概ね自慰行為の回数に比例している。つまり自慰行為の開始年齢が早いほど、自慰行為の頻度か高いほど、より濃い色となる。特にホルモンバランスが不安定な思春期に自慰行為を行なった場合、急速に性器が濃色化していくことが分かっている。
また、自慰行為で性器への摩擦を繰り返すことにより、性器、特に小陰唇が変形する。小陰唇の形が歪になると共に、小陰唇が伸張し、ついには大陰唇からはみ出すようになる。これは排尿に深刻な影響を与え、尿が斜めに放出され、飛沫が飛び散るといった不都合を生じる。
膣内への刺激を続けた場合、膣の緊張が低下し、いわゆる「緩い」と言われる状態となる。これは膣の緊張が高い状態で摩擦すると膣粘膜の損傷が大きいため、膣の緊張を低下させ摩擦を減少させようとする人体の防御反応であろう。また、陰核(クリトリス)への刺激を続けた場合、陰核が通常よりも巨大化する傾向がある。







(5)自慰行為の学習能力に及ぼす影響

自慰行為は集中力をなくすことは従来より知られている。その結果学習能力が低下した事例は枚挙に暇がない。しかし近年の研究においてはさらに驚くべき事実が明らかとなった。
米南アラスカ医科大O.エドワード博士らの研究によれば、自慰行為により脳細胞が部分的に死滅することが確認されたのだ。これは自慰行為の終末期において、脳内にドーパミンなどの脳内麻薬物質が大量に分泌されることにより、脳細胞が壊死するものと推測されている。
10歳から自慰行為を行っていた22歳の被験者の場合、脳細胞の約13%が死滅していた。影響は特に知性や理性を司る大脳新皮質に顕著であり、この被験者は思考力低下、記憶異常などアルツハイマー様の症状を示すに至っていたといわれる。






(6)自慰行為に対する社会的対応の課題

前項までに述べたとおり、自慰行為が人体に有害であることは明白となっている。それにもかかわらず、自慰行為に対する社会的な対応は致命的に遅れている。
たとえば、教育現場において自慰行為の有害性を積極的に教えようとしないのは大きな問題である。これは自慰行為無害説の誤りに気付かない若年者を大量に生み出す元凶となっている。
また、第1項で述べた「多くの若年者が自慰行為の経験があるかのように記述しているサイト」をこのまま放置するのはいかがなものか。このようなサイトは若年者の誤解を助長するものであり、今後法的な規制が必要と思われる。

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
ワシントン州在住でドーナツチェーン『クリスピー・クリーム・ドーナツ』で働く20歳の若者『リック』さん(仮名)。キリスト教を信じるリックさんには、深刻な悩みがある―マスターベーションをしてしまうことだ。
 って、しない方が異常ですから。
 ポルノや自慰行為に罪悪感を抱くのは、我々日本人から見るとおかしなことかも知らん。だって中学生くらいから、男の子ってソレしか考えてないでしょ(笑)。毎日毎日毎日毎日、考えることと言えばソレ。やることといえばソレ。みんな覚えあるだろうが。だから男子厨房は人生で一番マヌケな季節。そして、最も美しい季節であるともいえるのだ。
 マジメな話、欲望を抑圧し続けるとおかしなことになる。おかしな方向へ向う。これはもう必然である。なせかというと、
どんなに気取ったイケメンの男だろうが、股間には金玉をぶら下げているからである。
 金玉は精巣とも言う。精の巣ですよ、お嬢さん。
 若い健康な男ならば、精通あって以降、毎日確実に金玉の中ではせっせせっせと新しく活きのいい精子が製造されている。それらは出所を求めて元気に動き回る。放出せねばならぬ。出来れば種の保存のため、女性の卵子めがけて。しかし毎度毎度そうするわけにもいかぬ。しかし溜まったものは出さねばならぬ。この切ない動物学的などうしようもない生理欲求は、毎度の糞尿の排泄と同様、いつかは体外へと放出しない限り満たされることはない。
 放出は快感を伴う。その快感は一部の間違った趣味趣向(笑)の持ち主でない限り、出来得れば異性の、それも生身の体へと向けることが最大のものとなる。それがかなわぬなら、想像や妄想でそれの疑似体験と共に放出の快感を得る。大人になっても健康な男子ならば、睾丸では毎日せっせと新しい精子が生産され放出を待つ。これを精神力で抑えようとしたところで、抑えきれるものではない。皆さんはくしゃみやあくび、いや小便や大便を精神力で抑えることが自在に出来るだろうか? 出来まい。
 ちなみに健康な男子も、齢四十前後からこの生産能力に衰えが出てくるので、「毎日放出したい」という過剰な生理的欲求のサイクルはゆるやかになる場合が多い。俺のことか? ほっとけ。しかしこれには大きく個体差もあり、六十七十になっても若い頃のまま、放出欲求を過剰に持ち続ける人間もたくさん、いる。これらを正常・異常と単純に分類することはもはや不可能といってもいい。

 以前、教え子の女子(19か20歳)が「彼氏の部屋でエッチな本やビデオを発見した、不潔だと思った」と告白した。
 なにゆえ不潔なのだろうか? そのくらいの年齢の健康な男子なら、当然新鮮な精子が金玉の中で毎日生産され、放出を待ってうようよと蠢いている。いやもうホントに情けないくらいに。
 それらをどう放出、いや排泄すればいいのか。いちいち夢精するまで我慢し続け、その都度パンツをガビガビにするのは知能が低いと言わざるを得ない。ではその都度、つまり排泄の欲求を覚えるたび、彼女を呼び排泄場所とするのか。それでは女の子はトイレと同じではないか。
 彼女との性行為は、当然男の子にとっても大切な、お互いの心の高まりの一致と愛の確認の瞬間でありたい。であるならば、そのほかの、四六時中一緒にいられるわけではないのならなおさら、彼氏の自慰行為すなわち排泄行為を認めるべきであろう。むしろ、自分以外の女体を相手にせず、金で買うような行為もせず、ひたすら自分で排泄は行っているという彼氏の「純潔」を、エロ本やビデオを発見した彼女は賞賛すべきではないのか!? どうかね世の男子諸君!
 …俺のトシになるとどうでもいいんすけどね実際…

 マジメな話、欧米では日本と違いポルノは解禁の国がほとんどだ。そういう国々で性犯罪が少ないかと思うが実はそうではない。それらの国々ではキリスト教的道徳観を厳格に守る人がおり、彼らは彼らでポルノを汚らわしいと思っているだけで、見たい奴は見、見たくない者は見ない。そ
マスターベーションは、80年代前半の日本のアンダーグラウンド・シーンを代表するパンク・バンドの一つだ。81年5月に京都で結成。当初のメンバーは、卑龍(vo&g)、神風(dr)、ロス(b)だった。翌年2月がデビュー・ステージで、まもなく東京でもしばしばライヴをやるようになるのだが、当時ライヴ中によく卑龍は自分の体をカミソリで切り刻んでいた。初の音源発表は、83年2月にからリリースされたコンピレーション盤の『Outsider』。続いて、名曲「兵士トナッテ戦場ヘムカエ!」収録のEPをから出す。マスターベーションにはツー・ビートの速い曲もあるが、ルーディメンタリー・ペナイを思い出すスロー~ミッド・テンポの曲が多く、当時(今においてもだが)のシーンの中でも異色だった。ゴシックとは違う日本的なダークな色彩の音だけでなく、暗部に焦点を当てたような日本語の歌詞も含めて、ドロドロした雰囲気を作り出していた。その後メンバーが抜け、卑龍はマスターベーションの拠点を東京に移した。84年には、奇形児のメンバーのタツシがベース、後にザ・原爆オナニーズやスタークラブ、ブランキー・ジェット・シティで叩くタツヤがドラムに、メンバーが固まる。この編成で、音の抜けがよくなった。まもなくソノシートの『死顔』を出し、85年の頭にはミニ・アルバム『被害妄想』をリリースした。しかし同年3月のステージが、マスターベーションのラスト・ライヴとなった。それから卑龍は、タツシや奇形児のヒロシらと共にトランスフォーマーを結成。ミニ・アルバム『Manoeuvre』を出したが、まもなくシーンからは姿を消した。(行川和彦)
20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
『リック』さん(仮名)は、ワシントン州に住み、ドーナツチェーンの『クリスピー・クリーム・ドーナツ』で働く20歳の若者。キリスト教を信じるリックさんには、深刻な悩みがあるマスターベーションをしてしまうことだ。

 リックさんは最近、自慰行為は罪深い行為だとの考えを同じくする、やはりキリスト教徒の男性何人かと知り合い、40日間「不浄行為」をしないと誓い合った。聖書に書かれている、砂漠でサタンがキリストを快楽に引き込もうと誘惑し続けた日数と同じだ。リックさんと仲間たちは、電子メールやインスタント・メッセージを通じて、誓いを破らないよう励ましあっている。

 「始めてまだ数日だが、自分の体がいかにそれに慣れ、中毒になっていたかを実感しつつある」今回の挑戦を記録しているウェブログ『フリー・トゥ・ビー・ピュア』に、リックさんはそう書き込んでいる。「我慢するのは大変だが、自分のためだけでなく、一緒にこの禁欲に挑戦している仲間たちのためにも、強くなろう、そしてこの中毒を打ち負かそうと僕は戦っている。みんな、がんばろう! 僕たちは清らかさを取り戻せる」

 リックさんたちが挑戦を始めるきっかけになったのは、『XXXチャーチ』というウェブサイトだ。このサイトは、ポルノと自慰という2大誘惑を克服できるよう人々を支援し、彼らを神に向かわせることを使命としている。

 このオンライン活動は、世界のポルノ産業の中心地と言われる南カリフォルニア出身の2人の若い牧師(写真)が立ち上げたもの。とりわけポルノが蔓延している媒体、インターネットを通じた肉欲の罪に対して、果敢に戦いを挑んでいる。とはいえ、非常に厳しい戦いだ。XXX(ポルノ)サイトが無数にあるのに対し、XXXチャーチはたった1つしかない。

 「(われわれは)キリスト教会がポルノ問題に対して何もしていないのを見て、立ち上がって何か行動を起こそうと決めた」。クレイグ・グロス牧師(28歳)は、2002年にマイク・フォスター牧師(32歳)と2人でXXXチャーチを設立した動機についてこう話す。「キリスト教徒とそれ以外の人々双方に訴えかけるため、通常の教会活動の範疇に当てはまらないやり方をしたかった」

 「最高のキリスト教ポルノサイト」を名乗る同サイトでは、ダウンロードして使える聖書研究素材や、祈りのためのオンラインフォーラム、登録したユーザーが訪れた好ましくないサイトを記録して、指定した第三者にその事実を報告できる(日本語版記事)無料ソフトウェア『X3ウォッチ』などを提供している。

 実用的なアドバイスも多数ある。両牧師が自慰行為の代わりに勧めるのはこんなことだ。「平静を保ち、自らにこう言い聞かせなさい。『自慰よ、私はおまえの奴隷ではない! 私は自分の人生を取り戻す!』(あるいはこれに類する言葉を)。もし、これがうまく行かなかったら、ほかのやり方もある。たとえば、ガムを噛むとか、[ドラッグの禁断症状について歌った]ジョン・レノンの曲『冷たい七面鳥』を大声で歌う、あるいはチョコレートを食べるとか、自分にとっていちばん気の紛れること(ただし自慰以外)をすればいい」

 マスターベーションを戒める教えは、マタイによる福音書5章27~30節に基づくものだ。福音書は肉欲を罪とし、もし体の一部(たとえば右の手)が罪を犯させるのなら、切り取って捨ててしまいなさいと述べている。なぜなら、「体の一部を失っても、全身を地獄に投げ入れられるよりはまし」だから、と。

 両牧師は最初、『セーブ・ザ・キトゥン』(子猫を救え)という電子メールキャンペーンを展開した。メールの内容は、『Photoshop』(フォトショップ)で作った、2匹の大口を開けた怪物が子猫を追いかける画像に、「あなたが自慰を1度するたび……神が子猫を1匹殺す」というメッセージを添えたもの。「子猫を殺す」という比喩が、自慰について人々が語りやすい状況を作ったとグロス牧師は話す。この電子メールは多くの人に広まったが、キャンペーンから派生したビデオ子猫が部屋の端から端まで乱暴に放り投げられる映像のために、不快感を持つ人も出た。

 次の試みは、小人症の人を起用して、「ポルノは君の成長を止める」というキャッチコピーをつけたテレビCMだった。このCMは、MTVやその他の若者向けテレビ番組で流されたが、小人症患者の支援団体『リトル・ピープル・オブ・アメリカ』(LPA)が不快感を表明したことから、放送中止となった。

 XXXチャーチは先ごろ、2本目のCMを完成させたが、こちらも1本目に劣らず物議を醸している。これを監督したのは、『ナットジョブ・ナース』『ジ・アナル・ライフ』などを撮ったベテランのポルノ映画監督、ジェイムズ・ディジョージオ氏。ポルノ業界では『ジミー・D』の名で知られる人物だ。XXXチャーチの両牧師とは、業界誌『アダルト・ビデオ・ニュース』(AVN)がラスベガスで開催している展示会『アダルト・エンターテインメント・エキスポ』の会場で知り合った。両牧師は毎年ここへブースを出し、聖書と「イエスはポルノスターを愛している」と書かれたステッカーを配っているという。

 両牧師から、小人症の人を使ったCMが放送中止になった話を聞いたディジョージオ氏は、新しいCMの監督を無償で引き受けると申し出た。そして完成したのが、人形を使ってセックスを模した場面と、子どもをポルノから遠ざけようという警告からなるCMだ。ディジョージオ氏はこの反ポルノCMを引き受けた動機を公にしておらず、ワイアードの取材依頼にも返答はなかった。

 両牧師のこうした活動は、保守的なキリスト教徒の怒りを買っている。ポルノ関係者と親しくしているなど、およそ聖職者らしからぬやり方が非難を浴びているのだ。

 XXXチャーチの反論メール欄には、別の反ポルノ団体『セッティング・キャプティブ・フリー』の創設者マイク・クリーブランド氏が送った次のような文面が掲載されている。「われわれが両牧師を支持しない主な理由は、彼らのやり方が聖書に即しておらず、聖職者としても実りある結果を生んでいないためだ」。ワイアードはクリーブランド氏に取材を試みたが、この抗議について詳しく語ることは拒否された。

 一方で、両牧師の活動を賞賛する人々もいる。ケンタッキー州でセックス中毒のキリスト教徒向け治療センターを運営する団体、『ピュア・ライフ・ミニストリー』のスティーブ・ギャラガー会長もその1人だ。XXXチャーチという名称を聞いたときには懐疑的だったが、両牧師の訪問を受けてその考えが変わったという。

 「彼らが発する『ポルノより素晴らしいものがある、それはキリストだ』という単純明快なメッセージは、好悪はさておき鋭いものだし、ユーモアのセンスに富んでいる。サブカルチャーの世界にかけたこの橋を、人々がいつか渡ってくる楽天地だと思っていた世界が実はそうではないと分かって、行き場を失った人々が」とギャラガー会長。

 グロス牧師は、他人が自分たちの活動をどう思っているかなど、あまり気にしないと述べている。

 「キリスト自身も物議を醸した人物なので、(われわれも)人に嫌われようがかまわない。ただ、悲しいのは、非難の多くがキリスト教徒から寄せられることだ。ちょうどキリストの時代と同じように。信仰に篤いとされていた人々が、きまってキリストを非難した」

 批判を受けながらも、両牧師は講演で各地を回ったり、インターネットで流すリアリティー番組の準備をしたりと忙しく活動している。この番組は2人の「ポルノの世界における冒険」を記録するもので、実在のポルノ俳優や、ポルノ中毒を克服しつつある若者なども登場する予定だ。番組のタイトルは、『ミッショナリー・ポジション』(聖職者の立場/正常位)という。

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
強迫的マスターベーションは、精神的・感情的・道徳的に有害である

マスターベーションについての一般的な見方として、“それは精神安定剤的なものでなんら問題はない”、“それをしたからといってだれも傷つけない”、“それが原因で何かの病気にかかることはない”などと甘言を垂れる医者さえ存在します。そのような無責任で うわべだけの発言は、強迫的マスターベーションが習慣になっているマスターベーション中毒者を助けるどころか、混乱させ、その悪習から抜け出すのをますます困難にしています。では、マスターベーションは本当に医学的に無害なのでしょうか?

マルコム・カーラザーズ博士(病理学者・イギリス)は、「マスターベーションは大抵欲求不満によって引き起こされ、“自涜(じとく。文字どおりには「自分を冒涜すること」を意味する)”という言葉が示しているように、根本的には自分自身に対する攻撃行動であると精神病学者たちは述べている。したがってノルアドレナリンの分泌は比較的多く、その結果血液中の脂肪の値が上がっても、マスターベーションに伴う筋肉活動で使い尽くされる量はわずかである」。このようにして発生する血液中の脂肪が冠状動脈に凝固物を生じさせるので、マスターベーションについて昔から言われていること、つまりそれが顔面蒼白、精力消耗、不眠、不妊、意志薄弱、生殖器の萎縮、心臓発作の原因になるという考え方は、「結局ある程度の真実性を帯びているのではないか」と述べています。(「西欧の死の道」)

それよりももっと恐るべき影響は、強迫的マスターベーションが、その人の精神・感情・道徳面におよぼす影響です。アメリカーナ百科事典はこう認めています。「マスターベーションに対する最も新しい見方は、その精神的な有害性を認める点にある……それは肉体上のなんらかの障害から来るのではなく、自涜を行なう人のいだくある種の罪悪感、およびそれによって仲間との自然な交流を持ちにくくなることから来るものである」。強迫的マスターベーションは人の人格性質を変えてしまいます。物事に対する健全な見方、また異性や他の人々に対する正しい態度が取れなくなります。その人を引っ込み思案にならせ、生産性を著しく低下させます。

マスターベーションは性欲処理に必要だという考え方は危険です。マスターベーション自体が性欲を増進させるのです。人間の脳は、習慣的に使っている回路をより強化していきます。そして使わない回路はだんだん萎(な)えていきます。マスターベーションによって性欲ばかり増進させ、人生に必要な克己心や自制心という回路がどんどん失われていくなら、どんな生涯になるでしょうか。男性の場合、マスターベーションをしなくても、体は自然に精液を一定の量に保ちます。仮に過剰になったとしても、夢精(睡眠中に自然に射精すること。しばしば性愛の関係した夢を伴うことからこの名がついた)というごく自然な生理現象によって処理されます。次にマスターベーションの衝動が起こった時、あなたは、脳のどんな回路を強化したいのかよく考えることです。この、「よく考えている」時に、脳は克己心(おのれに打ち勝つ心)や自制心(英文字義では「自分をコントロールする心」)という回路が強化され、不自然な性欲の回路が消えはじめます。そのようにしてあなたは、強迫的マスターベーションの悪習から徐々に解放されるのです!

強迫的マスターベーションをする理由(原因)を知り、予防する

ある20代の男性は、「自分にはうつ病の気とマスターベーションの習慣があるため、何度も自殺を考えました」と述べています。死ぬ気になればなんでもできるという人がいますが、強迫的マスターベーションの習慣におちいってしまった人にとって、この呪縛から逃れるには死を選ぶしかないと感じるほど、この習慣は精神の奥深くまで突き刺さっているようです。

「マスターベーションと成人の性徴」という本の著者は、次のように述べています。「マスターベーションをするという決定は、目的のある社会活動によってその弱点を改めようとしていないことを意味する。……緊張するといつでも、“問題の解決”と“マスターベーション”の両方を試みるという一般的な方策を採用できるのは事実である。しかし、体はいつも自分が持ち歩いているので、後者の“解決策”を用いたいという誘惑は非常に強い。したがって、問題の真の解決策を考え出すこととそれを実行することに注意を集中するのが最善である」。ということは、マスターベーションの悪習自体が問題になっている場合、それをマスターベーションで解決しようとすると、ますます問題が大きくなる......というバグが生じ、最後にはフリーズしてしまうかもしれないのです。

なにごとも、問題の原因をよく考え、原因に対する対処をしていくようにしましょう。マスターベーションをさせようとする原因のうち最大のものは、おそらくポルノでしょう。インターネットを利用していてポルノに接することでマスターベーションの悪習に逆戻りするのであれば、何らかの措置が必要です。アダルト情報にアクセスできないようにするソフト(Symantec社のInternet Securityなど)を導入するとか、オンラインするパソコンは、家族みんなの目に触れるところに置くなど、断固とした手段をとるのです。新しいソフトの購入には費用もかかりますが、それによって節約できる時間や、身につく克己心には換金できないほどの益があるのではないでしょうか。

ほかにも原因があります。1946年版のブリタニカ百科事典によると、性的衝動を抑える方法として、「肉やスパイスを多量に使った食事、とりわけ酒類を避けることが肝要である」と述べています。ほかにも、体にぴったりし過ぎる服や一人だけでいる時間が長いことなどが原因となることもあるようです。自分の一週間の活動を、建設的で生産的な活動計画で満たし、脳の回路を生産的なことから満足感を得ることができるように徐々に改造することが大切です

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]

 東京・浦安の「あべメンタルクリニック」院長の阿部輝夫さんは,精神科領域における性障害の治療の第一人者として知られる。5月18日に慈恵医大講堂で開催された第32回性治療研修会(日本性科学会主催)で,19年間の臨床経験から腟内射精障害に関する統計を報告した。それによると同障害患者は218名。そのうち81名(37.2%)の原因が「非用手的マスターベーション」,48名が(22.0%)「強すぎるグリップ」であり,ふだんのマスターベーションの方法に問題があるケースが多いことがわかった。


●「週刊誌で挟んでこする」も

 あべメンタルクリニック院長の阿部輝夫さんは,性障害の疾患別初診患者数を84年5月から毎年調べており(96年までは順天堂大学浦安病院精神科勤務),03年5月で19年間の統計がまとめられた。

 一番多かったのは勃起障害の817名で,以下「性転換症」605名(FTM240名, MTF365名),性嫌悪症357名(女性208名,男性149名),性欲障害305名,腟内射精障害218名,性交疼痛症151名,早漏72名,「両性服装倒錯症」53名などとなった。
 これらの中で最も注目されるのは,「原因が不明なまま,この数年急増している」という男性の性嫌悪症であり,この分析については昨年の研修会で報告している(02年6月号参照)。

 阿部さんが今回分析したのは腟内射精障害で,その最大原因は「非用手的マスターベーション」で81名(37.9%)が該当した。以下「強すぎるグリップ」48名(22.0%),「ひとりでないと射精できない」38名(17.4%),「包茎手術後の違和感・過剰刺激」および「ピストン運動ではない刺激」がそれぞれ13名(6.0%)など。子孫拒否,フェティッシュ,体液恐怖が,それぞれ4,3,1名に見られた。

 81名の「非用手的マスターベーション」の内容としては,「シーツにこすりつける」が圧倒的に多く(43名),次に「フトンや枕を股間に挟んでこする」(28人)が目立った。このほか「ペニスを股間に挟んで圧迫」4名,「畳にこすりつける」3名,「週刊誌に挟んでこする」2名,「会陰部をクッションにこすりつける」1名だった。

 2番目に多い原因の「強すぎるグリップ」に関して,マスターベーションを想定したグリップを握力計で測定したところこれらの患者は全員が10・を超えていた。これに対して健常者の同様の測定では4~5・が多かった。強すぎるグリップによるマスターベーションになれたために腟内射精障害となったわけだ。


●治療に「コンドーム・マス法」を考案

 最大原因の「非用手法」の治療としては,従来慣れ親しんだ刺激から手の刺激によって射精可能となり,されに腟内で射精可能となるために段階的な訓練を行う。糊のきいたシーツから柔らかい布,ガーゼと進み,手で可能になってから阿部さんが考案した「コンドーム・マス法」を行う。

 これは内側に潤滑剤をつけたコンドームを使うもので,それによって「腟内のぬるぬるした状態に似せる」。このペニスを柔らかなグリップで適度なピストン運動で刺激するというもの。「マスターベーション回数の個人差にもよるが,一般に半年ほどのコンドーム・マス法によって治ることが多い」と阿部さんは言う。

 阿部さんは報告ではふれなかったが抄録集には「近年,若者のマスターベーションが,前述のような奇妙な方法によるものが増えている。マスターベーションに『正しい方法』とか『間違った方法』などがあるのかどうかは判らないが……」と記している。

 報告終了後にフロアーから「男性はマスターベーションの方法を,自分で偶然に知る場合と周囲から教えられる場合とがあるようだが,教えることに積極的になったほうがよいのだろうか」との質問が出され,阿部さんは「そうかもしれない」と答えていた。
20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
マスターベーションは、彼女らに高度な性的な自由を与える一方で、女性に自身の体を探検する機会を与えます。

 それは、パートナーに頼って、性的な喜びを経験して、「彼女ら」が選択をする性的な緊張を解放する機会を女性に与えます。

 マスターベーションは、制御している女性に対して自身の体と性的関心に非常に能力を与えます。

 マスターベーションは、すばらしい教育手段です。そして、自身の体が性的な刺激に応答する方法について、女性に教えます。

 多くの通常で健康な女性のために、マスターベーションはオルガスムを経験する彼女らの予備的なまたは手段だけです。

 マスターベーションする一方で、女性がパートナーの必要について悩む必要はなく、理想的な精神的で身体的な刺激を提供することができるので多くの女性は、最も激しいオルガスムを経験します。

 幼少から成熟まで、マスターベーションは、人生を通じて女性のとてもためになります。

 女性には、必ずしも性的なパートナーがいない時でも彼女には常に彼女自身がいます。マスターベーションは、ためになります!
 マスターベーションは、少女または女性がしばしば学ばなければならない性的な技術についての性的な活動です。そして他の性的な種類を楽しむ鍵を握る最初で最も多くの意味を含んでいます。

 理想的には、この技術は思春期かその前に学ぶことです。しかし、非常に多くの女性は、10代後半または20代前半までに学んでいます。

 10代の女性の発達中の性の差による活力について述べる建設的な手段を持つように学ばれなければならないか、少なくとも知っていることが大切という理由としては、思春期の前にとなります。

 それも、彼女らの絶えず変わる体の自分の認識を増やして、それの制御の若干の感覚を提供します。

 ティーンがマスターベーションする方法を知っているならば、彼女が感情的に、そして、身体的に準備ができる前に、性的なパートナーを捜すことを強要されることはありえないでしょう。

 少女が10歳から14歳の間で初潮を迎える時から10代の後半になるまでに、彼女らの体は本当に妊娠、出産と授乳の備えができていません。

 マスターベーションは、若い女性に性的な欲求不満以外の選択またはパートナーとのセックスを提供します。
20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
僕は正直、この年になってもマスターベーションをする事がある。
SEXをしていない訳ではない。
SEXとオナニーのどちらが好きかと聞かれれば、即答で『SEX』と答える。
それなのにマスターベーションをする…
なんでなんだろう…?



僕が初めて性的快感を覚えたのは、小学生の頃。
確か、3、4年生の頃だったと思う。
校庭にあった『のぼり棒』に登ってる時だった。

『のぼり棒』っていうのが、正式名称かは知らないけど、とにかく鉄製のパイプが何本か立てられていて、それに足を絡み付けて、手と足を使って上に登るっていう遊具だったと思う。

いつもの様に放課後の校庭で遊び、のぼり棒に登ってるトキだった。
棒を股に挟む様にして登るから、当然、僕のアソコは棒に密着している。
押し付けてると「なんとなく気持ちイイ」って感覚は以前からあったんだけど、その日はちょっと違った。
いつもと同じく勢いよく棒を登っていく…

ジーン…(或いはジワーン…)

そんな感覚がアソコに走った。
くすぐったい様な気持ちイイよーな…
なんだか分からないけど、凄く気持ちイイ。

その頃は分からなかったけど、今にして思えば、射精と同じ感覚だ。
かといって射精はしているワケではない。
例えるなら『空撃ち』って表現が相応しいのかも…

とにかく、それからは『のぼり棒』に登る度に、その快感が味わえた。
今までよりも『のぼり棒』に登るコトが多くなった。

…が、しばらくすると、なんだか、その行為自体、『イケナイ事』をしている様な気がして、段々と『のぼり棒』に登る頻度は減っていった。

その後、中学生になり、『のぼり棒』に登るコトは全く無くなったけど、平均的なオトコがそうである様、今度はホントのオナニーを覚えてしまうコトとなる。

しかし、彼女が出来て、SEXをする様になっても、オナニーはオナニーとしてしてしまうモノだ。
どーしてなんだろう?
SEXの方が全然気持ちイイし、素敵な行為なんだけどね。

オナニーは単なる性的欲求の処理なのか…?

男は皆、そんなカンジだと思うけど、女のコのオナニーの実態って、どーなんだろうね?
100人の女のコの内、一体何人位が日常的にオナニーをしてるものなんだろう…?

そして、なぜ、オナニーをしてしまうんだろうね…?
どなたか僕に教えて下さいっ♪

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
これから述べることは、私の偏った思いや意見が含まれることを考慮のうえ、お読み下さい。


手を動かせない男性にとって最も困るのことは、性的生理の処理、自慰行為、いわゆるマスターベーションである。マスターベーション自体は絶対にしなければならないものではない。なければないで済むことであり、別段、生命に関わることではない。しかし特に男性の生理にとっては大事な事柄である。週刊誌などのゴシップメディアには、女性の中にもマスターベーションをするとある。
 マスターベーション、オナニーは自身の性器を刺激し、性的快感を得る為の行為であると私は理解する。では自分以外が間接的に行えば、性的行為、いわゆる日本風に言えば、SEXをするという行為になるのだろうか。
 見方を変えれば自分以外のものが間接的に行うのだから、自慰行為ではなくなってしまうから他人と行う性行為になってしまうのだろうか。
 それでは私のように手が曲がり、自由も利かず、股間に手の届かない者がマスターベーションをするとしたら、どのようにするかと言えば、誰かの手伝いをもらうしかない。しかしマスターベーションを含む類のものは、一般的に人知れず密かに行うというものという意識があり、「マスターベーションをしたいから、私の代わりにしてくれないだろうか」と手助けを受けることは女性ならずも、男性にも抵抗感が存在するように思う。女性の中には性的な卑猥な話を極端に嫌う人、極度に嫌悪感を表す人や言葉にする人がいる。
 自身の体の一部である性器を触れることは、女性であれば間接的ではあるが、排尿後の始末、生理の際の処理など、また入浴の際に洗う時くらいだろう。男性は排尿の際に直接に触れたいと思う。そしてまた男性性器は排尿器官だが性的興奮を感じたりした場合、勃起すると共に、勃起した際には性的快感を覚える部位である。その為におのずと男性は女性に比べ、性器に触れる機会が多いこともあってか自身の性器に触れたい、性的快感を得たいと思うこともあり触れる機会も多いようにも思う。
 私を含め、マスターベーションを他人の手を借りてでもしたいと思う者の論理(私の一方的で勝手な論理だろうが)からすれば、「たかが手を貸すだけなのだから・・・」と思う。では逆の立場からすれば、どのように思い、考えるのだろうか。ある女性の友人に意見を訊いたところによれば、親や兄弟に頼まれたとすれば可能かも知れない。と言った。また排尿介助をするように生理と思えばとも。
 私が思うに、男性の場合(中には女性にあるかも知れない)、射精を伴うマスターベーション、何らかの障害により射精を伴わないマスターベーションは、男性の生理的な現象と考えていると思うのだがどうであろうか。ある人は尿や便を催すように、マスターベーションも同じようなものと言った。
 では女性はマスターベーションについて、どのように考えるのだろうか。


 私は寝たきりの状態にあり、更には腕、指は曲がり、動かすこともできないこともできない。当然のことながら日常的に排尿、排便介助を受けている。そうするとマスターベーションをしたくなりどうにもたまらず、「してくれません?」かと口にしたくなる。しかし「なに言うの?」、「私はそんなことをする為にいるんじゃない」、「どうして私がそんなことをしなければならいの?」と言われるのではないかと思うと、精いっぱいの理性で口にすることを抑えている。
 もしも言葉にすれば理性のない奴だと軽蔑されるだろうが、介助者に事実「して欲しい」と依頼したことがある。そして手を添え、してくれたことも幾度かある。また私はできないと言う人、手でしてあげることができないと言うかのように、無言で手を陰部にもっていってくれる人、後始末をしてくれる人もあった。しかし依頼したことが元で、ぎこちない関係に陥った人もある。だからといって、そのようになったことを責めるつもりはない。マスターベーションがしたいから、」して欲しい」と言えば驚き、戸惑うのが当然の反応だろう。
 マスターベーションができないから「手伝いや自分の手の代わりをして欲しい」と思う以上、別段、女性である必要はないし、男性でも構わない。あえて理想を言うならば、私は男性である限り、女性の柔らかな手を借りたい。しかしそれではまるで手が動かせないことをいいことに、風俗産業まがいのことをさせている。と思う人が多いだろう。もっとも男性は理解して貰える人は多いだろうが、女性の中にも理解してくれる人も皆無ではないと思う。ただ女性はマスターベーションや男性のように自身の性器に触れたい、性的快感を得たいと思うことは少ないだろうし、頭では理解はできても、生理的には理解は難しいだろう。しかし理解して欲しい。それが切なる希望だ。


今、改めて考えると、なんとも情けなく、悲しい気持ちになる。なぜなら、寝たきりの状態で自分の性器も触れることもできないうえに、マスターベーションをしたい、性行為をしたいと思うことが頭から離れないからである。性欲はどのような状態や状況になってもなくならないことは、ごく当たり前のことではあるが、私には大きな荷物になっている。


最後にマスターベーションやマスターベーションの介助、代行に関する貴方の思いや意見をお聞かせ下さい。

意見やメッセージを書き込み、論議の場にしていただければ嬉しく思います。

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
東北道の鹿沼インターからさつきロードに入る交差点に、「もういらない、みんなでなくそうポルノ自販機」という看板があります。まったく同じものが、例幣市街道に一つと、同じような内容の物が壬生駅の近くにもあります。  
 この看板を見るたびに、私は「一体誰が、何のために作ったのか?」「本当にポルノ自販機は、いらないのか?」と、疑問を感じると共に、腹立たしい気持ちになります。ポルノ雑誌は、ある意味では健全な青少年の育成に必要なものだと思います。それは、マスターベーションの必要性と直結しているものです。

 そして自販機は、羞恥心の強い思春期の青少年にとっては、強い味方となってくれているのです。
(成人男性の皆さん、若い頃、自販機でポルノ雑誌を買った事がありませんでしたか?私の周囲の人は、ほとんどが自販機の経験がありました。)マスターベーションの必要性については、改めて考えてみる必要もないでしょう。日本思春期学会では、性欲が極めて旺盛な青少年に対して、性欲が抑えきれなくなった時の処理方法として、マスターベーションを勧めています。また日本性科学会でも、マスターベーションは「1人で行う性行為の一形態」と位置付けており、性機能障害の治療においても、重要な技法の一つになっています。そのマスターベーションには、ポルノ雑誌は必要な視覚的刺激(いわゆる「おかず」)であることは言うまでもありません。青少年達が性欲の正しい処理方法であるマスターベーションを行なう時に、ポルノ雑誌は有効かつ必要なのです。

 皆さん、この看板の文章で「もういらない」と言っているのは「自販機」だけではなく「ポルノそのもの」に対してというニュアンスが受け取られませんか?この看板は、青少年が必要不可欠なこととして、マスターベーションを行う事、そしてそこにはポルノ雑誌が必要であること、という事実を無視しているのです。この看板を作った人がもし男性だとすれば、その人は自分が若い頃、ポルノ雑誌を見て、あこがれの「女性」に対する想像をめぐらせながら、マスターベーションをしていた頃の事を忘れてしまったのでしょうか。また女性であれば、そのような夫の過去を受け入れられない人なのでしょうか。誰もが始めからセックスの達人ではありません。初めてのセックスでとまどい、そしていろいろな体験をしながら、人類に与えられた大きな喜びであるセックスを男女ともにより楽しめるようになっていくのです。その過程の中で、マスターベーションは(特に男性にとって)重要な要素と言えます。そのマスターベーションそのものを否定するようなこの看板が、市街地に堂々と立ててあることにいきどおりを感じずにはいられません。皆さん、どのように思われますか?

 もしかしたらこの看板は、ポルノそのものの否定ではなく、あくまでもポルノ自販機の否定に過ぎないのかも知れません(たとえば、その利益が悪用されている、などの理由により)。そして決してポルノそのものの否定ではなかったのだとすれば、今回の議論はまったく的外れなものになってしまうのですが、そうだとすればそのように、はっきりと看板に書くべきだと思います。

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
マスターベーションは、ただ単に性的快楽の追求というだけではなく、心の癒しの手段としてなされていることがあります。
そういう場合には、心の問題を解決することが、マスターベーションから解放される近道です。
また、性的欲求をコントロールする「昇華」という発達課題をこなしている時期の問題である場合もあります。
つまり、心の成熟が求められているための問題であるということです。
マスターベーションを解決するために、早く結婚をしなさいということが冗談混じりで言われることがあります。
聖書にもそれらしいことばがありますが、それが聖書の考え方であるとすれば、正しい理解ではありません。
実際、マスターベーションは結婚で解決する問題かというとそうではありません。
意外と伏せられていることですが、既婚者もまた、様々な理由で、マスターベーションに浸るということがあります。

 つまり、性的欲求をコントロールするという課題は、結婚すれば解消するかというとそうではないのです。
性的欲求が必要に応じて、つまりパートナーの合意によって満たされるためには、それなりの関係を創っていく必要があります。
独身時代には抽象的な課題であり、難しいことかもしれません。
 なお、マスターベーションがいけないというのは、その行為が悪いというよりも、そこでなされること、女性を連想し、女性を性的欲求のはけ口としてなしてしまう問題のように思います。
グラビアを見ながらマスターベーションをするというのは、まさに女性を物として見ているのですし、女性の身体の一部を、女性の人格から切り離して見ていることで、女性を尊重する心を欠いています。

性は人格的な接触であり、身体のみの接触ではないはずです。性的欲求に伴う心の成熟が必要とされているのでしょう

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
Lisa Palacによるこのエッセイは、彼女が自他共に認めるラディカル・フェミニストだった大学時代からはじまります。 アーティストとしてフィルムを勉強していた彼女は、女性学のクラスでCatharine MacKinnon、Andrea Dworkin、Gail Dinesらによる反ポルノグラフィ論に大いに影響を受けるのですが、ふとした事から、普段はフェミニズムに対して理解ある言動を示している彼女のボーイフレンドが、実はポルノビデオを何本も隠し持っていた事を発見します。

「いますぐビデオを捨てなければ別れる」と迫る彼女に対して、「君がそういうなら捨てるけど、その前に一度このビデオを見て欲しい。 僕の事を誤解しないで欲しい」と答える彼。 さんざん言い合った挙句、結局彼女は「内容によっては別れよう」と思いながらも彼と一緒にビデオを見る事に同意します。

そこで彼女が見た物、それはMacKinnon氏の著書などから彼女が思い描いていた暴力的な描写でも女性を物として扱う映像でもなく、ただ単にカメラの前で男女が裸になっていちゃつくだけの、芸術的に「クズ」としか呼べない三流映画だったのです。 予期が外れて、ある意味ではほっとした彼女ですが、それでも不思議に思ったのが、何故男はこんなくだらない三流映画に熱中するのかという事。 その後何本かボーイフレンドと一緒に見ても、興奮するのは彼だけで、彼女にとってはただ単に退屈かつ幼稚な映像としか見えません。

そのうち、彼女は自分が映画監督の卵として、つい分析的な視点からポルノを見ていた事に気が付きます。 そのような見方をする以上、演技や脚本のまずさばかりが目立ってちっとも熱中できません。 そこで、彼女はビデオを一本借りてきて、自分の部屋で自分だけになって、初めて「楽しむ」ことだけを目的としてポルノを見るのです。そして、その時始めて彼女は罪悪感を感じずにマスターベーションで性的に興奮できる事を「発見」しました。 それはすぐに、男性のマスターベーションが当り前の物とされているのに、女性のマスターベーションだけをことさらタブーとする社会風潮への批判に繋がります。

ここで彼女は、MacKinnonらラディカルフェミニストは「男性による性的搾取」への回答として、女性が自身の性的欲望を否定するか、あるいはレズビアンになるか以外の選択を女性に提示していないと感じます。 過半数の女性はヘテロセクシャルなのに、そうしたヘテロセクシャルの女性が性的な主体となるためのサポートをラディカルフェミニズムが提供していない事に気付いたのですね。

マスターベーションがなぜ重要かというと、マスターベーションという選択肢が無ければ、彼女を含むヘテロセクシャルの女性にとっては自らのセクシュアリティを男性に全面的に依存する事になってしまうからです。 つまり、女性の性的主体性を奪っているのは強制異性愛制度だけではなく、マスターベーションをタブー視する風潮であると指摘するのです。

そこで彼女は考えます。 男性のマスターベーションが当り前とされるのは、男性向けのポルノグラフィがそこら中に溢れている事と無関係ではない。 ところが、それらの多くは男性の視点から男性を興奮させるために作られており、女性が見て興奮できるポルノグラフィは圧倒的に少ない。 女性の視点から女性を興奮させるために作られたポルノグラフィが増えたら、より多くの女性がマスターベーションをするようになり、女性の性的自立は実現するのではないか? そう彼女は結論付けます。

ここまで言えばもうこの先はお分かりでしょう。 彼女は大学卒業のプロジェクトとして監督・主演して女性向けポルノグラフィを制作し(男優は当然、彼女の人生を変えたボーイフレンド氏です)、卒業後も数少ないヘテロセクシャルの女性のための本格的(ここでは、芸術的価値があるということ)ポルノグラフィを作る活動をしています。

彼女の活動は、言葉の上でポルノグラフィとエロティカを区別してエロティカへの理解を装いつつもレズビアン以外のエロティカの成立可能性を極端に難しくしたラディカルフェミニスト的アプローチとも、ただ単にセックス革命(フリー・セックスを行うなど、社会的な性に関する規範に反抗する運動だが、男性中心的な点は古い規範と変わらない)に雷同するだけのこれまでの「セックス・ポジティブな女性」とも一線を画し、自分の欲望をしっかりと認識した上で「ほんとうの自分」としての女性の自立を追及したという点でユニークであると共に、非常に第3波的であるといえます。

「女性の性的客体化」という深刻な問題に対し、彼女はポルノグラフィというメディアを否定するのではなく、女性の性欲を主体的に捉えるポルノグラフィを実際に制作する事で回答としましたが、このようなポジティブなフェミニズムが今のフェミニズムの梗塞状態の打開に繋がるかも知れないと期待しています。

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
(1)自慰行為の経験率

下のグラフ1は厚生省がまとめたの自慰行為の経験率を示したグラフである。




まず注目すべき点は、自慰経験者が全体のごく少数であることである。
思春期後の20歳で言えば、男性で10.1%、女性で1.3%の者が自慰を行なっているにすぎない。つまり自慰行為とは性欲の旺盛な一部の者にだけ見られる特異な性行動と言える。特に女性の自慰経験率は男性に比べても低く、極端に性欲の強い者のみが自慰行為を行なっていると言える。
インターネット上のサイトに、あたかも多くの若年者が自慰行為の経験があるかのように記述しているものが見受けられるが、これは完全に誤った情報である。おそらくは、自慰行為中毒者が自身の自慰行為に対する罪の意識から逃避するため、このような情報を流しているもの思われる。

次に、40歳50歳の自慰経験率が急激に上昇していることに注目してもらいたい。
これは20世紀の中期に、いわゆる「自慰行為無害説」が流布されたことが影響している。
現在では自慰行為が人体に有害な影響を与えることは明白となっているが、当時は自慰行為無害説が主流であった。そのため、20世紀中期に思春期を迎えた40代50代が、当時大量に自慰行為に走ったものと考えられる。







(2)自慰行為に対する意識

グラフ2のアンケート結果を見てもらいたい。これは総務庁が行なった意識調査の結果である。

グラフ2



自慰行為者に対するイメージは、大多数が否定的なものである。むろん「その他少数意見」の中には肯定的な意見も含まれていたが、おそらく自慰行為中毒者の自己弁護的な意見が集計されたものと推測される。
この結果からも明らかなように、自慰行為は社会的には完全に「異常な性行動」と認識されている。ここまで極端な意識傾向は、ときとして自慰行為中毒者に対する差別をも生みかねないが、自慰行為の有害性を考えればある意味やむを得ないものであろう。





(3)自慰行為の肉体的・精神的健康に及ぼす影響

一部の者が「自慰行為は無害」と声高に主張しているが、世界的に見て現在このようなことを言っているのは日本だけである。確かに欧米でも20世紀の中期に「自慰行為無害説」が広まったことはあったが、近年の先進的な研究から自慰行為の様々な有害性が明らかになり、欧米では自慰行為有害説はもはや常識となっている。

肉体的健康
まず、自慰行為はエネルギー消費が大きく、身体を極度に疲弊させる。これはひいては全身の急激な老化現象をひき起こすことがある。マウスに電気刺激を与え強制的に射精させた実験では、自慰マウスの集団はそうではない集団に比べ、約15%寿命が短いことがわかっている。
また、統計的なデータからは、自慰行為者には癌の発生率が高いことが明らかになっている。これは自慰行為による陰茎や膣への不自然かつ過度な摩擦が異常刺激となり、細胞の癌化を促しているものと考えられる。

精神的健康
自慰行為はその行為に際し性的な想像を必要とする。自慰行為中毒者は頻繁に性的想像を行うため、妄想が高じ、結果精神障害を発症するに至る。自慰行為者は自慰行為を続ける一方、自身の自慰行為に対して嫌悪感を抱いており、そのような心の葛藤が精神の破綻を生じさせているのであろう。また、自慰行為者の妄想は現実離れした自分に都合のよい自己中心的なものであることが多く、そのような自己完結した思考が精神の破綻を加速させているという説もある。
自慰行為の影響はそれだけに留まらない。精神障害の末、暴力行為、強盗などの犯罪を犯す事例も多く見られるのだ。1992年に米ミズーリ州で発生した銃乱射事件で犯人は、当初麻薬中毒者と思われていたが事件後の検査で麻薬陽性反応は見られず、自慰行為中毒者であることがわかった。そもそも自慰行為中毒者は性的欲求をはじめとする欲望が強く、またその欲望を抑制することができないために自慰行為を繰り返えしており、金銭欲、自己顕示欲などが背景となる犯罪についても同様に欲望を抑えきれずに罪を犯すものと考えられる。






(4)自慰行為の生殖能力・生殖器に及ぼす影響

前項でも述べたように、自慰行為は人体の健康に多大な悪影響を及ぼすことが分かっている。
その中でも、特に重大な影響を与えるのが生殖能力に対してである。

男性
まず、自慰行為による過度の射精が無精子症に繋がる危険性について説明しよう。
精子は生殖細胞から分化して生産されており、生殖細胞が有限である限り、生涯での精子生産数は自ずから決まってくる。これは自慰行為による射精回数が直接精子消費量に結びつくことを意味するのではない。射精頻度が増加すると射精1回あたりの精子数が減少する。すると人体は一定以上の精子数を確保するため、精子の生産速度を高める。その結果生殖細胞の消耗が速くなってしまうのである。精子の生産速度増大のメカニズムは分かっていないが、自慰行為により性ホルモンの分泌が活性化されることが一因と考えられている。
次に、自慰行為がインポテンツ、早漏の原因となることを指摘しておく。
前項で述べたとおり自慰行為は強い妄想を伴うが、慢性的な妄想は性的刺激に対する感受性を異常化させることがある。つまり性的刺激に対する感受性が鈍化してしまい、性交時に勃起しないインポテンツ症を発症するのである。
一方それとは全く逆に、早漏の症状を示すこともある。これは日常的に妄想しているため、わずかな性的刺激だけで妄想が増幅し、過度に性的興奮が高まることが原因と言われている。また、自慰行為で繰り返される「摩擦刺激すなわち射精」というサイクルが、一種の条件反射となっているという説もある。

女性
外面的な影響としては、性器の着色と変形がある。
以前より広く知られていることだが、自慰行為の摩擦刺激は皮膚や粘膜組織を黒ずませる。特に大陰唇、小陰唇の濃色化が顕著である。組織が黒くなるのはメラニン色素の沈着のためであり、これは摩擦による単純な刺激のほか、自慰行為による性ホルモン分泌の活性化も影響している。
性器の濃色化の程度は、元々の体質によるところもあるが、概ね自慰行為の回数に比例している。つまり自慰行為の開始年齢が早いほど、自慰行為の頻度か高いほど、より濃い色となる。特にホルモンバランスが不安定な思春期に自慰行為を行なった場合、急速に性器が濃色化していくことが分かっている。
また、自慰行為で性器への摩擦を繰り返すことにより、性器、特に小陰唇が変形する。小陰唇の形が歪になると共に、小陰唇が伸張し、ついには大陰唇からはみ出すようになる。これは排尿に深刻な影響を与え、尿が斜めに放出され、飛沫が飛び散るといった不都合を生じる。
膣内への刺激を続けた場合、膣の緊張が低下し、いわゆる「緩い」と言われる状態となる。これは膣の緊張が高い状態で摩擦すると膣粘膜の損傷が大きいため、膣の緊張を低下させ摩擦を減少させようとする人体の防御反応であろう。また、陰核(クリトリス)への刺激を続けた場合、陰核が通常よりも巨大化する傾向がある。







(5)自慰行為の学習能力に及ぼす影響

自慰行為は集中力をなくすことは従来より知られている。その結果学習能力が低下した事例は枚挙に暇がない。しかし近年の研究においてはさらに驚くべき事実が明らかとなった。
米南アラスカ医科大O.エドワード博士らの研究によれば、自慰行為により脳細胞が部分的に死滅することが確認されたのだ。これは自慰行為の終末期において、脳内にドーパミンなどの脳内麻薬物質が大量に分泌されることにより、脳細胞が壊死するものと推測されている。
10歳から自慰行為を行っていた22歳の被験者の場合、脳細胞の約13%が死滅していた。影響は特に知性や理性を司る大脳新皮質に顕著であり、この被験者は思考力低下、記憶異常などアルツハイマー様の症状を示すに至っていたといわれる。






(6)自慰行為に対する社会的対応の課題

前項までに述べたとおり、自慰行為が人体に有害であることは明白となっている。それにもかかわらず、自慰行為に対する社会的な対応は致命的に遅れている。
たとえば、教育現場において自慰行為の有害性を積極的に教えようとしないのは大きな問題である。これは自慰行為無害説の誤りに気付かない若年者を大量に生み出す元凶となっている。
また、第1項で述べた「多くの若年者が自慰行為の経験があるかのように記述しているサイト」をこのまま放置するのはいかがなものか。このようなサイトは若年者の誤解を助長するものであり、今後法的な規制が必要と思われる。

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
ワシントン州在住でドーナツチェーン『クリスピー・クリーム・ドーナツ』で働く20歳の若者『リック』さん(仮名)。キリスト教を信じるリックさんには、深刻な悩みがある―マスターベーションをしてしまうことだ。
 って、しない方が異常ですから。
 ポルノや自慰行為に罪悪感を抱くのは、我々日本人から見るとおかしなことかも知らん。だって中学生くらいから、男の子ってソレしか考えてないでしょ(笑)。毎日毎日毎日毎日、考えることと言えばソレ。やることといえばソレ。みんな覚えあるだろうが。だから男子厨房は人生で一番マヌケな季節。そして、最も美しい季節であるともいえるのだ。
 マジメな話、欲望を抑圧し続けるとおかしなことになる。おかしな方向へ向う。これはもう必然である。なせかというと、
どんなに気取ったイケメンの男だろうが、股間には金玉をぶら下げているからである。
 金玉は精巣とも言う。精の巣ですよ、お嬢さん。
 若い健康な男ならば、精通あって以降、毎日確実に金玉の中ではせっせせっせと新しく活きのいい精子が製造されている。それらは出所を求めて元気に動き回る。放出せねばならぬ。出来れば種の保存のため、女性の卵子めがけて。しかし毎度毎度そうするわけにもいかぬ。しかし溜まったものは出さねばならぬ。この切ない動物学的などうしようもない生理欲求は、毎度の糞尿の排泄と同様、いつかは体外へと放出しない限り満たされることはない。
 放出は快感を伴う。その快感は一部の間違った趣味趣向(笑)の持ち主でない限り、出来得れば異性の、それも生身の体へと向けることが最大のものとなる。それがかなわぬなら、想像や妄想でそれの疑似体験と共に放出の快感を得る。大人になっても健康な男子ならば、睾丸では毎日せっせと新しい精子が生産され放出を待つ。これを精神力で抑えようとしたところで、抑えきれるものではない。皆さんはくしゃみやあくび、いや小便や大便を精神力で抑えることが自在に出来るだろうか? 出来まい。
 ちなみに健康な男子も、齢四十前後からこの生産能力に衰えが出てくるので、「毎日放出したい」という過剰な生理的欲求のサイクルはゆるやかになる場合が多い。俺のことか? ほっとけ。しかしこれには大きく個体差もあり、六十七十になっても若い頃のまま、放出欲求を過剰に持ち続ける人間もたくさん、いる。これらを正常・異常と単純に分類することはもはや不可能といってもいい。

 以前、教え子の女子(19か20歳)が「彼氏の部屋でエッチな本やビデオを発見した、不潔だと思った」と告白した。
 なにゆえ不潔なのだろうか? そのくらいの年齢の健康な男子なら、当然新鮮な精子が金玉の中で毎日生産され、放出を待ってうようよと蠢いている。いやもうホントに情けないくらいに。
 それらをどう放出、いや排泄すればいいのか。いちいち夢精するまで我慢し続け、その都度パンツをガビガビにするのは知能が低いと言わざるを得ない。ではその都度、つまり排泄の欲求を覚えるたび、彼女を呼び排泄場所とするのか。それでは女の子はトイレと同じではないか。
 彼女との性行為は、当然男の子にとっても大切な、お互いの心の高まりの一致と愛の確認の瞬間でありたい。であるならば、そのほかの、四六時中一緒にいられるわけではないのならなおさら、彼氏の自慰行為すなわち排泄行為を認めるべきであろう。むしろ、自分以外の女体を相手にせず、金で買うような行為もせず、ひたすら自分で排泄は行っているという彼氏の「純潔」を、エロ本やビデオを発見した彼女は賞賛すべきではないのか!? どうかね世の男子諸君!
 …俺のトシになるとどうでもいいんすけどね実際…

 マジメな話、欧米では日本と違いポルノは解禁の国がほとんどだ。そういう国々で性犯罪が少ないかと思うが実はそうではない。それらの国々ではキリスト教的道徳観を厳格に守る人がおり、彼らは彼らでポルノを汚らわしいと思っているだけで、見たい奴は見、見たくない者は見ない。そ
マスターベーションは、80年代前半の日本のアンダーグラウンド・シーンを代表するパンク・バンドの一つだ。81年5月に京都で結成。当初のメンバーは、卑龍(vo&g)、神風(dr)、ロス(b)だった。翌年2月がデビュー・ステージで、まもなく東京でもしばしばライヴをやるようになるのだが、当時ライヴ中によく卑龍は自分の体をカミソリで切り刻んでいた。初の音源発表は、83年2月にからリリースされたコンピレーション盤の『Outsider』。続いて、名曲「兵士トナッテ戦場ヘムカエ!」収録のEPをから出す。マスターベーションにはツー・ビートの速い曲もあるが、ルーディメンタリー・ペナイを思い出すスロー~ミッド・テンポの曲が多く、当時(今においてもだが)のシーンの中でも異色だった。ゴシックとは違う日本的なダークな色彩の音だけでなく、暗部に焦点を当てたような日本語の歌詞も含めて、ドロドロした雰囲気を作り出していた。その後メンバーが抜け、卑龍はマスターベーションの拠点を東京に移した。84年には、奇形児のメンバーのタツシがベース、後にザ・原爆オナニーズやスタークラブ、ブランキー・ジェット・シティで叩くタツヤがドラムに、メンバーが固まる。この編成で、音の抜けがよくなった。まもなくソノシートの『死顔』を出し、85年の頭にはミニ・アルバム『被害妄想』をリリースした。しかし同年3月のステージが、マスターベーションのラスト・ライヴとなった。それから卑龍は、タツシや奇形児のヒロシらと共にトランスフォーマーを結成。ミニ・アルバム『Manoeuvre』を出したが、まもなくシーンからは姿を消した。(行川和彦)
20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
『リック』さん(仮名)は、ワシントン州に住み、ドーナツチェーンの『クリスピー・クリーム・ドーナツ』で働く20歳の若者。キリスト教を信じるリックさんには、深刻な悩みがあるマスターベーションをしてしまうことだ。

 リックさんは最近、自慰行為は罪深い行為だとの考えを同じくする、やはりキリスト教徒の男性何人かと知り合い、40日間「不浄行為」をしないと誓い合った。聖書に書かれている、砂漠でサタンがキリストを快楽に引き込もうと誘惑し続けた日数と同じだ。リックさんと仲間たちは、電子メールやインスタント・メッセージを通じて、誓いを破らないよう励ましあっている。

 「始めてまだ数日だが、自分の体がいかにそれに慣れ、中毒になっていたかを実感しつつある」今回の挑戦を記録しているウェブログ『フリー・トゥ・ビー・ピュア』に、リックさんはそう書き込んでいる。「我慢するのは大変だが、自分のためだけでなく、一緒にこの禁欲に挑戦している仲間たちのためにも、強くなろう、そしてこの中毒を打ち負かそうと僕は戦っている。みんな、がんばろう! 僕たちは清らかさを取り戻せる」

 リックさんたちが挑戦を始めるきっかけになったのは、『XXXチャーチ』というウェブサイトだ。このサイトは、ポルノと自慰という2大誘惑を克服できるよう人々を支援し、彼らを神に向かわせることを使命としている。

 このオンライン活動は、世界のポルノ産業の中心地と言われる南カリフォルニア出身の2人の若い牧師(写真)が立ち上げたもの。とりわけポルノが蔓延している媒体、インターネットを通じた肉欲の罪に対して、果敢に戦いを挑んでいる。とはいえ、非常に厳しい戦いだ。XXX(ポルノ)サイトが無数にあるのに対し、XXXチャーチはたった1つしかない。

 「(われわれは)キリスト教会がポルノ問題に対して何もしていないのを見て、立ち上がって何か行動を起こそうと決めた」。クレイグ・グロス牧師(28歳)は、2002年にマイク・フォスター牧師(32歳)と2人でXXXチャーチを設立した動機についてこう話す。「キリスト教徒とそれ以外の人々双方に訴えかけるため、通常の教会活動の範疇に当てはまらないやり方をしたかった」

 「最高のキリスト教ポルノサイト」を名乗る同サイトでは、ダウンロードして使える聖書研究素材や、祈りのためのオンラインフォーラム、登録したユーザーが訪れた好ましくないサイトを記録して、指定した第三者にその事実を報告できる(日本語版記事)無料ソフトウェア『X3ウォッチ』などを提供している。

 実用的なアドバイスも多数ある。両牧師が自慰行為の代わりに勧めるのはこんなことだ。「平静を保ち、自らにこう言い聞かせなさい。『自慰よ、私はおまえの奴隷ではない! 私は自分の人生を取り戻す!』(あるいはこれに類する言葉を)。もし、これがうまく行かなかったら、ほかのやり方もある。たとえば、ガムを噛むとか、[ドラッグの禁断症状について歌った]ジョン・レノンの曲『冷たい七面鳥』を大声で歌う、あるいはチョコレートを食べるとか、自分にとっていちばん気の紛れること(ただし自慰以外)をすればいい」

 マスターベーションを戒める教えは、マタイによる福音書5章27~30節に基づくものだ。福音書は肉欲を罪とし、もし体の一部(たとえば右の手)が罪を犯させるのなら、切り取って捨ててしまいなさいと述べている。なぜなら、「体の一部を失っても、全身を地獄に投げ入れられるよりはまし」だから、と。

 両牧師は最初、『セーブ・ザ・キトゥン』(子猫を救え)という電子メールキャンペーンを展開した。メールの内容は、『Photoshop』(フォトショップ)で作った、2匹の大口を開けた怪物が子猫を追いかける画像に、「あなたが自慰を1度するたび……神が子猫を1匹殺す」というメッセージを添えたもの。「子猫を殺す」という比喩が、自慰について人々が語りやすい状況を作ったとグロス牧師は話す。この電子メールは多くの人に広まったが、キャンペーンから派生したビデオ子猫が部屋の端から端まで乱暴に放り投げられる映像のために、不快感を持つ人も出た。

 次の試みは、小人症の人を起用して、「ポルノは君の成長を止める」というキャッチコピーをつけたテレビCMだった。このCMは、MTVやその他の若者向けテレビ番組で流されたが、小人症患者の支援団体『リトル・ピープル・オブ・アメリカ』(LPA)が不快感を表明したことから、放送中止となった。

 XXXチャーチは先ごろ、2本目のCMを完成させたが、こちらも1本目に劣らず物議を醸している。これを監督したのは、『ナットジョブ・ナース』『ジ・アナル・ライフ』などを撮ったベテランのポルノ映画監督、ジェイムズ・ディジョージオ氏。ポルノ業界では『ジミー・D』の名で知られる人物だ。XXXチャーチの両牧師とは、業界誌『アダルト・ビデオ・ニュース』(AVN)がラスベガスで開催している展示会『アダルト・エンターテインメント・エキスポ』の会場で知り合った。両牧師は毎年ここへブースを出し、聖書と「イエスはポルノスターを愛している」と書かれたステッカーを配っているという。

 両牧師から、小人症の人を使ったCMが放送中止になった話を聞いたディジョージオ氏は、新しいCMの監督を無償で引き受けると申し出た。そして完成したのが、人形を使ってセックスを模した場面と、子どもをポルノから遠ざけようという警告からなるCMだ。ディジョージオ氏はこの反ポルノCMを引き受けた動機を公にしておらず、ワイアードの取材依頼にも返答はなかった。

 両牧師のこうした活動は、保守的なキリスト教徒の怒りを買っている。ポルノ関係者と親しくしているなど、およそ聖職者らしからぬやり方が非難を浴びているのだ。

 XXXチャーチの反論メール欄には、別の反ポルノ団体『セッティング・キャプティブ・フリー』の創設者マイク・クリーブランド氏が送った次のような文面が掲載されている。「われわれが両牧師を支持しない主な理由は、彼らのやり方が聖書に即しておらず、聖職者としても実りある結果を生んでいないためだ」。ワイアードはクリーブランド氏に取材を試みたが、この抗議について詳しく語ることは拒否された。

 一方で、両牧師の活動を賞賛する人々もいる。ケンタッキー州でセックス中毒のキリスト教徒向け治療センターを運営する団体、『ピュア・ライフ・ミニストリー』のスティーブ・ギャラガー会長もその1人だ。XXXチャーチという名称を聞いたときには懐疑的だったが、両牧師の訪問を受けてその考えが変わったという。

 「彼らが発する『ポルノより素晴らしいものがある、それはキリストだ』という単純明快なメッセージは、好悪はさておき鋭いものだし、ユーモアのセンスに富んでいる。サブカルチャーの世界にかけたこの橋を、人々がいつか渡ってくる楽天地だと思っていた世界が実はそうではないと分かって、行き場を失った人々が」とギャラガー会長。

 グロス牧師は、他人が自分たちの活動をどう思っているかなど、あまり気にしないと述べている。

 「キリスト自身も物議を醸した人物なので、(われわれも)人に嫌われようがかまわない。ただ、悲しいのは、非難の多くがキリスト教徒から寄せられることだ。ちょうどキリストの時代と同じように。信仰に篤いとされていた人々が、きまってキリストを非難した」

 批判を受けながらも、両牧師は講演で各地を回ったり、インターネットで流すリアリティー番組の準備をしたりと忙しく活動している。この番組は2人の「ポルノの世界における冒険」を記録するもので、実在のポルノ俳優や、ポルノ中毒を克服しつつある若者なども登場する予定だ。番組のタイトルは、『ミッショナリー・ポジション』(聖職者の立場/正常位)という。

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
強迫的マスターベーションは、精神的・感情的・道徳的に有害である

マスターベーションについての一般的な見方として、“それは精神安定剤的なものでなんら問題はない”、“それをしたからといってだれも傷つけない”、“それが原因で何かの病気にかかることはない”などと甘言を垂れる医者さえ存在します。そのような無責任で うわべだけの発言は、強迫的マスターベーションが習慣になっているマスターベーション中毒者を助けるどころか、混乱させ、その悪習から抜け出すのをますます困難にしています。では、マスターベーションは本当に医学的に無害なのでしょうか?

マルコム・カーラザーズ博士(病理学者・イギリス)は、「マスターベーションは大抵欲求不満によって引き起こされ、“自涜(じとく。文字どおりには「自分を冒涜すること」を意味する)”という言葉が示しているように、根本的には自分自身に対する攻撃行動であると精神病学者たちは述べている。したがってノルアドレナリンの分泌は比較的多く、その結果血液中の脂肪の値が上がっても、マスターベーションに伴う筋肉活動で使い尽くされる量はわずかである」。このようにして発生する血液中の脂肪が冠状動脈に凝固物を生じさせるので、マスターベーションについて昔から言われていること、つまりそれが顔面蒼白、精力消耗、不眠、不妊、意志薄弱、生殖器の萎縮、心臓発作の原因になるという考え方は、「結局ある程度の真実性を帯びているのではないか」と述べています。(「西欧の死の道」)

それよりももっと恐るべき影響は、強迫的マスターベーションが、その人の精神・感情・道徳面におよぼす影響です。アメリカーナ百科事典はこう認めています。「マスターベーションに対する最も新しい見方は、その精神的な有害性を認める点にある……それは肉体上のなんらかの障害から来るのではなく、自涜を行なう人のいだくある種の罪悪感、およびそれによって仲間との自然な交流を持ちにくくなることから来るものである」。強迫的マスターベーションは人の人格性質を変えてしまいます。物事に対する健全な見方、また異性や他の人々に対する正しい態度が取れなくなります。その人を引っ込み思案にならせ、生産性を著しく低下させます。

マスターベーションは性欲処理に必要だという考え方は危険です。マスターベーション自体が性欲を増進させるのです。人間の脳は、習慣的に使っている回路をより強化していきます。そして使わない回路はだんだん萎(な)えていきます。マスターベーションによって性欲ばかり増進させ、人生に必要な克己心や自制心という回路がどんどん失われていくなら、どんな生涯になるでしょうか。男性の場合、マスターベーションをしなくても、体は自然に精液を一定の量に保ちます。仮に過剰になったとしても、夢精(睡眠中に自然に射精すること。しばしば性愛の関係した夢を伴うことからこの名がついた)というごく自然な生理現象によって処理されます。次にマスターベーションの衝動が起こった時、あなたは、脳のどんな回路を強化したいのかよく考えることです。この、「よく考えている」時に、脳は克己心(おのれに打ち勝つ心)や自制心(英文字義では「自分をコントロールする心」)という回路が強化され、不自然な性欲の回路が消えはじめます。そのようにしてあなたは、強迫的マスターベーションの悪習から徐々に解放されるのです!

強迫的マスターベーションをする理由(原因)を知り、予防する

ある20代の男性は、「自分にはうつ病の気とマスターベーションの習慣があるため、何度も自殺を考えました」と述べています。死ぬ気になればなんでもできるという人がいますが、強迫的マスターベーションの習慣におちいってしまった人にとって、この呪縛から逃れるには死を選ぶしかないと感じるほど、この習慣は精神の奥深くまで突き刺さっているようです。

「マスターベーションと成人の性徴」という本の著者は、次のように述べています。「マスターベーションをするという決定は、目的のある社会活動によってその弱点を改めようとしていないことを意味する。……緊張するといつでも、“問題の解決”と“マスターベーション”の両方を試みるという一般的な方策を採用できるのは事実である。しかし、体はいつも自分が持ち歩いているので、後者の“解決策”を用いたいという誘惑は非常に強い。したがって、問題の真の解決策を考え出すこととそれを実行することに注意を集中するのが最善である」。ということは、マスターベーションの悪習自体が問題になっている場合、それをマスターベーションで解決しようとすると、ますます問題が大きくなる......というバグが生じ、最後にはフリーズしてしまうかもしれないのです。

なにごとも、問題の原因をよく考え、原因に対する対処をしていくようにしましょう。マスターベーションをさせようとする原因のうち最大のものは、おそらくポルノでしょう。インターネットを利用していてポルノに接することでマスターベーションの悪習に逆戻りするのであれば、何らかの措置が必要です。アダルト情報にアクセスできないようにするソフト(Symantec社のInternet Securityなど)を導入するとか、オンラインするパソコンは、家族みんなの目に触れるところに置くなど、断固とした手段をとるのです。新しいソフトの購入には費用もかかりますが、それによって節約できる時間や、身につく克己心には換金できないほどの益があるのではないでしょうか。

ほかにも原因があります。1946年版のブリタニカ百科事典によると、性的衝動を抑える方法として、「肉やスパイスを多量に使った食事、とりわけ酒類を避けることが肝要である」と述べています。ほかにも、体にぴったりし過ぎる服や一人だけでいる時間が長いことなどが原因となることもあるようです。自分の一週間の活動を、建設的で生産的な活動計画で満たし、脳の回路を生産的なことから満足感を得ることができるように徐々に改造することが大切です

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]

 東京・浦安の「あべメンタルクリニック」院長の阿部輝夫さんは,精神科領域における性障害の治療の第一人者として知られる。5月18日に慈恵医大講堂で開催された第32回性治療研修会(日本性科学会主催)で,19年間の臨床経験から腟内射精障害に関する統計を報告した。それによると同障害患者は218名。そのうち81名(37.2%)の原因が「非用手的マスターベーション」,48名が(22.0%)「強すぎるグリップ」であり,ふだんのマスターベーションの方法に問題があるケースが多いことがわかった。


●「週刊誌で挟んでこする」も

 あべメンタルクリニック院長の阿部輝夫さんは,性障害の疾患別初診患者数を84年5月から毎年調べており(96年までは順天堂大学浦安病院精神科勤務),03年5月で19年間の統計がまとめられた。

 一番多かったのは勃起障害の817名で,以下「性転換症」605名(FTM240名, MTF365名),性嫌悪症357名(女性208名,男性149名),性欲障害305名,腟内射精障害218名,性交疼痛症151名,早漏72名,「両性服装倒錯症」53名などとなった。
 これらの中で最も注目されるのは,「原因が不明なまま,この数年急増している」という男性の性嫌悪症であり,この分析については昨年の研修会で報告している(02年6月号参照)。

 阿部さんが今回分析したのは腟内射精障害で,その最大原因は「非用手的マスターベーション」で81名(37.9%)が該当した。以下「強すぎるグリップ」48名(22.0%),「ひとりでないと射精できない」38名(17.4%),「包茎手術後の違和感・過剰刺激」および「ピストン運動ではない刺激」がそれぞれ13名(6.0%)など。子孫拒否,フェティッシュ,体液恐怖が,それぞれ4,3,1名に見られた。

 81名の「非用手的マスターベーション」の内容としては,「シーツにこすりつける」が圧倒的に多く(43名),次に「フトンや枕を股間に挟んでこする」(28人)が目立った。このほか「ペニスを股間に挟んで圧迫」4名,「畳にこすりつける」3名,「週刊誌に挟んでこする」2名,「会陰部をクッションにこすりつける」1名だった。

 2番目に多い原因の「強すぎるグリップ」に関して,マスターベーションを想定したグリップを握力計で測定したところこれらの患者は全員が10・を超えていた。これに対して健常者の同様の測定では4~5・が多かった。強すぎるグリップによるマスターベーションになれたために腟内射精障害となったわけだ。


●治療に「コンドーム・マス法」を考案

 最大原因の「非用手法」の治療としては,従来慣れ親しんだ刺激から手の刺激によって射精可能となり,されに腟内で射精可能となるために段階的な訓練を行う。糊のきいたシーツから柔らかい布,ガーゼと進み,手で可能になってから阿部さんが考案した「コンドーム・マス法」を行う。

 これは内側に潤滑剤をつけたコンドームを使うもので,それによって「腟内のぬるぬるした状態に似せる」。このペニスを柔らかなグリップで適度なピストン運動で刺激するというもの。「マスターベーション回数の個人差にもよるが,一般に半年ほどのコンドーム・マス法によって治ることが多い」と阿部さんは言う。

 阿部さんは報告ではふれなかったが抄録集には「近年,若者のマスターベーションが,前述のような奇妙な方法によるものが増えている。マスターベーションに『正しい方法』とか『間違った方法』などがあるのかどうかは判らないが……」と記している。

 報告終了後にフロアーから「男性はマスターベーションの方法を,自分で偶然に知る場合と周囲から教えられる場合とがあるようだが,教えることに積極的になったほうがよいのだろうか」との質問が出され,阿部さんは「そうかもしれない」と答えていた。
20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
マスターベーションは、彼女らに高度な性的な自由を与える一方で、女性に自身の体を探検する機会を与えます。

 それは、パートナーに頼って、性的な喜びを経験して、「彼女ら」が選択をする性的な緊張を解放する機会を女性に与えます。

 マスターベーションは、制御している女性に対して自身の体と性的関心に非常に能力を与えます。

 マスターベーションは、すばらしい教育手段です。そして、自身の体が性的な刺激に応答する方法について、女性に教えます。

 多くの通常で健康な女性のために、マスターベーションはオルガスムを経験する彼女らの予備的なまたは手段だけです。

 マスターベーションする一方で、女性がパートナーの必要について悩む必要はなく、理想的な精神的で身体的な刺激を提供することができるので多くの女性は、最も激しいオルガスムを経験します。

 幼少から成熟まで、マスターベーションは、人生を通じて女性のとてもためになります。

 女性には、必ずしも性的なパートナーがいない時でも彼女には常に彼女自身がいます。マスターベーションは、ためになります!
 マスターベーションは、少女または女性がしばしば学ばなければならない性的な技術についての性的な活動です。そして他の性的な種類を楽しむ鍵を握る最初で最も多くの意味を含んでいます。

 理想的には、この技術は思春期かその前に学ぶことです。しかし、非常に多くの女性は、10代後半または20代前半までに学んでいます。

 10代の女性の発達中の性の差による活力について述べる建設的な手段を持つように学ばれなければならないか、少なくとも知っていることが大切という理由としては、思春期の前にとなります。

 それも、彼女らの絶えず変わる体の自分の認識を増やして、それの制御の若干の感覚を提供します。

 ティーンがマスターベーションする方法を知っているならば、彼女が感情的に、そして、身体的に準備ができる前に、性的なパートナーを捜すことを強要されることはありえないでしょう。

 少女が10歳から14歳の間で初潮を迎える時から10代の後半になるまでに、彼女らの体は本当に妊娠、出産と授乳の備えができていません。

 マスターベーションは、若い女性に性的な欲求不満以外の選択またはパートナーとのセックスを提供します。
20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
僕は正直、この年になってもマスターベーションをする事がある。
SEXをしていない訳ではない。
SEXとオナニーのどちらが好きかと聞かれれば、即答で『SEX』と答える。
それなのにマスターベーションをする…
なんでなんだろう…?



僕が初めて性的快感を覚えたのは、小学生の頃。
確か、3、4年生の頃だったと思う。
校庭にあった『のぼり棒』に登ってる時だった。

『のぼり棒』っていうのが、正式名称かは知らないけど、とにかく鉄製のパイプが何本か立てられていて、それに足を絡み付けて、手と足を使って上に登るっていう遊具だったと思う。

いつもの様に放課後の校庭で遊び、のぼり棒に登ってるトキだった。
棒を股に挟む様にして登るから、当然、僕のアソコは棒に密着している。
押し付けてると「なんとなく気持ちイイ」って感覚は以前からあったんだけど、その日はちょっと違った。
いつもと同じく勢いよく棒を登っていく…

ジーン…(或いはジワーン…)

そんな感覚がアソコに走った。
くすぐったい様な気持ちイイよーな…
なんだか分からないけど、凄く気持ちイイ。

その頃は分からなかったけど、今にして思えば、射精と同じ感覚だ。
かといって射精はしているワケではない。
例えるなら『空撃ち』って表現が相応しいのかも…

とにかく、それからは『のぼり棒』に登る度に、その快感が味わえた。
今までよりも『のぼり棒』に登るコトが多くなった。

…が、しばらくすると、なんだか、その行為自体、『イケナイ事』をしている様な気がして、段々と『のぼり棒』に登る頻度は減っていった。

その後、中学生になり、『のぼり棒』に登るコトは全く無くなったけど、平均的なオトコがそうである様、今度はホントのオナニーを覚えてしまうコトとなる。

しかし、彼女が出来て、SEXをする様になっても、オナニーはオナニーとしてしてしまうモノだ。
どーしてなんだろう?
SEXの方が全然気持ちイイし、素敵な行為なんだけどね。

オナニーは単なる性的欲求の処理なのか…?

男は皆、そんなカンジだと思うけど、女のコのオナニーの実態って、どーなんだろうね?
100人の女のコの内、一体何人位が日常的にオナニーをしてるものなんだろう…?

そして、なぜ、オナニーをしてしまうんだろうね…?
どなたか僕に教えて下さいっ♪

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
これから述べることは、私の偏った思いや意見が含まれることを考慮のうえ、お読み下さい。


手を動かせない男性にとって最も困るのことは、性的生理の処理、自慰行為、いわゆるマスターベーションである。マスターベーション自体は絶対にしなければならないものではない。なければないで済むことであり、別段、生命に関わることではない。しかし特に男性の生理にとっては大事な事柄である。週刊誌などのゴシップメディアには、女性の中にもマスターベーションをするとある。
 マスターベーション、オナニーは自身の性器を刺激し、性的快感を得る為の行為であると私は理解する。では自分以外が間接的に行えば、性的行為、いわゆる日本風に言えば、SEXをするという行為になるのだろうか。
 見方を変えれば自分以外のものが間接的に行うのだから、自慰行為ではなくなってしまうから他人と行う性行為になってしまうのだろうか。
 それでは私のように手が曲がり、自由も利かず、股間に手の届かない者がマスターベーションをするとしたら、どのようにするかと言えば、誰かの手伝いをもらうしかない。しかしマスターベーションを含む類のものは、一般的に人知れず密かに行うというものという意識があり、「マスターベーションをしたいから、私の代わりにしてくれないだろうか」と手助けを受けることは女性ならずも、男性にも抵抗感が存在するように思う。女性の中には性的な卑猥な話を極端に嫌う人、極度に嫌悪感を表す人や言葉にする人がいる。
 自身の体の一部である性器を触れることは、女性であれば間接的ではあるが、排尿後の始末、生理の際の処理など、また入浴の際に洗う時くらいだろう。男性は排尿の際に直接に触れたいと思う。そしてまた男性性器は排尿器官だが性的興奮を感じたりした場合、勃起すると共に、勃起した際には性的快感を覚える部位である。その為におのずと男性は女性に比べ、性器に触れる機会が多いこともあってか自身の性器に触れたい、性的快感を得たいと思うこともあり触れる機会も多いようにも思う。
 私を含め、マスターベーションを他人の手を借りてでもしたいと思う者の論理(私の一方的で勝手な論理だろうが)からすれば、「たかが手を貸すだけなのだから・・・」と思う。では逆の立場からすれば、どのように思い、考えるのだろうか。ある女性の友人に意見を訊いたところによれば、親や兄弟に頼まれたとすれば可能かも知れない。と言った。また排尿介助をするように生理と思えばとも。
 私が思うに、男性の場合(中には女性にあるかも知れない)、射精を伴うマスターベーション、何らかの障害により射精を伴わないマスターベーションは、男性の生理的な現象と考えていると思うのだがどうであろうか。ある人は尿や便を催すように、マスターベーションも同じようなものと言った。
 では女性はマスターベーションについて、どのように考えるのだろうか。


 私は寝たきりの状態にあり、更には腕、指は曲がり、動かすこともできないこともできない。当然のことながら日常的に排尿、排便介助を受けている。そうするとマスターベーションをしたくなりどうにもたまらず、「してくれません?」かと口にしたくなる。しかし「なに言うの?」、「私はそんなことをする為にいるんじゃない」、「どうして私がそんなことをしなければならいの?」と言われるのではないかと思うと、精いっぱいの理性で口にすることを抑えている。
 もしも言葉にすれば理性のない奴だと軽蔑されるだろうが、介助者に事実「して欲しい」と依頼したことがある。そして手を添え、してくれたことも幾度かある。また私はできないと言う人、手でしてあげることができないと言うかのように、無言で手を陰部にもっていってくれる人、後始末をしてくれる人もあった。しかし依頼したことが元で、ぎこちない関係に陥った人もある。だからといって、そのようになったことを責めるつもりはない。マスターベーションがしたいから、」して欲しい」と言えば驚き、戸惑うのが当然の反応だろう。
 マスターベーションができないから「手伝いや自分の手の代わりをして欲しい」と思う以上、別段、女性である必要はないし、男性でも構わない。あえて理想を言うならば、私は男性である限り、女性の柔らかな手を借りたい。しかしそれではまるで手が動かせないことをいいことに、風俗産業まがいのことをさせている。と思う人が多いだろう。もっとも男性は理解して貰える人は多いだろうが、女性の中にも理解してくれる人も皆無ではないと思う。ただ女性はマスターベーションや男性のように自身の性器に触れたい、性的快感を得たいと思うことは少ないだろうし、頭では理解はできても、生理的には理解は難しいだろう。しかし理解して欲しい。それが切なる希望だ。


今、改めて考えると、なんとも情けなく、悲しい気持ちになる。なぜなら、寝たきりの状態で自分の性器も触れることもできないうえに、マスターベーションをしたい、性行為をしたいと思うことが頭から離れないからである。性欲はどのような状態や状況になってもなくならないことは、ごく当たり前のことではあるが、私には大きな荷物になっている。


最後にマスターベーションやマスターベーションの介助、代行に関する貴方の思いや意見をお聞かせ下さい。

意見やメッセージを書き込み、論議の場にしていただければ嬉しく思います。

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
東北道の鹿沼インターからさつきロードに入る交差点に、「もういらない、みんなでなくそうポルノ自販機」という看板があります。まったく同じものが、例幣市街道に一つと、同じような内容の物が壬生駅の近くにもあります。  
 この看板を見るたびに、私は「一体誰が、何のために作ったのか?」「本当にポルノ自販機は、いらないのか?」と、疑問を感じると共に、腹立たしい気持ちになります。ポルノ雑誌は、ある意味では健全な青少年の育成に必要なものだと思います。それは、マスターベーションの必要性と直結しているものです。

 そして自販機は、羞恥心の強い思春期の青少年にとっては、強い味方となってくれているのです。
(成人男性の皆さん、若い頃、自販機でポルノ雑誌を買った事がありませんでしたか?私の周囲の人は、ほとんどが自販機の経験がありました。)マスターベーションの必要性については、改めて考えてみる必要もないでしょう。日本思春期学会では、性欲が極めて旺盛な青少年に対して、性欲が抑えきれなくなった時の処理方法として、マスターベーションを勧めています。また日本性科学会でも、マスターベーションは「1人で行う性行為の一形態」と位置付けており、性機能障害の治療においても、重要な技法の一つになっています。そのマスターベーションには、ポルノ雑誌は必要な視覚的刺激(いわゆる「おかず」)であることは言うまでもありません。青少年達が性欲の正しい処理方法であるマスターベーションを行なう時に、ポルノ雑誌は有効かつ必要なのです。

 皆さん、この看板の文章で「もういらない」と言っているのは「自販機」だけではなく「ポルノそのもの」に対してというニュアンスが受け取られませんか?この看板は、青少年が必要不可欠なこととして、マスターベーションを行う事、そしてそこにはポルノ雑誌が必要であること、という事実を無視しているのです。この看板を作った人がもし男性だとすれば、その人は自分が若い頃、ポルノ雑誌を見て、あこがれの「女性」に対する想像をめぐらせながら、マスターベーションをしていた頃の事を忘れてしまったのでしょうか。また女性であれば、そのような夫の過去を受け入れられない人なのでしょうか。誰もが始めからセックスの達人ではありません。初めてのセックスでとまどい、そしていろいろな体験をしながら、人類に与えられた大きな喜びであるセックスを男女ともにより楽しめるようになっていくのです。その過程の中で、マスターベーションは(特に男性にとって)重要な要素と言えます。そのマスターベーションそのものを否定するようなこの看板が、市街地に堂々と立ててあることにいきどおりを感じずにはいられません。皆さん、どのように思われますか?

 もしかしたらこの看板は、ポルノそのものの否定ではなく、あくまでもポルノ自販機の否定に過ぎないのかも知れません(たとえば、その利益が悪用されている、などの理由により)。そして決してポルノそのものの否定ではなかったのだとすれば、今回の議論はまったく的外れなものになってしまうのですが、そうだとすればそのように、はっきりと看板に書くべきだと思います。

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
マスターベーションは、ただ単に性的快楽の追求というだけではなく、心の癒しの手段としてなされていることがあります。
そういう場合には、心の問題を解決することが、マスターベーションから解放される近道です。
また、性的欲求をコントロールする「昇華」という発達課題をこなしている時期の問題である場合もあります。
つまり、心の成熟が求められているための問題であるということです。
マスターベーションを解決するために、早く結婚をしなさいということが冗談混じりで言われることがあります。
聖書にもそれらしいことばがありますが、それが聖書の考え方であるとすれば、正しい理解ではありません。
実際、マスターベーションは結婚で解決する問題かというとそうではありません。
意外と伏せられていることですが、既婚者もまた、様々な理由で、マスターベーションに浸るということがあります。

 つまり、性的欲求をコントロールするという課題は、結婚すれば解消するかというとそうではないのです。
性的欲求が必要に応じて、つまりパートナーの合意によって満たされるためには、それなりの関係を創っていく必要があります。
独身時代には抽象的な課題であり、難しいことかもしれません。
 なお、マスターベーションがいけないというのは、その行為が悪いというよりも、そこでなされること、女性を連想し、女性を性的欲求のはけ口としてなしてしまう問題のように思います。
グラビアを見ながらマスターベーションをするというのは、まさに女性を物として見ているのですし、女性の身体の一部を、女性の人格から切り離して見ていることで、女性を尊重する心を欠いています。

性は人格的な接触であり、身体のみの接触ではないはずです。性的欲求に伴う心の成熟が必要とされているのでしょう

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
Lisa Palacによるこのエッセイは、彼女が自他共に認めるラディカル・フェミニストだった大学時代からはじまります。 アーティストとしてフィルムを勉強していた彼女は、女性学のクラスでCatharine MacKinnon、Andrea Dworkin、Gail Dinesらによる反ポルノグラフィ論に大いに影響を受けるのですが、ふとした事から、普段はフェミニズムに対して理解ある言動を示している彼女のボーイフレンドが、実はポルノビデオを何本も隠し持っていた事を発見します。

「いますぐビデオを捨てなければ別れる」と迫る彼女に対して、「君がそういうなら捨てるけど、その前に一度このビデオを見て欲しい。 僕の事を誤解しないで欲しい」と答える彼。 さんざん言い合った挙句、結局彼女は「内容によっては別れよう」と思いながらも彼と一緒にビデオを見る事に同意します。

そこで彼女が見た物、それはMacKinnon氏の著書などから彼女が思い描いていた暴力的な描写でも女性を物として扱う映像でもなく、ただ単にカメラの前で男女が裸になっていちゃつくだけの、芸術的に「クズ」としか呼べない三流映画だったのです。 予期が外れて、ある意味ではほっとした彼女ですが、それでも不思議に思ったのが、何故男はこんなくだらない三流映画に熱中するのかという事。 その後何本かボーイフレンドと一緒に見ても、興奮するのは彼だけで、彼女にとってはただ単に退屈かつ幼稚な映像としか見えません。

そのうち、彼女は自分が映画監督の卵として、つい分析的な視点からポルノを見ていた事に気が付きます。 そのような見方をする以上、演技や脚本のまずさばかりが目立ってちっとも熱中できません。 そこで、彼女はビデオを一本借りてきて、自分の部屋で自分だけになって、初めて「楽しむ」ことだけを目的としてポルノを見るのです。そして、その時始めて彼女は罪悪感を感じずにマスターベーションで性的に興奮できる事を「発見」しました。 それはすぐに、男性のマスターベーションが当り前の物とされているのに、女性のマスターベーションだけをことさらタブーとする社会風潮への批判に繋がります。

ここで彼女は、MacKinnonらラディカルフェミニストは「男性による性的搾取」への回答として、女性が自身の性的欲望を否定するか、あるいはレズビアンになるか以外の選択を女性に提示していないと感じます。 過半数の女性はヘテロセクシャルなのに、そうしたヘテロセクシャルの女性が性的な主体となるためのサポートをラディカルフェミニズムが提供していない事に気付いたのですね。

マスターベーションがなぜ重要かというと、マスターベーションという選択肢が無ければ、彼女を含むヘテロセクシャルの女性にとっては自らのセクシュアリティを男性に全面的に依存する事になってしまうからです。 つまり、女性の性的主体性を奪っているのは強制異性愛制度だけではなく、マスターベーションをタブー視する風潮であると指摘するのです。

そこで彼女は考えます。 男性のマスターベーションが当り前とされるのは、男性向けのポルノグラフィがそこら中に溢れている事と無関係ではない。 ところが、それらの多くは男性の視点から男性を興奮させるために作られており、女性が見て興奮できるポルノグラフィは圧倒的に少ない。 女性の視点から女性を興奮させるために作られたポルノグラフィが増えたら、より多くの女性がマスターベーションをするようになり、女性の性的自立は実現するのではないか? そう彼女は結論付けます。

ここまで言えばもうこの先はお分かりでしょう。 彼女は大学卒業のプロジェクトとして監督・主演して女性向けポルノグラフィを制作し(男優は当然、彼女の人生を変えたボーイフレンド氏です)、卒業後も数少ないヘテロセクシャルの女性のための本格的(ここでは、芸術的価値があるということ)ポルノグラフィを作る活動をしています。

彼女の活動は、言葉の上でポルノグラフィとエロティカを区別してエロティカへの理解を装いつつもレズビアン以外のエロティカの成立可能性を極端に難しくしたラディカルフェミニスト的アプローチとも、ただ単にセックス革命(フリー・セックスを行うなど、社会的な性に関する規範に反抗する運動だが、男性中心的な点は古い規範と変わらない)に雷同するだけのこれまでの「セックス・ポジティブな女性」とも一線を画し、自分の欲望をしっかりと認識した上で「ほんとうの自分」としての女性の自立を追及したという点でユニークであると共に、非常に第3波的であるといえます。

「女性の性的客体化」という深刻な問題に対し、彼女はポルノグラフィというメディアを否定するのではなく、女性の性欲を主体的に捉えるポルノグラフィを実際に制作する事で回答としましたが、このようなポジティブなフェミニズムが今のフェミニズムの梗塞状態の打開に繋がるかも知れないと期待しています。

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
(1)自慰行為の経験率

下のグラフ1は厚生省がまとめたの自慰行為の経験率を示したグラフである。




まず注目すべき点は、自慰経験者が全体のごく少数であることである。
思春期後の20歳で言えば、男性で10.1%、女性で1.3%の者が自慰を行なっているにすぎない。つまり自慰行為とは性欲の旺盛な一部の者にだけ見られる特異な性行動と言える。特に女性の自慰経験率は男性に比べても低く、極端に性欲の強い者のみが自慰行為を行なっていると言える。
インターネット上のサイトに、あたかも多くの若年者が自慰行為の経験があるかのように記述しているものが見受けられるが、これは完全に誤った情報である。おそらくは、自慰行為中毒者が自身の自慰行為に対する罪の意識から逃避するため、このような情報を流しているもの思われる。

次に、40歳50歳の自慰経験率が急激に上昇していることに注目してもらいたい。
これは20世紀の中期に、いわゆる「自慰行為無害説」が流布されたことが影響している。
現在では自慰行為が人体に有害な影響を与えることは明白となっているが、当時は自慰行為無害説が主流であった。そのため、20世紀中期に思春期を迎えた40代50代が、当時大量に自慰行為に走ったものと考えられる。







(2)自慰行為に対する意識

グラフ2のアンケート結果を見てもらいたい。これは総務庁が行なった意識調査の結果である。

グラフ2



自慰行為者に対するイメージは、大多数が否定的なものである。むろん「その他少数意見」の中には肯定的な意見も含まれていたが、おそらく自慰行為中毒者の自己弁護的な意見が集計されたものと推測される。
この結果からも明らかなように、自慰行為は社会的には完全に「異常な性行動」と認識されている。ここまで極端な意識傾向は、ときとして自慰行為中毒者に対する差別をも生みかねないが、自慰行為の有害性を考えればある意味やむを得ないものであろう。





(3)自慰行為の肉体的・精神的健康に及ぼす影響

一部の者が「自慰行為は無害」と声高に主張しているが、世界的に見て現在このようなことを言っているのは日本だけである。確かに欧米でも20世紀の中期に「自慰行為無害説」が広まったことはあったが、近年の先進的な研究から自慰行為の様々な有害性が明らかになり、欧米では自慰行為有害説はもはや常識となっている。

肉体的健康
まず、自慰行為はエネルギー消費が大きく、身体を極度に疲弊させる。これはひいては全身の急激な老化現象をひき起こすことがある。マウスに電気刺激を与え強制的に射精させた実験では、自慰マウスの集団はそうではない集団に比べ、約15%寿命が短いことがわかっている。
また、統計的なデータからは、自慰行為者には癌の発生率が高いことが明らかになっている。これは自慰行為による陰茎や膣への不自然かつ過度な摩擦が異常刺激となり、細胞の癌化を促しているものと考えられる。

精神的健康
自慰行為はその行為に際し性的な想像を必要とする。自慰行為中毒者は頻繁に性的想像を行うため、妄想が高じ、結果精神障害を発症するに至る。自慰行為者は自慰行為を続ける一方、自身の自慰行為に対して嫌悪感を抱いており、そのような心の葛藤が精神の破綻を生じさせているのであろう。また、自慰行為者の妄想は現実離れした自分に都合のよい自己中心的なものであることが多く、そのような自己完結した思考が精神の破綻を加速させているという説もある。
自慰行為の影響はそれだけに留まらない。精神障害の末、暴力行為、強盗などの犯罪を犯す事例も多く見られるのだ。1992年に米ミズーリ州で発生した銃乱射事件で犯人は、当初麻薬中毒者と思われていたが事件後の検査で麻薬陽性反応は見られず、自慰行為中毒者であることがわかった。そもそも自慰行為中毒者は性的欲求をはじめとする欲望が強く、またその欲望を抑制することができないために自慰行為を繰り返えしており、金銭欲、自己顕示欲などが背景となる犯罪についても同様に欲望を抑えきれずに罪を犯すものと考えられる。






(4)自慰行為の生殖能力・生殖器に及ぼす影響

前項でも述べたように、自慰行為は人体の健康に多大な悪影響を及ぼすことが分かっている。
その中でも、特に重大な影響を与えるのが生殖能力に対してである。

男性
まず、自慰行為による過度の射精が無精子症に繋がる危険性について説明しよう。
精子は生殖細胞から分化して生産されており、生殖細胞が有限である限り、生涯での精子生産数は自ずから決まってくる。これは自慰行為による射精回数が直接精子消費量に結びつくことを意味するのではない。射精頻度が増加すると射精1回あたりの精子数が減少する。すると人体は一定以上の精子数を確保するため、精子の生産速度を高める。その結果生殖細胞の消耗が速くなってしまうのである。精子の生産速度増大のメカニズムは分かっていないが、自慰行為により性ホルモンの分泌が活性化されることが一因と考えられている。
次に、自慰行為がインポテンツ、早漏の原因となることを指摘しておく。
前項で述べたとおり自慰行為は強い妄想を伴うが、慢性的な妄想は性的刺激に対する感受性を異常化させることがある。つまり性的刺激に対する感受性が鈍化してしまい、性交時に勃起しないインポテンツ症を発症するのである。
一方それとは全く逆に、早漏の症状を示すこともある。これは日常的に妄想しているため、わずかな性的刺激だけで妄想が増幅し、過度に性的興奮が高まることが原因と言われている。また、自慰行為で繰り返される「摩擦刺激すなわち射精」というサイクルが、一種の条件反射となっているという説もある。

女性
外面的な影響としては、性器の着色と変形がある。
以前より広く知られていることだが、自慰行為の摩擦刺激は皮膚や粘膜組織を黒ずませる。特に大陰唇、小陰唇の濃色化が顕著である。組織が黒くなるのはメラニン色素の沈着のためであり、これは摩擦による単純な刺激のほか、自慰行為による性ホルモン分泌の活性化も影響している。
性器の濃色化の程度は、元々の体質によるところもあるが、概ね自慰行為の回数に比例している。つまり自慰行為の開始年齢が早いほど、自慰行為の頻度か高いほど、より濃い色となる。特にホルモンバランスが不安定な思春期に自慰行為を行なった場合、急速に性器が濃色化していくことが分かっている。
また、自慰行為で性器への摩擦を繰り返すことにより、性器、特に小陰唇が変形する。小陰唇の形が歪になると共に、小陰唇が伸張し、ついには大陰唇からはみ出すようになる。これは排尿に深刻な影響を与え、尿が斜めに放出され、飛沫が飛び散るといった不都合を生じる。
膣内への刺激を続けた場合、膣の緊張が低下し、いわゆる「緩い」と言われる状態となる。これは膣の緊張が高い状態で摩擦すると膣粘膜の損傷が大きいため、膣の緊張を低下させ摩擦を減少させようとする人体の防御反応であろう。また、陰核(クリトリス)への刺激を続けた場合、陰核が通常よりも巨大化する傾向がある。







(5)自慰行為の学習能力に及ぼす影響

自慰行為は集中力をなくすことは従来より知られている。その結果学習能力が低下した事例は枚挙に暇がない。しかし近年の研究においてはさらに驚くべき事実が明らかとなった。
米南アラスカ医科大O.エドワード博士らの研究によれば、自慰行為により脳細胞が部分的に死滅することが確認されたのだ。これは自慰行為の終末期において、脳内にドーパミンなどの脳内麻薬物質が大量に分泌されることにより、脳細胞が壊死するものと推測されている。
10歳から自慰行為を行っていた22歳の被験者の場合、脳細胞の約13%が死滅していた。影響は特に知性や理性を司る大脳新皮質に顕著であり、この被験者は思考力低下、記憶異常などアルツハイマー様の症状を示すに至っていたといわれる。






(6)自慰行為に対する社会的対応の課題

前項までに述べたとおり、自慰行為が人体に有害であることは明白となっている。それにもかかわらず、自慰行為に対する社会的な対応は致命的に遅れている。
たとえば、教育現場において自慰行為の有害性を積極的に教えようとしないのは大きな問題である。これは自慰行為無害説の誤りに気付かない若年者を大量に生み出す元凶となっている。
また、第1項で述べた「多くの若年者が自慰行為の経験があるかのように記述しているサイト」をこのまま放置するのはいかがなものか。このようなサイトは若年者の誤解を助長するものであり、今後法的な規制が必要と思われる。

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
ワシントン州在住でドーナツチェーン『クリスピー・クリーム・ドーナツ』で働く20歳の若者『リック』さん(仮名)。キリスト教を信じるリックさんには、深刻な悩みがある―マスターベーションをしてしまうことだ。
 って、しない方が異常ですから。
 ポルノや自慰行為に罪悪感を抱くのは、我々日本人から見るとおかしなことかも知らん。だって中学生くらいから、男の子ってソレしか考えてないでしょ(笑)。毎日毎日毎日毎日、考えることと言えばソレ。やることといえばソレ。みんな覚えあるだろうが。だから男子厨房は人生で一番マヌケな季節。そして、最も美しい季節であるともいえるのだ。
 マジメな話、欲望を抑圧し続けるとおかしなことになる。おかしな方向へ向う。これはもう必然である。なせかというと、
どんなに気取ったイケメンの男だろうが、股間には金玉をぶら下げているからである。
 金玉は精巣とも言う。精の巣ですよ、お嬢さん。
 若い健康な男ならば、精通あって以降、毎日確実に金玉の中ではせっせせっせと新しく活きのいい精子が製造されている。それらは出所を求めて元気に動き回る。放出せねばならぬ。出来れば種の保存のため、女性の卵子めがけて。しかし毎度毎度そうするわけにもいかぬ。しかし溜まったものは出さねばならぬ。この切ない動物学的などうしようもない生理欲求は、毎度の糞尿の排泄と同様、いつかは体外へと放出しない限り満たされることはない。
 放出は快感を伴う。その快感は一部の間違った趣味趣向(笑)の持ち主でない限り、出来得れば異性の、それも生身の体へと向けることが最大のものとなる。それがかなわぬなら、想像や妄想でそれの疑似体験と共に放出の快感を得る。大人になっても健康な男子ならば、睾丸では毎日せっせと新しい精子が生産され放出を待つ。これを精神力で抑えようとしたところで、抑えきれるものではない。皆さんはくしゃみやあくび、いや小便や大便を精神力で抑えることが自在に出来るだろうか? 出来まい。
 ちなみに健康な男子も、齢四十前後からこの生産能力に衰えが出てくるので、「毎日放出したい」という過剰な生理的欲求のサイクルはゆるやかになる場合が多い。俺のことか? ほっとけ。しかしこれには大きく個体差もあり、六十七十になっても若い頃のまま、放出欲求を過剰に持ち続ける人間もたくさん、いる。これらを正常・異常と単純に分類することはもはや不可能といってもいい。

 以前、教え子の女子(19か20歳)が「彼氏の部屋でエッチな本やビデオを発見した、不潔だと思った」と告白した。
 なにゆえ不潔なのだろうか? そのくらいの年齢の健康な男子なら、当然新鮮な精子が金玉の中で毎日生産され、放出を待ってうようよと蠢いている。いやもうホントに情けないくらいに。
 それらをどう放出、いや排泄すればいいのか。いちいち夢精するまで我慢し続け、その都度パンツをガビガビにするのは知能が低いと言わざるを得ない。ではその都度、つまり排泄の欲求を覚えるたび、彼女を呼び排泄場所とするのか。それでは女の子はトイレと同じではないか。
 彼女との性行為は、当然男の子にとっても大切な、お互いの心の高まりの一致と愛の確認の瞬間でありたい。であるならば、そのほかの、四六時中一緒にいられるわけではないのならなおさら、彼氏の自慰行為すなわち排泄行為を認めるべきであろう。むしろ、自分以外の女体を相手にせず、金で買うような行為もせず、ひたすら自分で排泄は行っているという彼氏の「純潔」を、エロ本やビデオを発見した彼女は賞賛すべきではないのか!? どうかね世の男子諸君!
 …俺のトシになるとどうでもいいんすけどね実際…

 マジメな話、欧米では日本と違いポルノは解禁の国がほとんどだ。そういう国々で性犯罪が少ないかと思うが実はそうではない。それらの国々ではキリスト教的道徳観を厳格に守る人がおり、彼らは彼らでポルノを汚らわしいと思っているだけで、見たい奴は見、見たくない者は見ない。そ
マスターベーションは、80年代前半の日本のアンダーグラウンド・シーンを代表するパンク・バンドの一つだ。81年5月に京都で結成。当初のメンバーは、卑龍(vo&g)、神風(dr)、ロス(b)だった。翌年2月がデビュー・ステージで、まもなく東京でもしばしばライヴをやるようになるのだが、当時ライヴ中によく卑龍は自分の体をカミソリで切り刻んでいた。初の音源発表は、83年2月にからリリースされたコンピレーション盤の『Outsider』。続いて、名曲「兵士トナッテ戦場ヘムカエ!」収録のEPをから出す。マスターベーションにはツー・ビートの速い曲もあるが、ルーディメンタリー・ペナイを思い出すスロー~ミッド・テンポの曲が多く、当時(今においてもだが)のシーンの中でも異色だった。ゴシックとは違う日本的なダークな色彩の音だけでなく、暗部に焦点を当てたような日本語の歌詞も含めて、ドロドロした雰囲気を作り出していた。その後メンバーが抜け、卑龍はマスターベーションの拠点を東京に移した。84年には、奇形児のメンバーのタツシがベース、後にザ・原爆オナニーズやスタークラブ、ブランキー・ジェット・シティで叩くタツヤがドラムに、メンバーが固まる。この編成で、音の抜けがよくなった。まもなくソノシートの『死顔』を出し、85年の頭にはミニ・アルバム『被害妄想』をリリースした。しかし同年3月のステージが、マスターベーションのラスト・ライヴとなった。それから卑龍は、タツシや奇形児のヒロシらと共にトランスフォーマーを結成。ミニ・アルバム『Manoeuvre』を出したが、まもなくシーンからは姿を消した。(行川和彦)
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『リック』さん(仮名)は、ワシントン州に住み、ドーナツチェーンの『クリスピー・クリーム・ドーナツ』で働く20歳の若者。キリスト教を信じるリックさんには、深刻な悩みがあるマスターベーションをしてしまうことだ。

 リックさんは最近、自慰行為は罪深い行為だとの考えを同じくする、やはりキリスト教徒の男性何人かと知り合い、40日間「不浄行為」をしないと誓い合った。聖書に書かれている、砂漠でサタンがキリストを快楽に引き込もうと誘惑し続けた日数と同じだ。リックさんと仲間たちは、電子メールやインスタント・メッセージを通じて、誓いを破らないよう励ましあっている。

 「始めてまだ数日だが、自分の体がいかにそれに慣れ、中毒になっていたかを実感しつつある」今回の挑戦を記録しているウェブログ『フリー・トゥ・ビー・ピュア』に、リックさんはそう書き込んでいる。「我慢するのは大変だが、自分のためだけでなく、一緒にこの禁欲に挑戦している仲間たちのためにも、強くなろう、そしてこの中毒を打ち負かそうと僕は戦っている。みんな、がんばろう! 僕たちは清らかさを取り戻せる」

 リックさんたちが挑戦を始めるきっかけになったのは、『XXXチャーチ』というウェブサイトだ。このサイトは、ポルノと自慰という2大誘惑を克服できるよう人々を支援し、彼らを神に向かわせることを使命としている。

 このオンライン活動は、世界のポルノ産業の中心地と言われる南カリフォルニア出身の2人の若い牧師(写真)が立ち上げたもの。とりわけポルノが蔓延している媒体、インターネットを通じた肉欲の罪に対して、果敢に戦いを挑んでいる。とはいえ、非常に厳しい戦いだ。XXX(ポルノ)サイトが無数にあるのに対し、XXXチャーチはたった1つしかない。

 「(われわれは)キリスト教会がポルノ問題に対して何もしていないのを見て、立ち上がって何か行動を起こそうと決めた」。クレイグ・グロス牧師(28歳)は、2002年にマイク・フォスター牧師(32歳)と2人でXXXチャーチを設立した動機についてこう話す。「キリスト教徒とそれ以外の人々双方に訴えかけるため、通常の教会活動の範疇に当てはまらないやり方をしたかった」

 「最高のキリスト教ポルノサイト」を名乗る同サイトでは、ダウンロードして使える聖書研究素材や、祈りのためのオンラインフォーラム、登録したユーザーが訪れた好ましくないサイトを記録して、指定した第三者にその事実を報告できる(日本語版記事)無料ソフトウェア『X3ウォッチ』などを提供している。

 実用的なアドバイスも多数ある。両牧師が自慰行為の代わりに勧めるのはこんなことだ。「平静を保ち、自らにこう言い聞かせなさい。『自慰よ、私はおまえの奴隷ではない! 私は自分の人生を取り戻す!』(あるいはこれに類する言葉を)。もし、これがうまく行かなかったら、ほかのやり方もある。たとえば、ガムを噛むとか、[ドラッグの禁断症状について歌った]ジョン・レノンの曲『冷たい七面鳥』を大声で歌う、あるいはチョコレートを食べるとか、自分にとっていちばん気の紛れること(ただし自慰以外)をすればいい」

 マスターベーションを戒める教えは、マタイによる福音書5章27~30節に基づくものだ。福音書は肉欲を罪とし、もし体の一部(たとえば右の手)が罪を犯させるのなら、切り取って捨ててしまいなさいと述べている。なぜなら、「体の一部を失っても、全身を地獄に投げ入れられるよりはまし」だから、と。

 両牧師は最初、『セーブ・ザ・キトゥン』(子猫を救え)という電子メールキャンペーンを展開した。メールの内容は、『Photoshop』(フォトショップ)で作った、2匹の大口を開けた怪物が子猫を追いかける画像に、「あなたが自慰を1度するたび……神が子猫を1匹殺す」というメッセージを添えたもの。「子猫を殺す」という比喩が、自慰について人々が語りやすい状況を作ったとグロス牧師は話す。この電子メールは多くの人に広まったが、キャンペーンから派生したビデオ子猫が部屋の端から端まで乱暴に放り投げられる映像のために、不快感を持つ人も出た。

 次の試みは、小人症の人を起用して、「ポルノは君の成長を止める」というキャッチコピーをつけたテレビCMだった。このCMは、MTVやその他の若者向けテレビ番組で流されたが、小人症患者の支援団体『リトル・ピープル・オブ・アメリカ』(LPA)が不快感を表明したことから、放送中止となった。

 XXXチャーチは先ごろ、2本目のCMを完成させたが、こちらも1本目に劣らず物議を醸している。これを監督したのは、『ナットジョブ・ナース』『ジ・アナル・ライフ』などを撮ったベテランのポルノ映画監督、ジェイムズ・ディジョージオ氏。ポルノ業界では『ジミー・D』の名で知られる人物だ。XXXチャーチの両牧師とは、業界誌『アダルト・ビデオ・ニュース』(AVN)がラスベガスで開催している展示会『アダルト・エンターテインメント・エキスポ』の会場で知り合った。両牧師は毎年ここへブースを出し、聖書と「イエスはポルノスターを愛している」と書かれたステッカーを配っているという。

 両牧師から、小人症の人を使ったCMが放送中止になった話を聞いたディジョージオ氏は、新しいCMの監督を無償で引き受けると申し出た。そして完成したのが、人形を使ってセックスを模した場面と、子どもをポルノから遠ざけようという警告からなるCMだ。ディジョージオ氏はこの反ポルノCMを引き受けた動機を公にしておらず、ワイアードの取材依頼にも返答はなかった。

 両牧師のこうした活動は、保守的なキリスト教徒の怒りを買っている。ポルノ関係者と親しくしているなど、およそ聖職者らしからぬやり方が非難を浴びているのだ。

 XXXチャーチの反論メール欄には、別の反ポルノ団体『セッティング・キャプティブ・フリー』の創設者マイク・クリーブランド氏が送った次のような文面が掲載されている。「われわれが両牧師を支持しない主な理由は、彼らのやり方が聖書に即しておらず、聖職者としても実りある結果を生んでいないためだ」。ワイアードはクリーブランド氏に取材を試みたが、この抗議について詳しく語ることは拒否された。

 一方で、両牧師の活動を賞賛する人々もいる。ケンタッキー州でセックス中毒のキリスト教徒向け治療センターを運営する団体、『ピュア・ライフ・ミニストリー』のスティーブ・ギャラガー会長もその1人だ。XXXチャーチという名称を聞いたときには懐疑的だったが、両牧師の訪問を受けてその考えが変わったという。

 「彼らが発する『ポルノより素晴らしいものがある、それはキリストだ』という単純明快なメッセージは、好悪はさておき鋭いものだし、ユーモアのセンスに富んでいる。サブカルチャーの世界にかけたこの橋を、人々がいつか渡ってくる楽天地だと思っていた世界が実はそうではないと分かって、行き場を失った人々が」とギャラガー会長。

 グロス牧師は、他人が自分たちの活動をどう思っているかなど、あまり気にしないと述べている。

 「キリスト自身も物議を醸した人物なので、(われわれも)人に嫌われようがかまわない。ただ、悲しいのは、非難の多くがキリスト教徒から寄せられることだ。ちょうどキリストの時代と同じように。信仰に篤いとされていた人々が、きまってキリストを非難した」

 批判を受けながらも、両牧師は講演で各地を回ったり、インターネットで流すリアリティー番組の準備をしたりと忙しく活動している。この番組は2人の「ポルノの世界における冒険」を記録するもので、実在のポルノ俳優や、ポルノ中毒を克服しつつある若者なども登場する予定だ。番組のタイトルは、『ミッショナリー・ポジション』(聖職者の立場/正常位)という。

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
強迫的マスターベーションは、精神的・感情的・道徳的に有害である

マスターベーションについての一般的な見方として、“それは精神安定剤的なものでなんら問題はない”、“それをしたからといってだれも傷つけない”、“それが原因で何かの病気にかかることはない”などと甘言を垂れる医者さえ存在します。そのような無責任で うわべだけの発言は、強迫的マスターベーションが習慣になっているマスターベーション中毒者を助けるどころか、混乱させ、その悪習から抜け出すのをますます困難にしています。では、マスターベーションは本当に医学的に無害なのでしょうか?

マルコム・カーラザーズ博士(病理学者・イギリス)は、「マスターベーションは大抵欲求不満によって引き起こされ、“自涜(じとく。文字どおりには「自分を冒涜すること」を意味する)”という言葉が示しているように、根本的には自分自身に対する攻撃行動であると精神病学者たちは述べている。したがってノルアドレナリンの分泌は比較的多く、その結果血液中の脂肪の値が上がっても、マスターベーションに伴う筋肉活動で使い尽くされる量はわずかである」。このようにして発生する血液中の脂肪が冠状動脈に凝固物を生じさせるので、マスターベーションについて昔から言われていること、つまりそれが顔面蒼白、精力消耗、不眠、不妊、意志薄弱、生殖器の萎縮、心臓発作の原因になるという考え方は、「結局ある程度の真実性を帯びているのではないか」と述べています。(「西欧の死の道」)

それよりももっと恐るべき影響は、強迫的マスターベーションが、その人の精神・感情・道徳面におよぼす影響です。アメリカーナ百科事典はこう認めています。「マスターベーションに対する最も新しい見方は、その精神的な有害性を認める点にある……それは肉体上のなんらかの障害から来るのではなく、自涜を行なう人のいだくある種の罪悪感、およびそれによって仲間との自然な交流を持ちにくくなることから来るものである」。強迫的マスターベーションは人の人格性質を変えてしまいます。物事に対する健全な見方、また異性や他の人々に対する正しい態度が取れなくなります。その人を引っ込み思案にならせ、生産性を著しく低下させます。

マスターベーションは性欲処理に必要だという考え方は危険です。マスターベーション自体が性欲を増進させるのです。人間の脳は、習慣的に使っている回路をより強化していきます。そして使わない回路はだんだん萎(な)えていきます。マスターベーションによって性欲ばかり増進させ、人生に必要な克己心や自制心という回路がどんどん失われていくなら、どんな生涯になるでしょうか。男性の場合、マスターベーションをしなくても、体は自然に精液を一定の量に保ちます。仮に過剰になったとしても、夢精(睡眠中に自然に射精すること。しばしば性愛の関係した夢を伴うことからこの名がついた)というごく自然な生理現象によって処理されます。次にマスターベーションの衝動が起こった時、あなたは、脳のどんな回路を強化したいのかよく考えることです。この、「よく考えている」時に、脳は克己心(おのれに打ち勝つ心)や自制心(英文字義では「自分をコントロールする心」)という回路が強化され、不自然な性欲の回路が消えはじめます。そのようにしてあなたは、強迫的マスターベーションの悪習から徐々に解放されるのです!

強迫的マスターベーションをする理由(原因)を知り、予防する

ある20代の男性は、「自分にはうつ病の気とマスターベーションの習慣があるため、何度も自殺を考えました」と述べています。死ぬ気になればなんでもできるという人がいますが、強迫的マスターベーションの習慣におちいってしまった人にとって、この呪縛から逃れるには死を選ぶしかないと感じるほど、この習慣は精神の奥深くまで突き刺さっているようです。

「マスターベーションと成人の性徴」という本の著者は、次のように述べています。「マスターベーションをするという決定は、目的のある社会活動によってその弱点を改めようとしていないことを意味する。……緊張するといつでも、“問題の解決”と“マスターベーション”の両方を試みるという一般的な方策を採用できるのは事実である。しかし、体はいつも自分が持ち歩いているので、後者の“解決策”を用いたいという誘惑は非常に強い。したがって、問題の真の解決策を考え出すこととそれを実行することに注意を集中するのが最善である」。ということは、マスターベーションの悪習自体が問題になっている場合、それをマスターベーションで解決しようとすると、ますます問題が大きくなる......というバグが生じ、最後にはフリーズしてしまうかもしれないのです。

なにごとも、問題の原因をよく考え、原因に対する対処をしていくようにしましょう。マスターベーションをさせようとする原因のうち最大のものは、おそらくポルノでしょう。インターネットを利用していてポルノに接することでマスターベーションの悪習に逆戻りするのであれば、何らかの措置が必要です。アダルト情報にアクセスできないようにするソフト(Symantec社のInternet Securityなど)を導入するとか、オンラインするパソコンは、家族みんなの目に触れるところに置くなど、断固とした手段をとるのです。新しいソフトの購入には費用もかかりますが、それによって節約できる時間や、身につく克己心には換金できないほどの益があるのではないでしょうか。

ほかにも原因があります。1946年版のブリタニカ百科事典によると、性的衝動を抑える方法として、「肉やスパイスを多量に使った食事、とりわけ酒類を避けることが肝要である」と述べています。ほかにも、体にぴったりし過ぎる服や一人だけでいる時間が長いことなどが原因となることもあるようです。自分の一週間の活動を、建設的で生産的な活動計画で満たし、脳の回路を生産的なことから満足感を得ることができるように徐々に改造することが大切です

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]

 東京・浦安の「あべメンタルクリニック」院長の阿部輝夫さんは,精神科領域における性障害の治療の第一人者として知られる。5月18日に慈恵医大講堂で開催された第32回性治療研修会(日本性科学会主催)で,19年間の臨床経験から腟内射精障害に関する統計を報告した。それによると同障害患者は218名。そのうち81名(37.2%)の原因が「非用手的マスターベーション」,48名が(22.0%)「強すぎるグリップ」であり,ふだんのマスターベーションの方法に問題があるケースが多いことがわかった。


●「週刊誌で挟んでこする」も

 あべメンタルクリニック院長の阿部輝夫さんは,性障害の疾患別初診患者数を84年5月から毎年調べており(96年までは順天堂大学浦安病院精神科勤務),03年5月で19年間の統計がまとめられた。

 一番多かったのは勃起障害の817名で,以下「性転換症」605名(FTM240名, MTF365名),性嫌悪症357名(女性208名,男性149名),性欲障害305名,腟内射精障害218名,性交疼痛症151名,早漏72名,「両性服装倒錯症」53名などとなった。
 これらの中で最も注目されるのは,「原因が不明なまま,この数年急増している」という男性の性嫌悪症であり,この分析については昨年の研修会で報告している(02年6月号参照)。

 阿部さんが今回分析したのは腟内射精障害で,その最大原因は「非用手的マスターベーション」で81名(37.9%)が該当した。以下「強すぎるグリップ」48名(22.0%),「ひとりでないと射精できない」38名(17.4%),「包茎手術後の違和感・過剰刺激」および「ピストン運動ではない刺激」がそれぞれ13名(6.0%)など。子孫拒否,フェティッシュ,体液恐怖が,それぞれ4,3,1名に見られた。

 81名の「非用手的マスターベーション」の内容としては,「シーツにこすりつける」が圧倒的に多く(43名),次に「フトンや枕を股間に挟んでこする」(28人)が目立った。このほか「ペニスを股間に挟んで圧迫」4名,「畳にこすりつける」3名,「週刊誌に挟んでこする」2名,「会陰部をクッションにこすりつける」1名だった。

 2番目に多い原因の「強すぎるグリップ」に関して,マスターベーションを想定したグリップを握力計で測定したところこれらの患者は全員が10・を超えていた。これに対して健常者の同様の測定では4~5・が多かった。強すぎるグリップによるマスターベーションになれたために腟内射精障害となったわけだ。


●治療に「コンドーム・マス法」を考案

 最大原因の「非用手法」の治療としては,従来慣れ親しんだ刺激から手の刺激によって射精可能となり,されに腟内で射精可能となるために段階的な訓練を行う。糊のきいたシーツから柔らかい布,ガーゼと進み,手で可能になってから阿部さんが考案した「コンドーム・マス法」を行う。

 これは内側に潤滑剤をつけたコンドームを使うもので,それによって「腟内のぬるぬるした状態に似せる」。このペニスを柔らかなグリップで適度なピストン運動で刺激するというもの。「マスターベーション回数の個人差にもよるが,一般に半年ほどのコンドーム・マス法によって治ることが多い」と阿部さんは言う。

 阿部さんは報告ではふれなかったが抄録集には「近年,若者のマスターベーションが,前述のような奇妙な方法によるものが増えている。マスターベーションに『正しい方法』とか『間違った方法』などがあるのかどうかは判らないが……」と記している。

 報告終了後にフロアーから「男性はマスターベーションの方法を,自分で偶然に知る場合と周囲から教えられる場合とがあるようだが,教えることに積極的になったほうがよいのだろうか」との質問が出され,阿部さんは「そうかもしれない」と答えていた。
20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
マスターベーションは、彼女らに高度な性的な自由を与える一方で、女性に自身の体を探検する機会を与えます。

 それは、パートナーに頼って、性的な喜びを経験して、「彼女ら」が選択をする性的な緊張を解放する機会を女性に与えます。

 マスターベーションは、制御している女性に対して自身の体と性的関心に非常に能力を与えます。

 マスターベーションは、すばらしい教育手段です。そして、自身の体が性的な刺激に応答する方法について、女性に教えます。

 多くの通常で健康な女性のために、マスターベーションはオルガスムを経験する彼女らの予備的なまたは手段だけです。

 マスターベーションする一方で、女性がパートナーの必要について悩む必要はなく、理想的な精神的で身体的な刺激を提供することができるので多くの女性は、最も激しいオルガスムを経験します。

 幼少から成熟まで、マスターベーションは、人生を通じて女性のとてもためになります。

 女性には、必ずしも性的なパートナーがいない時でも彼女には常に彼女自身がいます。マスターベーションは、ためになります!
 マスターベーションは、少女または女性がしばしば学ばなければならない性的な技術についての性的な活動です。そして他の性的な種類を楽しむ鍵を握る最初で最も多くの意味を含んでいます。

 理想的には、この技術は思春期かその前に学ぶことです。しかし、非常に多くの女性は、10代後半または20代前半までに学んでいます。

 10代の女性の発達中の性の差による活力について述べる建設的な手段を持つように学ばれなければならないか、少なくとも知っていることが大切という理由としては、思春期の前にとなります。

 それも、彼女らの絶えず変わる体の自分の認識を増やして、それの制御の若干の感覚を提供します。

 ティーンがマスターベーションする方法を知っているならば、彼女が感情的に、そして、身体的に準備ができる前に、性的なパートナーを捜すことを強要されることはありえないでしょう。

 少女が10歳から14歳の間で初潮を迎える時から10代の後半になるまでに、彼女らの体は本当に妊娠、出産と授乳の備えができていません。

 マスターベーションは、若い女性に性的な欲求不満以外の選択またはパートナーとのセックスを提供します。
20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
僕は正直、この年になってもマスターベーションをする事がある。
SEXをしていない訳ではない。
SEXとオナニーのどちらが好きかと聞かれれば、即答で『SEX』と答える。
それなのにマスターベーションをする…
なんでなんだろう…?



僕が初めて性的快感を覚えたのは、小学生の頃。
確か、3、4年生の頃だったと思う。
校庭にあった『のぼり棒』に登ってる時だった。

『のぼり棒』っていうのが、正式名称かは知らないけど、とにかく鉄製のパイプが何本か立てられていて、それに足を絡み付けて、手と足を使って上に登るっていう遊具だったと思う。

いつもの様に放課後の校庭で遊び、のぼり棒に登ってるトキだった。
棒を股に挟む様にして登るから、当然、僕のアソコは棒に密着している。
押し付けてると「なんとなく気持ちイイ」って感覚は以前からあったんだけど、その日はちょっと違った。
いつもと同じく勢いよく棒を登っていく…

ジーン…(或いはジワーン…)

そんな感覚がアソコに走った。
くすぐったい様な気持ちイイよーな…
なんだか分からないけど、凄く気持ちイイ。

その頃は分からなかったけど、今にして思えば、射精と同じ感覚だ。
かといって射精はしているワケではない。
例えるなら『空撃ち』って表現が相応しいのかも…

とにかく、それからは『のぼり棒』に登る度に、その快感が味わえた。
今までよりも『のぼり棒』に登るコトが多くなった。

…が、しばらくすると、なんだか、その行為自体、『イケナイ事』をしている様な気がして、段々と『のぼり棒』に登る頻度は減っていった。

その後、中学生になり、『のぼり棒』に登るコトは全く無くなったけど、平均的なオトコがそうである様、今度はホントのオナニーを覚えてしまうコトとなる。

しかし、彼女が出来て、SEXをする様になっても、オナニーはオナニーとしてしてしまうモノだ。
どーしてなんだろう?
SEXの方が全然気持ちイイし、素敵な行為なんだけどね。

オナニーは単なる性的欲求の処理なのか…?

男は皆、そんなカンジだと思うけど、女のコのオナニーの実態って、どーなんだろうね?
100人の女のコの内、一体何人位が日常的にオナニーをしてるものなんだろう…?

そして、なぜ、オナニーをしてしまうんだろうね…?
どなたか僕に教えて下さいっ♪

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
これから述べることは、私の偏った思いや意見が含まれることを考慮のうえ、お読み下さい。


手を動かせない男性にとって最も困るのことは、性的生理の処理、自慰行為、いわゆるマスターベーションである。マスターベーション自体は絶対にしなければならないものではない。なければないで済むことであり、別段、生命に関わることではない。しかし特に男性の生理にとっては大事な事柄である。週刊誌などのゴシップメディアには、女性の中にもマスターベーションをするとある。
 マスターベーション、オナニーは自身の性器を刺激し、性的快感を得る為の行為であると私は理解する。では自分以外が間接的に行えば、性的行為、いわゆる日本風に言えば、SEXをするという行為になるのだろうか。
 見方を変えれば自分以外のものが間接的に行うのだから、自慰行為ではなくなってしまうから他人と行う性行為になってしまうのだろうか。
 それでは私のように手が曲がり、自由も利かず、股間に手の届かない者がマスターベーションをするとしたら、どのようにするかと言えば、誰かの手伝いをもらうしかない。しかしマスターベーションを含む類のものは、一般的に人知れず密かに行うというものという意識があり、「マスターベーションをしたいから、私の代わりにしてくれないだろうか」と手助けを受けることは女性ならずも、男性にも抵抗感が存在するように思う。女性の中には性的な卑猥な話を極端に嫌う人、極度に嫌悪感を表す人や言葉にする人がいる。
 自身の体の一部である性器を触れることは、女性であれば間接的ではあるが、排尿後の始末、生理の際の処理など、また入浴の際に洗う時くらいだろう。男性は排尿の際に直接に触れたいと思う。そしてまた男性性器は排尿器官だが性的興奮を感じたりした場合、勃起すると共に、勃起した際には性的快感を覚える部位である。その為におのずと男性は女性に比べ、性器に触れる機会が多いこともあってか自身の性器に触れたい、性的快感を得たいと思うこともあり触れる機会も多いようにも思う。
 私を含め、マスターベーションを他人の手を借りてでもしたいと思う者の論理(私の一方的で勝手な論理だろうが)からすれば、「たかが手を貸すだけなのだから・・・」と思う。では逆の立場からすれば、どのように思い、考えるのだろうか。ある女性の友人に意見を訊いたところによれば、親や兄弟に頼まれたとすれば可能かも知れない。と言った。また排尿介助をするように生理と思えばとも。
 私が思うに、男性の場合(中には女性にあるかも知れない)、射精を伴うマスターベーション、何らかの障害により射精を伴わないマスターベーションは、男性の生理的な現象と考えていると思うのだがどうであろうか。ある人は尿や便を催すように、マスターベーションも同じようなものと言った。
 では女性はマスターベーションについて、どのように考えるのだろうか。


 私は寝たきりの状態にあり、更には腕、指は曲がり、動かすこともできないこともできない。当然のことながら日常的に排尿、排便介助を受けている。そうするとマスターベーションをしたくなりどうにもたまらず、「してくれません?」かと口にしたくなる。しかし「なに言うの?」、「私はそんなことをする為にいるんじゃない」、「どうして私がそんなことをしなければならいの?」と言われるのではないかと思うと、精いっぱいの理性で口にすることを抑えている。
 もしも言葉にすれば理性のない奴だと軽蔑されるだろうが、介助者に事実「して欲しい」と依頼したことがある。そして手を添え、してくれたことも幾度かある。また私はできないと言う人、手でしてあげることができないと言うかのように、無言で手を陰部にもっていってくれる人、後始末をしてくれる人もあった。しかし依頼したことが元で、ぎこちない関係に陥った人もある。だからといって、そのようになったことを責めるつもりはない。マスターベーションがしたいから、」して欲しい」と言えば驚き、戸惑うのが当然の反応だろう。
 マスターベーションができないから「手伝いや自分の手の代わりをして欲しい」と思う以上、別段、女性である必要はないし、男性でも構わない。あえて理想を言うならば、私は男性である限り、女性の柔らかな手を借りたい。しかしそれではまるで手が動かせないことをいいことに、風俗産業まがいのことをさせている。と思う人が多いだろう。もっとも男性は理解して貰える人は多いだろうが、女性の中にも理解してくれる人も皆無ではないと思う。ただ女性はマスターベーションや男性のように自身の性器に触れたい、性的快感を得たいと思うことは少ないだろうし、頭では理解はできても、生理的には理解は難しいだろう。しかし理解して欲しい。それが切なる希望だ。


今、改めて考えると、なんとも情けなく、悲しい気持ちになる。なぜなら、寝たきりの状態で自分の性器も触れることもできないうえに、マスターベーションをしたい、性行為をしたいと思うことが頭から離れないからである。性欲はどのような状態や状況になってもなくならないことは、ごく当たり前のことではあるが、私には大きな荷物になっている。


最後にマスターベーションやマスターベーションの介助、代行に関する貴方の思いや意見をお聞かせ下さい。

意見やメッセージを書き込み、論議の場にしていただければ嬉しく思います。

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
東北道の鹿沼インターからさつきロードに入る交差点に、「もういらない、みんなでなくそうポルノ自販機」という看板があります。まったく同じものが、例幣市街道に一つと、同じような内容の物が壬生駅の近くにもあります。  
 この看板を見るたびに、私は「一体誰が、何のために作ったのか?」「本当にポルノ自販機は、いらないのか?」と、疑問を感じると共に、腹立たしい気持ちになります。ポルノ雑誌は、ある意味では健全な青少年の育成に必要なものだと思います。それは、マスターベーションの必要性と直結しているものです。

 そして自販機は、羞恥心の強い思春期の青少年にとっては、強い味方となってくれているのです。
(成人男性の皆さん、若い頃、自販機でポルノ雑誌を買った事がありませんでしたか?私の周囲の人は、ほとんどが自販機の経験がありました。)マスターベーションの必要性については、改めて考えてみる必要もないでしょう。日本思春期学会では、性欲が極めて旺盛な青少年に対して、性欲が抑えきれなくなった時の処理方法として、マスターベーションを勧めています。また日本性科学会でも、マスターベーションは「1人で行う性行為の一形態」と位置付けており、性機能障害の治療においても、重要な技法の一つになっています。そのマスターベーションには、ポルノ雑誌は必要な視覚的刺激(いわゆる「おかず」)であることは言うまでもありません。青少年達が性欲の正しい処理方法であるマスターベーションを行なう時に、ポルノ雑誌は有効かつ必要なのです。

 皆さん、この看板の文章で「もういらない」と言っているのは「自販機」だけではなく「ポルノそのもの」に対してというニュアンスが受け取られませんか?この看板は、青少年が必要不可欠なこととして、マスターベーションを行う事、そしてそこにはポルノ雑誌が必要であること、という事実を無視しているのです。この看板を作った人がもし男性だとすれば、その人は自分が若い頃、ポルノ雑誌を見て、あこがれの「女性」に対する想像をめぐらせながら、マスターベーションをしていた頃の事を忘れてしまったのでしょうか。また女性であれば、そのような夫の過去を受け入れられない人なのでしょうか。誰もが始めからセックスの達人ではありません。初めてのセックスでとまどい、そしていろいろな体験をしながら、人類に与えられた大きな喜びであるセックスを男女ともにより楽しめるようになっていくのです。その過程の中で、マスターベーションは(特に男性にとって)重要な要素と言えます。そのマスターベーションそのものを否定するようなこの看板が、市街地に堂々と立ててあることにいきどおりを感じずにはいられません。皆さん、どのように思われますか?

 もしかしたらこの看板は、ポルノそのものの否定ではなく、あくまでもポルノ自販機の否定に過ぎないのかも知れません(たとえば、その利益が悪用されている、などの理由により)。そして決してポルノそのものの否定ではなかったのだとすれば、今回の議論はまったく的外れなものになってしまうのですが、そうだとすればそのように、はっきりと看板に書くべきだと思います。

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
マスターベーションは、ただ単に性的快楽の追求というだけではなく、心の癒しの手段としてなされていることがあります。
そういう場合には、心の問題を解決することが、マスターベーションから解放される近道です。
また、性的欲求をコントロールする「昇華」という発達課題をこなしている時期の問題である場合もあります。
つまり、心の成熟が求められているための問題であるということです。
マスターベーションを解決するために、早く結婚をしなさいということが冗談混じりで言われることがあります。
聖書にもそれらしいことばがありますが、それが聖書の考え方であるとすれば、正しい理解ではありません。
実際、マスターベーションは結婚で解決する問題かというとそうではありません。
意外と伏せられていることですが、既婚者もまた、様々な理由で、マスターベーションに浸るということがあります。

 つまり、性的欲求をコントロールするという課題は、結婚すれば解消するかというとそうではないのです。
性的欲求が必要に応じて、つまりパートナーの合意によって満たされるためには、それなりの関係を創っていく必要があります。
独身時代には抽象的な課題であり、難しいことかもしれません。
 なお、マスターベーションがいけないというのは、その行為が悪いというよりも、そこでなされること、女性を連想し、女性を性的欲求のはけ口としてなしてしまう問題のように思います。
グラビアを見ながらマスターベーションをするというのは、まさに女性を物として見ているのですし、女性の身体の一部を、女性の人格から切り離して見ていることで、女性を尊重する心を欠いています。

性は人格的な接触であり、身体のみの接触ではないはずです。性的欲求に伴う心の成熟が必要とされているのでしょう

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
Lisa Palacによるこのエッセイは、彼女が自他共に認めるラディカル・フェミニストだった大学時代からはじまります。 アーティストとしてフィルムを勉強していた彼女は、女性学のクラスでCatharine MacKinnon、Andrea Dworkin、Gail Dinesらによる反ポルノグラフィ論に大いに影響を受けるのですが、ふとした事から、普段はフェミニズムに対して理解ある言動を示している彼女のボーイフレンドが、実はポルノビデオを何本も隠し持っていた事を発見します。

「いますぐビデオを捨てなければ別れる」と迫る彼女に対して、「君がそういうなら捨てるけど、その前に一度このビデオを見て欲しい。 僕の事を誤解しないで欲しい」と答える彼。 さんざん言い合った挙句、結局彼女は「内容によっては別れよう」と思いながらも彼と一緒にビデオを見る事に同意します。

そこで彼女が見た物、それはMacKinnon氏の著書などから彼女が思い描いていた暴力的な描写でも女性を物として扱う映像でもなく、ただ単にカメラの前で男女が裸になっていちゃつくだけの、芸術的に「クズ」としか呼べない三流映画だったのです。 予期が外れて、ある意味ではほっとした彼女ですが、それでも不思議に思ったのが、何故男はこんなくだらない三流映画に熱中するのかという事。 その後何本かボーイフレンドと一緒に見ても、興奮するのは彼だけで、彼女にとってはただ単に退屈かつ幼稚な映像としか見えません。

そのうち、彼女は自分が映画監督の卵として、つい分析的な視点からポルノを見ていた事に気が付きます。 そのような見方をする以上、演技や脚本のまずさばかりが目立ってちっとも熱中できません。 そこで、彼女はビデオを一本借りてきて、自分の部屋で自分だけになって、初めて「楽しむ」ことだけを目的としてポルノを見るのです。そして、その時始めて彼女は罪悪感を感じずにマスターベーションで性的に興奮できる事を「発見」しました。 それはすぐに、男性のマスターベーションが当り前の物とされているのに、女性のマスターベーションだけをことさらタブーとする社会風潮への批判に繋がります。

ここで彼女は、MacKinnonらラディカルフェミニストは「男性による性的搾取」への回答として、女性が自身の性的欲望を否定するか、あるいはレズビアンになるか以外の選択を女性に提示していないと感じます。 過半数の女性はヘテロセクシャルなのに、そうしたヘテロセクシャルの女性が性的な主体となるためのサポートをラディカルフェミニズムが提供していない事に気付いたのですね。

マスターベーションがなぜ重要かというと、マスターベーションという選択肢が無ければ、彼女を含むヘテロセクシャルの女性にとっては自らのセクシュアリティを男性に全面的に依存する事になってしまうからです。 つまり、女性の性的主体性を奪っているのは強制異性愛制度だけではなく、マスターベーションをタブー視する風潮であると指摘するのです。

そこで彼女は考えます。 男性のマスターベーションが当り前とされるのは、男性向けのポルノグラフィがそこら中に溢れている事と無関係ではない。 ところが、それらの多くは男性の視点から男性を興奮させるために作られており、女性が見て興奮できるポルノグラフィは圧倒的に少ない。 女性の視点から女性を興奮させるために作られたポルノグラフィが増えたら、より多くの女性がマスターベーションをするようになり、女性の性的自立は実現するのではないか? そう彼女は結論付けます。

ここまで言えばもうこの先はお分かりでしょう。 彼女は大学卒業のプロジェクトとして監督・主演して女性向けポルノグラフィを制作し(男優は当然、彼女の人生を変えたボーイフレンド氏です)、卒業後も数少ないヘテロセクシャルの女性のための本格的(ここでは、芸術的価値があるということ)ポルノグラフィを作る活動をしています。

彼女の活動は、言葉の上でポルノグラフィとエロティカを区別してエロティカへの理解を装いつつもレズビアン以外のエロティカの成立可能性を極端に難しくしたラディカルフェミニスト的アプローチとも、ただ単にセックス革命(フリー・セックスを行うなど、社会的な性に関する規範に反抗する運動だが、男性中心的な点は古い規範と変わらない)に雷同するだけのこれまでの「セックス・ポジティブな女性」とも一線を画し、自分の欲望をしっかりと認識した上で「ほんとうの自分」としての女性の自立を追及したという点でユニークであると共に、非常に第3波的であるといえます。

「女性の性的客体化」という深刻な問題に対し、彼女はポルノグラフィというメディアを否定するのではなく、女性の性欲を主体的に捉えるポルノグラフィを実際に制作する事で回答としましたが、このようなポジティブなフェミニズムが今のフェミニズムの梗塞状態の打開に繋がるかも知れないと期待しています。

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
(1)自慰行為の経験率

下のグラフ1は厚生省がまとめたの自慰行為の経験率を示したグラフである。




まず注目すべき点は、自慰経験者が全体のごく少数であることである。
思春期後の20歳で言えば、男性で10.1%、女性で1.3%の者が自慰を行なっているにすぎない。つまり自慰行為とは性欲の旺盛な一部の者にだけ見られる特異な性行動と言える。特に女性の自慰経験率は男性に比べても低く、極端に性欲の強い者のみが自慰行為を行なっていると言える。
インターネット上のサイトに、あたかも多くの若年者が自慰行為の経験があるかのように記述しているものが見受けられるが、これは完全に誤った情報である。おそらくは、自慰行為中毒者が自身の自慰行為に対する罪の意識から逃避するため、このような情報を流しているもの思われる。

次に、40歳50歳の自慰経験率が急激に上昇していることに注目してもらいたい。
これは20世紀の中期に、いわゆる「自慰行為無害説」が流布されたことが影響している。
現在では自慰行為が人体に有害な影響を与えることは明白となっているが、当時は自慰行為無害説が主流であった。そのため、20世紀中期に思春期を迎えた40代50代が、当時大量に自慰行為に走ったものと考えられる。







(2)自慰行為に対する意識

グラフ2のアンケート結果を見てもらいたい。これは総務庁が行なった意識調査の結果である。

グラフ2



自慰行為者に対するイメージは、大多数が否定的なものである。むろん「その他少数意見」の中には肯定的な意見も含まれていたが、おそらく自慰行為中毒者の自己弁護的な意見が集計されたものと推測される。
この結果からも明らかなように、自慰行為は社会的には完全に「異常な性行動」と認識されている。ここまで極端な意識傾向は、ときとして自慰行為中毒者に対する差別をも生みかねないが、自慰行為の有害性を考えればある意味やむを得ないものであろう。





(3)自慰行為の肉体的・精神的健康に及ぼす影響

一部の者が「自慰行為は無害」と声高に主張しているが、世界的に見て現在このようなことを言っているのは日本だけである。確かに欧米でも20世紀の中期に「自慰行為無害説」が広まったことはあったが、近年の先進的な研究から自慰行為の様々な有害性が明らかになり、欧米では自慰行為有害説はもはや常識となっている。

肉体的健康
まず、自慰行為はエネルギー消費が大きく、身体を極度に疲弊させる。これはひいては全身の急激な老化現象をひき起こすことがある。マウスに電気刺激を与え強制的に射精させた実験では、自慰マウスの集団はそうではない集団に比べ、約15%寿命が短いことがわかっている。
また、統計的なデータからは、自慰行為者には癌の発生率が高いことが明らかになっている。これは自慰行為による陰茎や膣への不自然かつ過度な摩擦が異常刺激となり、細胞の癌化を促しているものと考えられる。

精神的健康
自慰行為はその行為に際し性的な想像を必要とする。自慰行為中毒者は頻繁に性的想像を行うため、妄想が高じ、結果精神障害を発症するに至る。自慰行為者は自慰行為を続ける一方、自身の自慰行為に対して嫌悪感を抱いており、そのような心の葛藤が精神の破綻を生じさせているのであろう。また、自慰行為者の妄想は現実離れした自分に都合のよい自己中心的なものであることが多く、そのような自己完結した思考が精神の破綻を加速させているという説もある。
自慰行為の影響はそれだけに留まらない。精神障害の末、暴力行為、強盗などの犯罪を犯す事例も多く見られるのだ。1992年に米ミズーリ州で発生した銃乱射事件で犯人は、当初麻薬中毒者と思われていたが事件後の検査で麻薬陽性反応は見られず、自慰行為中毒者であることがわかった。そもそも自慰行為中毒者は性的欲求をはじめとする欲望が強く、またその欲望を抑制することができないために自慰行為を繰り返えしており、金銭欲、自己顕示欲などが背景となる犯罪についても同様に欲望を抑えきれずに罪を犯すものと考えられる。






(4)自慰行為の生殖能力・生殖器に及ぼす影響

前項でも述べたように、自慰行為は人体の健康に多大な悪影響を及ぼすことが分かっている。
その中でも、特に重大な影響を与えるのが生殖能力に対してである。

男性
まず、自慰行為による過度の射精が無精子症に繋がる危険性について説明しよう。
精子は生殖細胞から分化して生産されており、生殖細胞が有限である限り、生涯での精子生産数は自ずから決まってくる。これは自慰行為による射精回数が直接精子消費量に結びつくことを意味するのではない。射精頻度が増加すると射精1回あたりの精子数が減少する。すると人体は一定以上の精子数を確保するため、精子の生産速度を高める。その結果生殖細胞の消耗が速くなってしまうのである。精子の生産速度増大のメカニズムは分かっていないが、自慰行為により性ホルモンの分泌が活性化されることが一因と考えられている。
次に、自慰行為がインポテンツ、早漏の原因となることを指摘しておく。
前項で述べたとおり自慰行為は強い妄想を伴うが、慢性的な妄想は性的刺激に対する感受性を異常化させることがある。つまり性的刺激に対する感受性が鈍化してしまい、性交時に勃起しないインポテンツ症を発症するのである。
一方それとは全く逆に、早漏の症状を示すこともある。これは日常的に妄想しているため、わずかな性的刺激だけで妄想が増幅し、過度に性的興奮が高まることが原因と言われている。また、自慰行為で繰り返される「摩擦刺激すなわち射精」というサイクルが、一種の条件反射となっているという説もある。

女性
外面的な影響としては、性器の着色と変形がある。
以前より広く知られていることだが、自慰行為の摩擦刺激は皮膚や粘膜組織を黒ずませる。特に大陰唇、小陰唇の濃色化が顕著である。組織が黒くなるのはメラニン色素の沈着のためであり、これは摩擦による単純な刺激のほか、自慰行為による性ホルモン分泌の活性化も影響している。
性器の濃色化の程度は、元々の体質によるところもあるが、概ね自慰行為の回数に比例している。つまり自慰行為の開始年齢が早いほど、自慰行為の頻度か高いほど、より濃い色となる。特にホルモンバランスが不安定な思春期に自慰行為を行なった場合、急速に性器が濃色化していくことが分かっている。
また、自慰行為で性器への摩擦を繰り返すことにより、性器、特に小陰唇が変形する。小陰唇の形が歪になると共に、小陰唇が伸張し、ついには大陰唇からはみ出すようになる。これは排尿に深刻な影響を与え、尿が斜めに放出され、飛沫が飛び散るといった不都合を生じる。
膣内への刺激を続けた場合、膣の緊張が低下し、いわゆる「緩い」と言われる状態となる。これは膣の緊張が高い状態で摩擦すると膣粘膜の損傷が大きいため、膣の緊張を低下させ摩擦を減少させようとする人体の防御反応であろう。また、陰核(クリトリス)への刺激を続けた場合、陰核が通常よりも巨大化する傾向がある。







(5)自慰行為の学習能力に及ぼす影響

自慰行為は集中力をなくすことは従来より知られている。その結果学習能力が低下した事例は枚挙に暇がない。しかし近年の研究においてはさらに驚くべき事実が明らかとなった。
米南アラスカ医科大O.エドワード博士らの研究によれば、自慰行為により脳細胞が部分的に死滅することが確認されたのだ。これは自慰行為の終末期において、脳内にドーパミンなどの脳内麻薬物質が大量に分泌されることにより、脳細胞が壊死するものと推測されている。
10歳から自慰行為を行っていた22歳の被験者の場合、脳細胞の約13%が死滅していた。影響は特に知性や理性を司る大脳新皮質に顕著であり、この被験者は思考力低下、記憶異常などアルツハイマー様の症状を示すに至っていたといわれる。






(6)自慰行為に対する社会的対応の課題

前項までに述べたとおり、自慰行為が人体に有害であることは明白となっている。それにもかかわらず、自慰行為に対する社会的な対応は致命的に遅れている。
たとえば、教育現場において自慰行為の有害性を積極的に教えようとしないのは大きな問題である。これは自慰行為無害説の誤りに気付かない若年者を大量に生み出す元凶となっている。
また、第1項で述べた「多くの若年者が自慰行為の経験があるかのように記述しているサイト」をこのまま放置するのはいかがなものか。このようなサイトは若年者の誤解を助長するものであり、今後法的な規制が必要と思われる。

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
ワシントン州在住でドーナツチェーン『クリスピー・クリーム・ドーナツ』で働く20歳の若者『リック』さん(仮名)。キリスト教を信じるリックさんには、深刻な悩みがある―マスターベーションをしてしまうことだ。
 って、しない方が異常ですから。
 ポルノや自慰行為に罪悪感を抱くのは、我々日本人から見るとおかしなことかも知らん。だって中学生くらいから、男の子ってソレしか考えてないでしょ(笑)。毎日毎日毎日毎日、考えることと言えばソレ。やることといえばソレ。みんな覚えあるだろうが。だから男子厨房は人生で一番マヌケな季節。そして、最も美しい季節であるともいえるのだ。
 マジメな話、欲望を抑圧し続けるとおかしなことになる。おかしな方向へ向う。これはもう必然である。なせかというと、
どんなに気取ったイケメンの男だろうが、股間には金玉をぶら下げているからである。
 金玉は精巣とも言う。精の巣ですよ、お嬢さん。
 若い健康な男ならば、精通あって以降、毎日確実に金玉の中ではせっせせっせと新しく活きのいい精子が製造されている。それらは出所を求めて元気に動き回る。放出せねばならぬ。出来れば種の保存のため、女性の卵子めがけて。しかし毎度毎度そうするわけにもいかぬ。しかし溜まったものは出さねばならぬ。この切ない動物学的などうしようもない生理欲求は、毎度の糞尿の排泄と同様、いつかは体外へと放出しない限り満たされることはない。
 放出は快感を伴う。その快感は一部の間違った趣味趣向(笑)の持ち主でない限り、出来得れば異性の、それも生身の体へと向けることが最大のものとなる。それがかなわぬなら、想像や妄想でそれの疑似体験と共に放出の快感を得る。大人になっても健康な男子ならば、睾丸では毎日せっせと新しい精子が生産され放出を待つ。これを精神力で抑えようとしたところで、抑えきれるものではない。皆さんはくしゃみやあくび、いや小便や大便を精神力で抑えることが自在に出来るだろうか? 出来まい。
 ちなみに健康な男子も、齢四十前後からこの生産能力に衰えが出てくるので、「毎日放出したい」という過剰な生理的欲求のサイクルはゆるやかになる場合が多い。俺のことか? ほっとけ。しかしこれには大きく個体差もあり、六十七十になっても若い頃のまま、放出欲求を過剰に持ち続ける人間もたくさん、いる。これらを正常・異常と単純に分類することはもはや不可能といってもいい。

 以前、教え子の女子(19か20歳)が「彼氏の部屋でエッチな本やビデオを発見した、不潔だと思った」と告白した。
 なにゆえ不潔なのだろうか? そのくらいの年齢の健康な男子なら、当然新鮮な精子が金玉の中で毎日生産され、放出を待ってうようよと蠢いている。いやもうホントに情けないくらいに。
 それらをどう放出、いや排泄すればいいのか。いちいち夢精するまで我慢し続け、その都度パンツをガビガビにするのは知能が低いと言わざるを得ない。ではその都度、つまり排泄の欲求を覚えるたび、彼女を呼び排泄場所とするのか。それでは女の子はトイレと同じではないか。
 彼女との性行為は、当然男の子にとっても大切な、お互いの心の高まりの一致と愛の確認の瞬間でありたい。であるならば、そのほかの、四六時中一緒にいられるわけではないのならなおさら、彼氏の自慰行為すなわち排泄行為を認めるべきであろう。むしろ、自分以外の女体を相手にせず、金で買うような行為もせず、ひたすら自分で排泄は行っているという彼氏の「純潔」を、エロ本やビデオを発見した彼女は賞賛すべきではないのか!? どうかね世の男子諸君!
 …俺のトシになるとどうでもいいんすけどね実際…

 マジメな話、欧米では日本と違いポルノは解禁の国がほとんどだ。そういう国々で性犯罪が少ないかと思うが実はそうではない。それらの国々ではキリスト教的道徳観を厳格に守る人がおり、彼らは彼らでポルノを汚らわしいと思っているだけで、見たい奴は見、見たくない者は見ない。そ
マスターベーションは、80年代前半の日本のアンダーグラウンド・シーンを代表するパンク・バンドの一つだ。81年5月に京都で結成。当初のメンバーは、卑龍(vo&g)、神風(dr)、ロス(b)だった。翌年2月がデビュー・ステージで、まもなく東京でもしばしばライヴをやるようになるのだが、当時ライヴ中によく卑龍は自分の体をカミソリで切り刻んでいた。初の音源発表は、83年2月にからリリースされたコンピレーション盤の『Outsider』。続いて、名曲「兵士トナッテ戦場ヘムカエ!」収録のEPをから出す。マスターベーションにはツー・ビートの速い曲もあるが、ルーディメンタリー・ペナイを思い出すスロー~ミッド・テンポの曲が多く、当時(今においてもだが)のシーンの中でも異色だった。ゴシックとは違う日本的なダークな色彩の音だけでなく、暗部に焦点を当てたような日本語の歌詞も含めて、ドロドロした雰囲気を作り出していた。その後メンバーが抜け、卑龍はマスターベーションの拠点を東京に移した。84年には、奇形児のメンバーのタツシがベース、後にザ・原爆オナニーズやスタークラブ、ブランキー・ジェット・シティで叩くタツヤがドラムに、メンバーが固まる。この編成で、音の抜けがよくなった。まもなくソノシートの『死顔』を出し、85年の頭にはミニ・アルバム『被害妄想』をリリースした。しかし同年3月のステージが、マスターベーションのラスト・ライヴとなった。それから卑龍は、タツシや奇形児のヒロシらと共にトランスフォーマーを結成。ミニ・アルバム『Manoeuvre』を出したが、まもなくシーンからは姿を消した。(行川和彦)
20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
『リック』さん(仮名)は、ワシントン州に住み、ドーナツチェーンの『クリスピー・クリーム・ドーナツ』で働く20歳の若者。キリスト教を信じるリックさんには、深刻な悩みがあるマスターベーションをしてしまうことだ。

 リックさんは最近、自慰行為は罪深い行為だとの考えを同じくする、やはりキリスト教徒の男性何人かと知り合い、40日間「不浄行為」をしないと誓い合った。聖書に書かれている、砂漠でサタンがキリストを快楽に引き込もうと誘惑し続けた日数と同じだ。リックさんと仲間たちは、電子メールやインスタント・メッセージを通じて、誓いを破らないよう励ましあっている。

 「始めてまだ数日だが、自分の体がいかにそれに慣れ、中毒になっていたかを実感しつつある」今回の挑戦を記録しているウェブログ『フリー・トゥ・ビー・ピュア』に、リックさんはそう書き込んでいる。「我慢するのは大変だが、自分のためだけでなく、一緒にこの禁欲に挑戦している仲間たちのためにも、強くなろう、そしてこの中毒を打ち負かそうと僕は戦っている。みんな、がんばろう! 僕たちは清らかさを取り戻せる」

 リックさんたちが挑戦を始めるきっかけになったのは、『XXXチャーチ』というウェブサイトだ。このサイトは、ポルノと自慰という2大誘惑を克服できるよう人々を支援し、彼らを神に向かわせることを使命としている。

 このオンライン活動は、世界のポルノ産業の中心地と言われる南カリフォルニア出身の2人の若い牧師(写真)が立ち上げたもの。とりわけポルノが蔓延している媒体、インターネットを通じた肉欲の罪に対して、果敢に戦いを挑んでいる。とはいえ、非常に厳しい戦いだ。XXX(ポルノ)サイトが無数にあるのに対し、XXXチャーチはたった1つしかない。

 「(われわれは)キリスト教会がポルノ問題に対して何もしていないのを見て、立ち上がって何か行動を起こそうと決めた」。クレイグ・グロス牧師(28歳)は、2002年にマイク・フォスター牧師(32歳)と2人でXXXチャーチを設立した動機についてこう話す。「キリスト教徒とそれ以外の人々双方に訴えかけるため、通常の教会活動の範疇に当てはまらないやり方をしたかった」

 「最高のキリスト教ポルノサイト」を名乗る同サイトでは、ダウンロードして使える聖書研究素材や、祈りのためのオンラインフォーラム、登録したユーザーが訪れた好ましくないサイトを記録して、指定した第三者にその事実を報告できる(日本語版記事)無料ソフトウェア『X3ウォッチ』などを提供している。

 実用的なアドバイスも多数ある。両牧師が自慰行為の代わりに勧めるのはこんなことだ。「平静を保ち、自らにこう言い聞かせなさい。『自慰よ、私はおまえの奴隷ではない! 私は自分の人生を取り戻す!』(あるいはこれに類する言葉を)。もし、これがうまく行かなかったら、ほかのやり方もある。たとえば、ガムを噛むとか、[ドラッグの禁断症状について歌った]ジョン・レノンの曲『冷たい七面鳥』を大声で歌う、あるいはチョコレートを食べるとか、自分にとっていちばん気の紛れること(ただし自慰以外)をすればいい」

 マスターベーションを戒める教えは、マタイによる福音書5章27~30節に基づくものだ。福音書は肉欲を罪とし、もし体の一部(たとえば右の手)が罪を犯させるのなら、切り取って捨ててしまいなさいと述べている。なぜなら、「体の一部を失っても、全身を地獄に投げ入れられるよりはまし」だから、と。

 両牧師は最初、『セーブ・ザ・キトゥン』(子猫を救え)という電子メールキャンペーンを展開した。メールの内容は、『Photoshop』(フォトショップ)で作った、2匹の大口を開けた怪物が子猫を追いかける画像に、「あなたが自慰を1度するたび……神が子猫を1匹殺す」というメッセージを添えたもの。「子猫を殺す」という比喩が、自慰について人々が語りやすい状況を作ったとグロス牧師は話す。この電子メールは多くの人に広まったが、キャンペーンから派生したビデオ子猫が部屋の端から端まで乱暴に放り投げられる映像のために、不快感を持つ人も出た。

 次の試みは、小人症の人を起用して、「ポルノは君の成長を止める」というキャッチコピーをつけたテレビCMだった。このCMは、MTVやその他の若者向けテレビ番組で流されたが、小人症患者の支援団体『リトル・ピープル・オブ・アメリカ』(LPA)が不快感を表明したことから、放送中止となった。

 XXXチャーチは先ごろ、2本目のCMを完成させたが、こちらも1本目に劣らず物議を醸している。これを監督したのは、『ナットジョブ・ナース』『ジ・アナル・ライフ』などを撮ったベテランのポルノ映画監督、ジェイムズ・ディジョージオ氏。ポルノ業界では『ジミー・D』の名で知られる人物だ。XXXチャーチの両牧師とは、業界誌『アダルト・ビデオ・ニュース』(AVN)がラスベガスで開催している展示会『アダルト・エンターテインメント・エキスポ』の会場で知り合った。両牧師は毎年ここへブースを出し、聖書と「イエスはポルノスターを愛している」と書かれたステッカーを配っているという。

 両牧師から、小人症の人を使ったCMが放送中止になった話を聞いたディジョージオ氏は、新しいCMの監督を無償で引き受けると申し出た。そして完成したのが、人形を使ってセックスを模した場面と、子どもをポルノから遠ざけようという警告からなるCMだ。ディジョージオ氏はこの反ポルノCMを引き受けた動機を公にしておらず、ワイアードの取材依頼にも返答はなかった。

 両牧師のこうした活動は、保守的なキリスト教徒の怒りを買っている。ポルノ関係者と親しくしているなど、およそ聖職者らしからぬやり方が非難を浴びているのだ。

 XXXチャーチの反論メール欄には、別の反ポルノ団体『セッティング・キャプティブ・フリー』の創設者マイク・クリーブランド氏が送った次のような文面が掲載されている。「われわれが両牧師を支持しない主な理由は、彼らのやり方が聖書に即しておらず、聖職者としても実りある結果を生んでいないためだ」。ワイアードはクリーブランド氏に取材を試みたが、この抗議について詳しく語ることは拒否された。

 一方で、両牧師の活動を賞賛する人々もいる。ケンタッキー州でセックス中毒のキリスト教徒向け治療センターを運営する団体、『ピュア・ライフ・ミニストリー』のスティーブ・ギャラガー会長もその1人だ。XXXチャーチという名称を聞いたときには懐疑的だったが、両牧師の訪問を受けてその考えが変わったという。

 「彼らが発する『ポルノより素晴らしいものがある、それはキリストだ』という単純明快なメッセージは、好悪はさておき鋭いものだし、ユーモアのセンスに富んでいる。サブカルチャーの世界にかけたこの橋を、人々がいつか渡ってくる楽天地だと思っていた世界が実はそうではないと分かって、行き場を失った人々が」とギャラガー会長。

 グロス牧師は、他人が自分たちの活動をどう思っているかなど、あまり気にしないと述べている。

 「キリスト自身も物議を醸した人物なので、(われわれも)人に嫌われようがかまわない。ただ、悲しいのは、非難の多くがキリスト教徒から寄せられることだ。ちょうどキリストの時代と同じように。信仰に篤いとされていた人々が、きまってキリストを非難した」

 批判を受けながらも、両牧師は講演で各地を回ったり、インターネットで流すリアリティー番組の準備をしたりと忙しく活動している。この番組は2人の「ポルノの世界における冒険」を記録するもので、実在のポルノ俳優や、ポルノ中毒を克服しつつある若者なども登場する予定だ。番組のタイトルは、『ミッショナリー・ポジション』(聖職者の立場/正常位)という。

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
強迫的マスターベーションは、精神的・感情的・道徳的に有害である

マスターベーションについての一般的な見方として、“それは精神安定剤的なものでなんら問題はない”、“それをしたからといってだれも傷つけない”、“それが原因で何かの病気にかかることはない”などと甘言を垂れる医者さえ存在します。そのような無責任で うわべだけの発言は、強迫的マスターベーションが習慣になっているマスターベーション中毒者を助けるどころか、混乱させ、その悪習から抜け出すのをますます困難にしています。では、マスターベーションは本当に医学的に無害なのでしょうか?

マルコム・カーラザーズ博士(病理学者・イギリス)は、「マスターベーションは大抵欲求不満によって引き起こされ、“自涜(じとく。文字どおりには「自分を冒涜すること」を意味する)”という言葉が示しているように、根本的には自分自身に対する攻撃行動であると精神病学者たちは述べている。したがってノルアドレナリンの分泌は比較的多く、その結果血液中の脂肪の値が上がっても、マスターベーションに伴う筋肉活動で使い尽くされる量はわずかである」。このようにして発生する血液中の脂肪が冠状動脈に凝固物を生じさせるので、マスターベーションについて昔から言われていること、つまりそれが顔面蒼白、精力消耗、不眠、不妊、意志薄弱、生殖器の萎縮、心臓発作の原因になるという考え方は、「結局ある程度の真実性を帯びているのではないか」と述べています。(「西欧の死の道」)

それよりももっと恐るべき影響は、強迫的マスターベーションが、その人の精神・感情・道徳面におよぼす影響です。アメリカーナ百科事典はこう認めています。「マスターベーションに対する最も新しい見方は、その精神的な有害性を認める点にある……それは肉体上のなんらかの障害から来るのではなく、自涜を行なう人のいだくある種の罪悪感、およびそれによって仲間との自然な交流を持ちにくくなることから来るものである」。強迫的マスターベーションは人の人格性質を変えてしまいます。物事に対する健全な見方、また異性や他の人々に対する正しい態度が取れなくなります。その人を引っ込み思案にならせ、生産性を著しく低下させます。

マスターベーションは性欲処理に必要だという考え方は危険です。マスターベーション自体が性欲を増進させるのです。人間の脳は、習慣的に使っている回路をより強化していきます。そして使わない回路はだんだん萎(な)えていきます。マスターベーションによって性欲ばかり増進させ、人生に必要な克己心や自制心という回路がどんどん失われていくなら、どんな生涯になるでしょうか。男性の場合、マスターベーションをしなくても、体は自然に精液を一定の量に保ちます。仮に過剰になったとしても、夢精(睡眠中に自然に射精すること。しばしば性愛の関係した夢を伴うことからこの名がついた)というごく自然な生理現象によって処理されます。次にマスターベーションの衝動が起こった時、あなたは、脳のどんな回路を強化したいのかよく考えることです。この、「よく考えている」時に、脳は克己心(おのれに打ち勝つ心)や自制心(英文字義では「自分をコントロールする心」)という回路が強化され、不自然な性欲の回路が消えはじめます。そのようにしてあなたは、強迫的マスターベーションの悪習から徐々に解放されるのです!

強迫的マスターベーションをする理由(原因)を知り、予防する

ある20代の男性は、「自分にはうつ病の気とマスターベーションの習慣があるため、何度も自殺を考えました」と述べています。死ぬ気になればなんでもできるという人がいますが、強迫的マスターベーションの習慣におちいってしまった人にとって、この呪縛から逃れるには死を選ぶしかないと感じるほど、この習慣は精神の奥深くまで突き刺さっているようです。

「マスターベーションと成人の性徴」という本の著者は、次のように述べています。「マスターベーションをするという決定は、目的のある社会活動によってその弱点を改めようとしていないことを意味する。……緊張するといつでも、“問題の解決”と“マスターベーション”の両方を試みるという一般的な方策を採用できるのは事実である。しかし、体はいつも自分が持ち歩いているので、後者の“解決策”を用いたいという誘惑は非常に強い。したがって、問題の真の解決策を考え出すこととそれを実行することに注意を集中するのが最善である」。ということは、マスターベーションの悪習自体が問題になっている場合、それをマスターベーションで解決しようとすると、ますます問題が大きくなる......というバグが生じ、最後にはフリーズしてしまうかもしれないのです。

なにごとも、問題の原因をよく考え、原因に対する対処をしていくようにしましょう。マスターベーションをさせようとする原因のうち最大のものは、おそらくポルノでしょう。インターネットを利用していてポルノに接することでマスターベーションの悪習に逆戻りするのであれば、何らかの措置が必要です。アダルト情報にアクセスできないようにするソフト(Symantec社のInternet Securityなど)を導入するとか、オンラインするパソコンは、家族みんなの目に触れるところに置くなど、断固とした手段をとるのです。新しいソフトの購入には費用もかかりますが、それによって節約できる時間や、身につく克己心には換金できないほどの益があるのではないでしょうか。

ほかにも原因があります。1946年版のブリタニカ百科事典によると、性的衝動を抑える方法として、「肉やスパイスを多量に使った食事、とりわけ酒類を避けることが肝要である」と述べています。ほかにも、体にぴったりし過ぎる服や一人だけでいる時間が長いことなどが原因となることもあるようです。自分の一週間の活動を、建設的で生産的な活動計画で満たし、脳の回路を生産的なことから満足感を得ることができるように徐々に改造することが大切です

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]

 東京・浦安の「あべメンタルクリニック」院長の阿部輝夫さんは,精神科領域における性障害の治療の第一人者として知られる。5月18日に慈恵医大講堂で開催された第32回性治療研修会(日本性科学会主催)で,19年間の臨床経験から腟内射精障害に関する統計を報告した。それによると同障害患者は218名。そのうち81名(37.2%)の原因が「非用手的マスターベーション」,48名が(22.0%)「強すぎるグリップ」であり,ふだんのマスターベーションの方法に問題があるケースが多いことがわかった。


●「週刊誌で挟んでこする」も

 あべメンタルクリニック院長の阿部輝夫さんは,性障害の疾患別初診患者数を84年5月から毎年調べており(96年までは順天堂大学浦安病院精神科勤務),03年5月で19年間の統計がまとめられた。

 一番多かったのは勃起障害の817名で,以下「性転換症」605名(FTM240名, MTF365名),性嫌悪症357名(女性208名,男性149名),性欲障害305名,腟内射精障害218名,性交疼痛症151名,早漏72名,「両性服装倒錯症」53名などとなった。
 これらの中で最も注目されるのは,「原因が不明なまま,この数年急増している」という男性の性嫌悪症であり,この分析については昨年の研修会で報告している(02年6月号参照)。

 阿部さんが今回分析したのは腟内射精障害で,その最大原因は「非用手的マスターベーション」で81名(37.9%)が該当した。以下「強すぎるグリップ」48名(22.0%),「ひとりでないと射精できない」38名(17.4%),「包茎手術後の違和感・過剰刺激」および「ピストン運動ではない刺激」がそれぞれ13名(6.0%)など。子孫拒否,フェティッシュ,体液恐怖が,それぞれ4,3,1名に見られた。

 81名の「非用手的マスターベーション」の内容としては,「シーツにこすりつける」が圧倒的に多く(43名),次に「フトンや枕を股間に挟んでこする」(28人)が目立った。このほか「ペニスを股間に挟んで圧迫」4名,「畳にこすりつける」3名,「週刊誌に挟んでこする」2名,「会陰部をクッションにこすりつける」1名だった。

 2番目に多い原因の「強すぎるグリップ」に関して,マスターベーションを想定したグリップを握力計で測定したところこれらの患者は全員が10・を超えていた。これに対して健常者の同様の測定では4~5・が多かった。強すぎるグリップによるマスターベーションになれたために腟内射精障害となったわけだ。


●治療に「コンドーム・マス法」を考案

 最大原因の「非用手法」の治療としては,従来慣れ親しんだ刺激から手の刺激によって射精可能となり,されに腟内で射精可能となるために段階的な訓練を行う。糊のきいたシーツから柔らかい布,ガーゼと進み,手で可能になってから阿部さんが考案した「コンドーム・マス法」を行う。

 これは内側に潤滑剤をつけたコンドームを使うもので,それによって「腟内のぬるぬるした状態に似せる」。このペニスを柔らかなグリップで適度なピストン運動で刺激するというもの。「マスターベーション回数の個人差にもよるが,一般に半年ほどのコンドーム・マス法によって治ることが多い」と阿部さんは言う。

 阿部さんは報告ではふれなかったが抄録集には「近年,若者のマスターベーションが,前述のような奇妙な方法によるものが増えている。マスターベーションに『正しい方法』とか『間違った方法』などがあるのかどうかは判らないが……」と記している。

 報告終了後にフロアーから「男性はマスターベーションの方法を,自分で偶然に知る場合と周囲から教えられる場合とがあるようだが,教えることに積極的になったほうがよいのだろうか」との質問が出され,阿部さんは「そうかもしれない」と答えていた。
20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
マスターベーションは、彼女らに高度な性的な自由を与える一方で、女性に自身の体を探検する機会を与えます。

 それは、パートナーに頼って、性的な喜びを経験して、「彼女ら」が選択をする性的な緊張を解放する機会を女性に与えます。

 マスターベーションは、制御している女性に対して自身の体と性的関心に非常に能力を与えます。

 マスターベーションは、すばらしい教育手段です。そして、自身の体が性的な刺激に応答する方法について、女性に教えます。

 多くの通常で健康な女性のために、マスターベーションはオルガスムを経験する彼女らの予備的なまたは手段だけです。

 マスターベーションする一方で、女性がパートナーの必要について悩む必要はなく、理想的な精神的で身体的な刺激を提供することができるので多くの女性は、最も激しいオルガスムを経験します。

 幼少から成熟まで、マスターベーションは、人生を通じて女性のとてもためになります。

 女性には、必ずしも性的なパートナーがいない時でも彼女には常に彼女自身がいます。マスターベーションは、ためになります!
 マスターベーションは、少女または女性がしばしば学ばなければならない性的な技術についての性的な活動です。そして他の性的な種類を楽しむ鍵を握る最初で最も多くの意味を含んでいます。

 理想的には、この技術は思春期かその前に学ぶことです。しかし、非常に多くの女性は、10代後半または20代前半までに学んでいます。

 10代の女性の発達中の性の差による活力について述べる建設的な手段を持つように学ばれなければならないか、少なくとも知っていることが大切という理由としては、思春期の前にとなります。

 それも、彼女らの絶えず変わる体の自分の認識を増やして、それの制御の若干の感覚を提供します。

 ティーンがマスターベーションする方法を知っているならば、彼女が感情的に、そして、身体的に準備ができる前に、性的なパートナーを捜すことを強要されることはありえないでしょう。

 少女が10歳から14歳の間で初潮を迎える時から10代の後半になるまでに、彼女らの体は本当に妊娠、出産と授乳の備えができていません。

 マスターベーションは、若い女性に性的な欲求不満以外の選択またはパートナーとのセックスを提供します。
20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
僕は正直、この年になってもマスターベーションをする事がある。
SEXをしていない訳ではない。
SEXとオナニーのどちらが好きかと聞かれれば、即答で『SEX』と答える。
それなのにマスターベーションをする…
なんでなんだろう…?



僕が初めて性的快感を覚えたのは、小学生の頃。
確か、3、4年生の頃だったと思う。
校庭にあった『のぼり棒』に登ってる時だった。

『のぼり棒』っていうのが、正式名称かは知らないけど、とにかく鉄製のパイプが何本か立てられていて、それに足を絡み付けて、手と足を使って上に登るっていう遊具だったと思う。

いつもの様に放課後の校庭で遊び、のぼり棒に登ってるトキだった。
棒を股に挟む様にして登るから、当然、僕のアソコは棒に密着している。
押し付けてると「なんとなく気持ちイイ」って感覚は以前からあったんだけど、その日はちょっと違った。
いつもと同じく勢いよく棒を登っていく…

ジーン…(或いはジワーン…)

そんな感覚がアソコに走った。
くすぐったい様な気持ちイイよーな…
なんだか分からないけど、凄く気持ちイイ。

その頃は分からなかったけど、今にして思えば、射精と同じ感覚だ。
かといって射精はしているワケではない。
例えるなら『空撃ち』って表現が相応しいのかも…

とにかく、それからは『のぼり棒』に登る度に、その快感が味わえた。
今までよりも『のぼり棒』に登るコトが多くなった。

…が、しばらくすると、なんだか、その行為自体、『イケナイ事』をしている様な気がして、段々と『のぼり棒』に登る頻度は減っていった。

その後、中学生になり、『のぼり棒』に登るコトは全く無くなったけど、平均的なオトコがそうである様、今度はホントのオナニーを覚えてしまうコトとなる。

しかし、彼女が出来て、SEXをする様になっても、オナニーはオナニーとしてしてしまうモノだ。
どーしてなんだろう?
SEXの方が全然気持ちイイし、素敵な行為なんだけどね。

オナニーは単なる性的欲求の処理なのか…?

男は皆、そんなカンジだと思うけど、女のコのオナニーの実態って、どーなんだろうね?
100人の女のコの内、一体何人位が日常的にオナニーをしてるものなんだろう…?

そして、なぜ、オナニーをしてしまうんだろうね…?
どなたか僕に教えて下さいっ♪

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
これから述べることは、私の偏った思いや意見が含まれることを考慮のうえ、お読み下さい。


手を動かせない男性にとって最も困るのことは、性的生理の処理、自慰行為、いわゆるマスターベーションである。マスターベーション自体は絶対にしなければならないものではない。なければないで済むことであり、別段、生命に関わることではない。しかし特に男性の生理にとっては大事な事柄である。週刊誌などのゴシップメディアには、女性の中にもマスターベーションをするとある。
 マスターベーション、オナニーは自身の性器を刺激し、性的快感を得る為の行為であると私は理解する。では自分以外が間接的に行えば、性的行為、いわゆる日本風に言えば、SEXをするという行為になるのだろうか。
 見方を変えれば自分以外のものが間接的に行うのだから、自慰行為ではなくなってしまうから他人と行う性行為になってしまうのだろうか。
 それでは私のように手が曲がり、自由も利かず、股間に手の届かない者がマスターベーションをするとしたら、どのようにするかと言えば、誰かの手伝いをもらうしかない。しかしマスターベーションを含む類のものは、一般的に人知れず密かに行うというものという意識があり、「マスターベーションをしたいから、私の代わりにしてくれないだろうか」と手助けを受けることは女性ならずも、男性にも抵抗感が存在するように思う。女性の中には性的な卑猥な話を極端に嫌う人、極度に嫌悪感を表す人や言葉にする人がいる。
 自身の体の一部である性器を触れることは、女性であれば間接的ではあるが、排尿後の始末、生理の際の処理など、また入浴の際に洗う時くらいだろう。男性は排尿の際に直接に触れたいと思う。そしてまた男性性器は排尿器官だが性的興奮を感じたりした場合、勃起すると共に、勃起した際には性的快感を覚える部位である。その為におのずと男性は女性に比べ、性器に触れる機会が多いこともあってか自身の性器に触れたい、性的快感を得たいと思うこともあり触れる機会も多いようにも思う。
 私を含め、マスターベーションを他人の手を借りてでもしたいと思う者の論理(私の一方的で勝手な論理だろうが)からすれば、「たかが手を貸すだけなのだから・・・」と思う。では逆の立場からすれば、どのように思い、考えるのだろうか。ある女性の友人に意見を訊いたところによれば、親や兄弟に頼まれたとすれば可能かも知れない。と言った。また排尿介助をするように生理と思えばとも。
 私が思うに、男性の場合(中には女性にあるかも知れない)、射精を伴うマスターベーション、何らかの障害により射精を伴わないマスターベーションは、男性の生理的な現象と考えていると思うのだがどうであろうか。ある人は尿や便を催すように、マスターベーションも同じようなものと言った。
 では女性はマスターベーションについて、どのように考えるのだろうか。


 私は寝たきりの状態にあり、更には腕、指は曲がり、動かすこともできないこともできない。当然のことながら日常的に排尿、排便介助を受けている。そうするとマスターベーションをしたくなりどうにもたまらず、「してくれません?」かと口にしたくなる。しかし「なに言うの?」、「私はそんなことをする為にいるんじゃない」、「どうして私がそんなことをしなければならいの?」と言われるのではないかと思うと、精いっぱいの理性で口にすることを抑えている。
 もしも言葉にすれば理性のない奴だと軽蔑されるだろうが、介助者に事実「して欲しい」と依頼したことがある。そして手を添え、してくれたことも幾度かある。また私はできないと言う人、手でしてあげることができないと言うかのように、無言で手を陰部にもっていってくれる人、後始末をしてくれる人もあった。しかし依頼したことが元で、ぎこちない関係に陥った人もある。だからといって、そのようになったことを責めるつもりはない。マスターベーションがしたいから、」して欲しい」と言えば驚き、戸惑うのが当然の反応だろう。
 マスターベーションができないから「手伝いや自分の手の代わりをして欲しい」と思う以上、別段、女性である必要はないし、男性でも構わない。あえて理想を言うならば、私は男性である限り、女性の柔らかな手を借りたい。しかしそれではまるで手が動かせないことをいいことに、風俗産業まがいのことをさせている。と思う人が多いだろう。もっとも男性は理解して貰える人は多いだろうが、女性の中にも理解してくれる人も皆無ではないと思う。ただ女性はマスターベーションや男性のように自身の性器に触れたい、性的快感を得たいと思うことは少ないだろうし、頭では理解はできても、生理的には理解は難しいだろう。しかし理解して欲しい。それが切なる希望だ。


今、改めて考えると、なんとも情けなく、悲しい気持ちになる。なぜなら、寝たきりの状態で自分の性器も触れることもできないうえに、マスターベーションをしたい、性行為をしたいと思うことが頭から離れないからである。性欲はどのような状態や状況になってもなくならないことは、ごく当たり前のことではあるが、私には大きな荷物になっている。


最後にマスターベーションやマスターベーションの介助、代行に関する貴方の思いや意見をお聞かせ下さい。

意見やメッセージを書き込み、論議の場にしていただければ嬉しく思います。

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
東北道の鹿沼インターからさつきロードに入る交差点に、「もういらない、みんなでなくそうポルノ自販機」という看板があります。まったく同じものが、例幣市街道に一つと、同じような内容の物が壬生駅の近くにもあります。  
 この看板を見るたびに、私は「一体誰が、何のために作ったのか?」「本当にポルノ自販機は、いらないのか?」と、疑問を感じると共に、腹立たしい気持ちになります。ポルノ雑誌は、ある意味では健全な青少年の育成に必要なものだと思います。それは、マスターベーションの必要性と直結しているものです。

 そして自販機は、羞恥心の強い思春期の青少年にとっては、強い味方となってくれているのです。
(成人男性の皆さん、若い頃、自販機でポルノ雑誌を買った事がありませんでしたか?私の周囲の人は、ほとんどが自販機の経験がありました。)マスターベーションの必要性については、改めて考えてみる必要もないでしょう。日本思春期学会では、性欲が極めて旺盛な青少年に対して、性欲が抑えきれなくなった時の処理方法として、マスターベーションを勧めています。また日本性科学会でも、マスターベーションは「1人で行う性行為の一形態」と位置付けており、性機能障害の治療においても、重要な技法の一つになっています。そのマスターベーションには、ポルノ雑誌は必要な視覚的刺激(いわゆる「おかず」)であることは言うまでもありません。青少年達が性欲の正しい処理方法であるマスターベーションを行なう時に、ポルノ雑誌は有効かつ必要なのです。

 皆さん、この看板の文章で「もういらない」と言っているのは「自販機」だけではなく「ポルノそのもの」に対してというニュアンスが受け取られませんか?この看板は、青少年が必要不可欠なこととして、マスターベーションを行う事、そしてそこにはポルノ雑誌が必要であること、という事実を無視しているのです。この看板を作った人がもし男性だとすれば、その人は自分が若い頃、ポルノ雑誌を見て、あこがれの「女性」に対する想像をめぐらせながら、マスターベーションをしていた頃の事を忘れてしまったのでしょうか。また女性であれば、そのような夫の過去を受け入れられない人なのでしょうか。誰もが始めからセックスの達人ではありません。初めてのセックスでとまどい、そしていろいろな体験をしながら、人類に与えられた大きな喜びであるセックスを男女ともにより楽しめるようになっていくのです。その過程の中で、マスターベーションは(特に男性にとって)重要な要素と言えます。そのマスターベーションそのものを否定するようなこの看板が、市街地に堂々と立ててあることにいきどおりを感じずにはいられません。皆さん、どのように思われますか?

 もしかしたらこの看板は、ポルノそのものの否定ではなく、あくまでもポルノ自販機の否定に過ぎないのかも知れません(たとえば、その利益が悪用されている、などの理由により)。そして決してポルノそのものの否定ではなかったのだとすれば、今回の議論はまったく的外れなものになってしまうのですが、そうだとすればそのように、はっきりと看板に書くべきだと思います。

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
マスターベーションは、ただ単に性的快楽の追求というだけではなく、心の癒しの手段としてなされていることがあります。
そういう場合には、心の問題を解決することが、マスターベーションから解放される近道です。
また、性的欲求をコントロールする「昇華」という発達課題をこなしている時期の問題である場合もあります。
つまり、心の成熟が求められているための問題であるということです。
マスターベーションを解決するために、早く結婚をしなさいということが冗談混じりで言われることがあります。
聖書にもそれらしいことばがありますが、それが聖書の考え方であるとすれば、正しい理解ではありません。
実際、マスターベーションは結婚で解決する問題かというとそうではありません。
意外と伏せられていることですが、既婚者もまた、様々な理由で、マスターベーションに浸るということがあります。

 つまり、性的欲求をコントロールするという課題は、結婚すれば解消するかというとそうではないのです。
性的欲求が必要に応じて、つまりパートナーの合意によって満たされるためには、それなりの関係を創っていく必要があります。
独身時代には抽象的な課題であり、難しいことかもしれません。
 なお、マスターベーションがいけないというのは、その行為が悪いというよりも、そこでなされること、女性を連想し、女性を性的欲求のはけ口としてなしてしまう問題のように思います。
グラビアを見ながらマスターベーションをするというのは、まさに女性を物として見ているのですし、女性の身体の一部を、女性の人格から切り離して見ていることで、女性を尊重する心を欠いています。

性は人格的な接触であり、身体のみの接触ではないはずです。性的欲求に伴う心の成熟が必要とされているのでしょう

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
Lisa Palacによるこのエッセイは、彼女が自他共に認めるラディカル・フェミニストだった大学時代からはじまります。 アーティストとしてフィルムを勉強していた彼女は、女性学のクラスでCatharine MacKinnon、Andrea Dworkin、Gail Dinesらによる反ポルノグラフィ論に大いに影響を受けるのですが、ふとした事から、普段はフェミニズムに対して理解ある言動を示している彼女のボーイフレンドが、実はポルノビデオを何本も隠し持っていた事を発見します。

「いますぐビデオを捨てなければ別れる」と迫る彼女に対して、「君がそういうなら捨てるけど、その前に一度このビデオを見て欲しい。 僕の事を誤解しないで欲しい」と答える彼。 さんざん言い合った挙句、結局彼女は「内容によっては別れよう」と思いながらも彼と一緒にビデオを見る事に同意します。

そこで彼女が見た物、それはMacKinnon氏の著書などから彼女が思い描いていた暴力的な描写でも女性を物として扱う映像でもなく、ただ単にカメラの前で男女が裸になっていちゃつくだけの、芸術的に「クズ」としか呼べない三流映画だったのです。 予期が外れて、ある意味ではほっとした彼女ですが、それでも不思議に思ったのが、何故男はこんなくだらない三流映画に熱中するのかという事。 その後何本かボーイフレンドと一緒に見ても、興奮するのは彼だけで、彼女にとってはただ単に退屈かつ幼稚な映像としか見えません。

そのうち、彼女は自分が映画監督の卵として、つい分析的な視点からポルノを見ていた事に気が付きます。 そのような見方をする以上、演技や脚本のまずさばかりが目立ってちっとも熱中できません。 そこで、彼女はビデオを一本借りてきて、自分の部屋で自分だけになって、初めて「楽しむ」ことだけを目的としてポルノを見るのです。そして、その時始めて彼女は罪悪感を感じずにマスターベーションで性的に興奮できる事を「発見」しました。 それはすぐに、男性のマスターベーションが当り前の物とされているのに、女性のマスターベーションだけをことさらタブーとする社会風潮への批判に繋がります。

ここで彼女は、MacKinnonらラディカルフェミニストは「男性による性的搾取」への回答として、女性が自身の性的欲望を否定するか、あるいはレズビアンになるか以外の選択を女性に提示していないと感じます。 過半数の女性はヘテロセクシャルなのに、そうしたヘテロセクシャルの女性が性的な主体となるためのサポートをラディカルフェミニズムが提供していない事に気付いたのですね。

マスターベーションがなぜ重要かというと、マスターベーションという選択肢が無ければ、彼女を含むヘテロセクシャルの女性にとっては自らのセクシュアリティを男性に全面的に依存する事になってしまうからです。 つまり、女性の性的主体性を奪っているのは強制異性愛制度だけではなく、マスターベーションをタブー視する風潮であると指摘するのです。

そこで彼女は考えます。 男性のマスターベーションが当り前とされるのは、男性向けのポルノグラフィがそこら中に溢れている事と無関係ではない。 ところが、それらの多くは男性の視点から男性を興奮させるために作られており、女性が見て興奮できるポルノグラフィは圧倒的に少ない。 女性の視点から女性を興奮させるために作られたポルノグラフィが増えたら、より多くの女性がマスターベーションをするようになり、女性の性的自立は実現するのではないか? そう彼女は結論付けます。

ここまで言えばもうこの先はお分かりでしょう。 彼女は大学卒業のプロジェクトとして監督・主演して女性向けポルノグラフィを制作し(男優は当然、彼女の人生を変えたボーイフレンド氏です)、卒業後も数少ないヘテロセクシャルの女性のための本格的(ここでは、芸術的価値があるということ)ポルノグラフィを作る活動をしています。

彼女の活動は、言葉の上でポルノグラフィとエロティカを区別してエロティカへの理解を装いつつもレズビアン以外のエロティカの成立可能性を極端に難しくしたラディカルフェミニスト的アプローチとも、ただ単にセックス革命(フリー・セックスを行うなど、社会的な性に関する規範に反抗する運動だが、男性中心的な点は古い規範と変わらない)に雷同するだけのこれまでの「セックス・ポジティブな女性」とも一線を画し、自分の欲望をしっかりと認識した上で「ほんとうの自分」としての女性の自立を追及したという点でユニークであると共に、非常に第3波的であるといえます。

「女性の性的客体化」という深刻な問題に対し、彼女はポルノグラフィというメディアを否定するのではなく、女性の性欲を主体的に捉えるポルノグラフィを実際に制作する事で回答としましたが、このようなポジティブなフェミニズムが今のフェミニズムの梗塞状態の打開に繋がるかも知れないと期待しています。

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(1)自慰行為の経験率

下のグラフ1は厚生省がまとめたの自慰行為の経験率を示したグラフである。




まず注目すべき点は、自慰経験者が全体のごく少数であることである。
思春期後の20歳で言えば、男性で10.1%、女性で1.3%の者が自慰を行なっているにすぎない。つまり自慰行為とは性欲の旺盛な一部の者にだけ見られる特異な性行動と言える。特に女性の自慰経験率は男性に比べても低く、極端に性欲の強い者のみが自慰行為を行なっていると言える。
インターネット上のサイトに、あたかも多くの若年者が自慰行為の経験があるかのように記述しているものが見受けられるが、これは完全に誤った情報である。おそらくは、自慰行為中毒者が自身の自慰行為に対する罪の意識から逃避するため、このような情報を流しているもの思われる。

次に、40歳50歳の自慰経験率が急激に上昇していることに注目してもらいたい。
これは20世紀の中期に、いわゆる「自慰行為無害説」が流布されたことが影響している。
現在では自慰行為が人体に有害な影響を与えることは明白となっているが、当時は自慰行為無害説が主流であった。そのため、20世紀中期に思春期を迎えた40代50代が、当時大量に自慰行為に走ったものと考えられる。







(2)自慰行為に対する意識

グラフ2のアンケート結果を見てもらいたい。これは総務庁が行なった意識調査の結果である。

グラフ2



自慰行為者に対するイメージは、大多数が否定的なものである。むろん「その他少数意見」の中には肯定的な意見も含まれていたが、おそらく自慰行為中毒者の自己弁護的な意見が集計されたものと推測される。
この結果からも明らかなように、自慰行為は社会的には完全に「異常な性行動」と認識されている。ここまで極端な意識傾向は、ときとして自慰行為中毒者に対する差別をも生みかねないが、自慰行為の有害性を考えればある意味やむを得ないものであろう。





(3)自慰行為の肉体的・精神的健康に及ぼす影響

一部の者が「自慰行為は無害」と声高に主張しているが、世界的に見て現在このようなことを言っているのは日本だけである。確かに欧米でも20世紀の中期に「自慰行為無害説」が広まったことはあったが、近年の先進的な研究から自慰行為の様々な有害性が明らかになり、欧米では自慰行為有害説はもはや常識となっている。

肉体的健康
まず、自慰行為はエネルギー消費が大きく、身体を極度に疲弊させる。これはひいては全身の急激な老化現象をひき起こすことがある。マウスに電気刺激を与え強制的に射精させた実験では、自慰マウスの集団はそうではない集団に比べ、約15%寿命が短いことがわかっている。
また、統計的なデータからは、自慰行為者には癌の発生率が高いことが明らかになっている。これは自慰行為による陰茎や膣への不自然かつ過度な摩擦が異常刺激となり、細胞の癌化を促しているものと考えられる。

精神的健康
自慰行為はその行為に際し性的な想像を必要とする。自慰行為中毒者は頻繁に性的想像を行うため、妄想が高じ、結果精神障害を発症するに至る。自慰行為者は自慰行為を続ける一方、自身の自慰行為に対して嫌悪感を抱いており、そのような心の葛藤が精神の破綻を生じさせているのであろう。また、自慰行為者の妄想は現実離れした自分に都合のよい自己中心的なものであることが多く、そのような自己完結した思考が精神の破綻を加速させているという説もある。
自慰行為の影響はそれだけに留まらない。精神障害の末、暴力行為、強盗などの犯罪を犯す事例も多く見られるのだ。1992年に米ミズーリ州で発生した銃乱射事件で犯人は、当初麻薬中毒者と思われていたが事件後の検査で麻薬陽性反応は見られず、自慰行為中毒者であることがわかった。そもそも自慰行為中毒者は性的欲求をはじめとする欲望が強く、またその欲望を抑制することができないために自慰行為を繰り返えしており、金銭欲、自己顕示欲などが背景となる犯罪についても同様に欲望を抑えきれずに罪を犯すものと考えられる。






(4)自慰行為の生殖能力・生殖器に及ぼす影響

前項でも述べたように、自慰行為は人体の健康に多大な悪影響を及ぼすことが分かっている。
その中でも、特に重大な影響を与えるのが生殖能力に対してである。

男性
まず、自慰行為による過度の射精が無精子症に繋がる危険性について説明しよう。
精子は生殖細胞から分化して生産されており、生殖細胞が有限である限り、生涯での精子生産数は自ずから決まってくる。これは自慰行為による射精回数が直接精子消費量に結びつくことを意味するのではない。射精頻度が増加すると射精1回あたりの精子数が減少する。すると人体は一定以上の精子数を確保するため、精子の生産速度を高める。その結果生殖細胞の消耗が速くなってしまうのである。精子の生産速度増大のメカニズムは分かっていないが、自慰行為により性ホルモンの分泌が活性化されることが一因と考えられている。
次に、自慰行為がインポテンツ、早漏の原因となることを指摘しておく。
前項で述べたとおり自慰行為は強い妄想を伴うが、慢性的な妄想は性的刺激に対する感受性を異常化させることがある。つまり性的刺激に対する感受性が鈍化してしまい、性交時に勃起しないインポテンツ症を発症するのである。
一方それとは全く逆に、早漏の症状を示すこともある。これは日常的に妄想しているため、わずかな性的刺激だけで妄想が増幅し、過度に性的興奮が高まることが原因と言われている。また、自慰行為で繰り返される「摩擦刺激すなわち射精」というサイクルが、一種の条件反射となっているという説もある。

女性
外面的な影響としては、性器の着色と変形がある。
以前より広く知られていることだが、自慰行為の摩擦刺激は皮膚や粘膜組織を黒ずませる。特に大陰唇、小陰唇の濃色化が顕著である。組織が黒くなるのはメラニン色素の沈着のためであり、これは摩擦による単純な刺激のほか、自慰行為による性ホルモン分泌の活性化も影響している。
性器の濃色化の程度は、元々の体質によるところもあるが、概ね自慰行為の回数に比例している。つまり自慰行為の開始年齢が早いほど、自慰行為の頻度か高いほど、より濃い色となる。特にホルモンバランスが不安定な思春期に自慰行為を行なった場合、急速に性器が濃色化していくことが分かっている。
また、自慰行為で性器への摩擦を繰り返すことにより、性器、特に小陰唇が変形する。小陰唇の形が歪になると共に、小陰唇が伸張し、ついには大陰唇からはみ出すようになる。これは排尿に深刻な影響を与え、尿が斜めに放出され、飛沫が飛び散るといった不都合を生じる。
膣内への刺激を続けた場合、膣の緊張が低下し、いわゆる「緩い」と言われる状態となる。これは膣の緊張が高い状態で摩擦すると膣粘膜の損傷が大きいため、膣の緊張を低下させ摩擦を減少させようとする人体の防御反応であろう。また、陰核(クリトリス)への刺激を続けた場合、陰核が通常よりも巨大化する傾向がある。







(5)自慰行為の学習能力に及ぼす影響

自慰行為は集中力をなくすことは従来より知られている。その結果学習能力が低下した事例は枚挙に暇がない。しかし近年の研究においてはさらに驚くべき事実が明らかとなった。
米南アラスカ医科大O.エドワード博士らの研究によれば、自慰行為により脳細胞が部分的に死滅することが確認されたのだ。これは自慰行為の終末期において、脳内にドーパミンなどの脳内麻薬物質が大量に分泌されることにより、脳細胞が壊死するものと推測されている。
10歳から自慰行為を行っていた22歳の被験者の場合、脳細胞の約13%が死滅していた。影響は特に知性や理性を司る大脳新皮質に顕著であり、この被験者は思考力低下、記憶異常などアルツハイマー様の症状を示すに至っていたといわれる。






(6)自慰行為に対する社会的対応の課題

前項までに述べたとおり、自慰行為が人体に有害であることは明白となっている。それにもかかわらず、自慰行為に対する社会的な対応は致命的に遅れている。
たとえば、教育現場において自慰行為の有害性を積極的に教えようとしないのは大きな問題である。これは自慰行為無害説の誤りに気付かない若年者を大量に生み出す元凶となっている。
また、第1項で述べた「多くの若年者が自慰行為の経験があるかのように記述しているサイト」をこのまま放置するのはいかがなものか。このようなサイトは若年者の誤解を助長するものであり、今後法的な規制が必要と思われる。

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
ワシントン州在住でドーナツチェーン『クリスピー・クリーム・ドーナツ』で働く20歳の若者『リック』さん(仮名)。キリスト教を信じるリックさんには、深刻な悩みがある―マスターベーションをしてしまうことだ。
 って、しない方が異常ですから。
 ポルノや自慰行為に罪悪感を抱くのは、我々日本人から見るとおかしなことかも知らん。だって中学生くらいから、男の子ってソレしか考えてないでしょ(笑)。毎日毎日毎日毎日、考えることと言えばソレ。やることといえばソレ。みんな覚えあるだろうが。だから男子厨房は人生で一番マヌケな季節。そして、最も美しい季節であるともいえるのだ。
 マジメな話、欲望を抑圧し続けるとおかしなことになる。おかしな方向へ向う。これはもう必然である。なせかというと、
どんなに気取ったイケメンの男だろうが、股間には金玉をぶら下げているからである。
 金玉は精巣とも言う。精の巣ですよ、お嬢さん。
 若い健康な男ならば、精通あって以降、毎日確実に金玉の中ではせっせせっせと新しく活きのいい精子が製造されている。それらは出所を求めて元気に動き回る。放出せねばならぬ。出来れば種の保存のため、女性の卵子めがけて。しかし毎度毎度そうするわけにもいかぬ。しかし溜まったものは出さねばならぬ。この切ない動物学的などうしようもない生理欲求は、毎度の糞尿の排泄と同様、いつかは体外へと放出しない限り満たされることはない。
 放出は快感を伴う。その快感は一部の間違った趣味趣向(笑)の持ち主でない限り、出来得れば異性の、それも生身の体へと向けることが最大のものとなる。それがかなわぬなら、想像や妄想でそれの疑似体験と共に放出の快感を得る。大人になっても健康な男子ならば、睾丸では毎日せっせと新しい精子が生産され放出を待つ。これを精神力で抑えようとしたところで、抑えきれるものではない。皆さんはくしゃみやあくび、いや小便や大便を精神力で抑えることが自在に出来るだろうか? 出来まい。
 ちなみに健康な男子も、齢四十前後からこの生産能力に衰えが出てくるので、「毎日放出したい」という過剰な生理的欲求のサイクルはゆるやかになる場合が多い。俺のことか? ほっとけ。しかしこれには大きく個体差もあり、六十七十になっても若い頃のまま、放出欲求を過剰に持ち続ける人間もたくさん、いる。これらを正常・異常と単純に分類することはもはや不可能といってもいい。

 以前、教え子の女子(19か20歳)が「彼氏の部屋でエッチな本やビデオを発見した、不潔だと思った」と告白した。
 なにゆえ不潔なのだろうか? そのくらいの年齢の健康な男子なら、当然新鮮な精子が金玉の中で毎日生産され、放出を待ってうようよと蠢いている。いやもうホントに情けないくらいに。
 それらをどう放出、いや排泄すればいいのか。いちいち夢精するまで我慢し続け、その都度パンツをガビガビにするのは知能が低いと言わざるを得ない。ではその都度、つまり排泄の欲求を覚えるたび、彼女を呼び排泄場所とするのか。それでは女の子はトイレと同じではないか。
 彼女との性行為は、当然男の子にとっても大切な、お互いの心の高まりの一致と愛の確認の瞬間でありたい。であるならば、そのほかの、四六時中一緒にいられるわけではないのならなおさら、彼氏の自慰行為すなわち排泄行為を認めるべきであろう。むしろ、自分以外の女体を相手にせず、金で買うような行為もせず、ひたすら自分で排泄は行っているという彼氏の「純潔」を、エロ本やビデオを発見した彼女は賞賛すべきではないのか!? どうかね世の男子諸君!
 …俺のトシになるとどうでもいいんすけどね実際…

 マジメな話、欧米では日本と違いポルノは解禁の国がほとんどだ。そういう国々で性犯罪が少ないかと思うが実はそうではない。それらの国々ではキリスト教的道徳観を厳格に守る人がおり、彼らは彼らでポルノを汚らわしいと思っているだけで、見たい奴は見、見たくない者は見ない。そ
マスターベーションは、80年代前半の日本のアンダーグラウンド・シーンを代表するパンク・バンドの一つだ。81年5月に京都で結成。当初のメンバーは、卑龍(vo&g)、神風(dr)、ロス(b)だった。翌年2月がデビュー・ステージで、まもなく東京でもしばしばライヴをやるようになるのだが、当時ライヴ中によく卑龍は自分の体をカミソリで切り刻んでいた。初の音源発表は、83年2月にからリリースされたコンピレーション盤の『Outsider』。続いて、名曲「兵士トナッテ戦場ヘムカエ!」収録のEPをから出す。マスターベーションにはツー・ビートの速い曲もあるが、ルーディメンタリー・ペナイを思い出すスロー~ミッド・テンポの曲が多く、当時(今においてもだが)のシーンの中でも異色だった。ゴシックとは違う日本的なダークな色彩の音だけでなく、暗部に焦点を当てたような日本語の歌詞も含めて、ドロドロした雰囲気を作り出していた。その後メンバーが抜け、卑龍はマスターベーションの拠点を東京に移した。84年には、奇形児のメンバーのタツシがベース、後にザ・原爆オナニーズやスタークラブ、ブランキー・ジェット・シティで叩くタツヤがドラムに、メンバーが固まる。この編成で、音の抜けがよくなった。まもなくソノシートの『死顔』を出し、85年の頭にはミニ・アルバム『被害妄想』をリリースした。しかし同年3月のステージが、マスターベーションのラスト・ライヴとなった。それから卑龍は、タツシや奇形児のヒロシらと共にトランスフォーマーを結成。ミニ・アルバム『Manoeuvre』を出したが、まもなくシーンからは姿を消した。(行川和彦)
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『リック』さん(仮名)は、ワシントン州に住み、ドーナツチェーンの『クリスピー・クリーム・ドーナツ』で働く20歳の若者。キリスト教を信じるリックさんには、深刻な悩みがあるマスターベーションをしてしまうことだ。

 リックさんは最近、自慰行為は罪深い行為だとの考えを同じくする、やはりキリスト教徒の男性何人かと知り合い、40日間「不浄行為」をしないと誓い合った。聖書に書かれている、砂漠でサタンがキリストを快楽に引き込もうと誘惑し続けた日数と同じだ。リックさんと仲間たちは、電子メールやインスタント・メッセージを通じて、誓いを破らないよう励ましあっている。

 「始めてまだ数日だが、自分の体がいかにそれに慣れ、中毒になっていたかを実感しつつある」今回の挑戦を記録しているウェブログ『フリー・トゥ・ビー・ピュア』に、リックさんはそう書き込んでいる。「我慢するのは大変だが、自分のためだけでなく、一緒にこの禁欲に挑戦している仲間たちのためにも、強くなろう、そしてこの中毒を打ち負かそうと僕は戦っている。みんな、がんばろう! 僕たちは清らかさを取り戻せる」

 リックさんたちが挑戦を始めるきっかけになったのは、『XXXチャーチ』というウェブサイトだ。このサイトは、ポルノと自慰という2大誘惑を克服できるよう人々を支援し、彼らを神に向かわせることを使命としている。

 このオンライン活動は、世界のポルノ産業の中心地と言われる南カリフォルニア出身の2人の若い牧師(写真)が立ち上げたもの。とりわけポルノが蔓延している媒体、インターネットを通じた肉欲の罪に対して、果敢に戦いを挑んでいる。とはいえ、非常に厳しい戦いだ。XXX(ポルノ)サイトが無数にあるのに対し、XXXチャーチはたった1つしかない。

 「(われわれは)キリスト教会がポルノ問題に対して何もしていないのを見て、立ち上がって何か行動を起こそうと決めた」。クレイグ・グロス牧師(28歳)は、2002年にマイク・フォスター牧師(32歳)と2人でXXXチャーチを設立した動機についてこう話す。「キリスト教徒とそれ以外の人々双方に訴えかけるため、通常の教会活動の範疇に当てはまらないやり方をしたかった」

 「最高のキリスト教ポルノサイト」を名乗る同サイトでは、ダウンロードして使える聖書研究素材や、祈りのためのオンラインフォーラム、登録したユーザーが訪れた好ましくないサイトを記録して、指定した第三者にその事実を報告できる(日本語版記事)無料ソフトウェア『X3ウォッチ』などを提供している。

 実用的なアドバイスも多数ある。両牧師が自慰行為の代わりに勧めるのはこんなことだ。「平静を保ち、自らにこう言い聞かせなさい。『自慰よ、私はおまえの奴隷ではない! 私は自分の人生を取り戻す!』(あるいはこれに類する言葉を)。もし、これがうまく行かなかったら、ほかのやり方もある。たとえば、ガムを噛むとか、[ドラッグの禁断症状について歌った]ジョン・レノンの曲『冷たい七面鳥』を大声で歌う、あるいはチョコレートを食べるとか、自分にとっていちばん気の紛れること(ただし自慰以外)をすればいい」

 マスターベーションを戒める教えは、マタイによる福音書5章27~30節に基づくものだ。福音書は肉欲を罪とし、もし体の一部(たとえば右の手)が罪を犯させるのなら、切り取って捨ててしまいなさいと述べている。なぜなら、「体の一部を失っても、全身を地獄に投げ入れられるよりはまし」だから、と。

 両牧師は最初、『セーブ・ザ・キトゥン』(子猫を救え)という電子メールキャンペーンを展開した。メールの内容は、『Photoshop』(フォトショップ)で作った、2匹の大口を開けた怪物が子猫を追いかける画像に、「あなたが自慰を1度するたび……神が子猫を1匹殺す」というメッセージを添えたもの。「子猫を殺す」という比喩が、自慰について人々が語りやすい状況を作ったとグロス牧師は話す。この電子メールは多くの人に広まったが、キャンペーンから派生したビデオ子猫が部屋の端から端まで乱暴に放り投げられる映像のために、不快感を持つ人も出た。

 次の試みは、小人症の人を起用して、「ポルノは君の成長を止める」というキャッチコピーをつけたテレビCMだった。このCMは、MTVやその他の若者向けテレビ番組で流されたが、小人症患者の支援団体『リトル・ピープル・オブ・アメリカ』(LPA)が不快感を表明したことから、放送中止となった。

 XXXチャーチは先ごろ、2本目のCMを完成させたが、こちらも1本目に劣らず物議を醸している。これを監督したのは、『ナットジョブ・ナース』『ジ・アナル・ライフ』などを撮ったベテランのポルノ映画監督、ジェイムズ・ディジョージオ氏。ポルノ業界では『ジミー・D』の名で知られる人物だ。XXXチャーチの両牧師とは、業界誌『アダルト・ビデオ・ニュース』(AVN)がラスベガスで開催している展示会『アダルト・エンターテインメント・エキスポ』の会場で知り合った。両牧師は毎年ここへブースを出し、聖書と「イエスはポルノスターを愛している」と書かれたステッカーを配っているという。

 両牧師から、小人症の人を使ったCMが放送中止になった話を聞いたディジョージオ氏は、新しいCMの監督を無償で引き受けると申し出た。そして完成したのが、人形を使ってセックスを模した場面と、子どもをポルノから遠ざけようという警告からなるCMだ。ディジョージオ氏はこの反ポルノCMを引き受けた動機を公にしておらず、ワイアードの取材依頼にも返答はなかった。

 両牧師のこうした活動は、保守的なキリスト教徒の怒りを買っている。ポルノ関係者と親しくしているなど、およそ聖職者らしからぬやり方が非難を浴びているのだ。

 XXXチャーチの反論メール欄には、別の反ポルノ団体『セッティング・キャプティブ・フリー』の創設者マイク・クリーブランド氏が送った次のような文面が掲載されている。「われわれが両牧師を支持しない主な理由は、彼らのやり方が聖書に即しておらず、聖職者としても実りある結果を生んでいないためだ」。ワイアードはクリーブランド氏に取材を試みたが、この抗議について詳しく語ることは拒否された。

 一方で、両牧師の活動を賞賛する人々もいる。ケンタッキー州でセックス中毒のキリスト教徒向け治療センターを運営する団体、『ピュア・ライフ・ミニストリー』のスティーブ・ギャラガー会長もその1人だ。XXXチャーチという名称を聞いたときには懐疑的だったが、両牧師の訪問を受けてその考えが変わったという。

 「彼らが発する『ポルノより素晴らしいものがある、それはキリストだ』という単純明快なメッセージは、好悪はさておき鋭いものだし、ユーモアのセンスに富んでいる。サブカルチャーの世界にかけたこの橋を、人々がいつか渡ってくる楽天地だと思っていた世界が実はそうではないと分かって、行き場を失った人々が」とギャラガー会長。

 グロス牧師は、他人が自分たちの活動をどう思っているかなど、あまり気にしないと述べている。

 「キリスト自身も物議を醸した人物なので、(われわれも)人に嫌われようがかまわない。ただ、悲しいのは、非難の多くがキリスト教徒から寄せられることだ。ちょうどキリストの時代と同じように。信仰に篤いとされていた人々が、きまってキリストを非難した」

 批判を受けながらも、両牧師は講演で各地を回ったり、インターネットで流すリアリティー番組の準備をしたりと忙しく活動している。この番組は2人の「ポルノの世界における冒険」を記録するもので、実在のポルノ俳優や、ポルノ中毒を克服しつつある若者なども登場する予定だ。番組のタイトルは、『ミッショナリー・ポジション』(聖職者の立場/正常位)という。

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強迫的マスターベーションは、精神的・感情的・道徳的に有害である

マスターベーションについての一般的な見方として、“それは精神安定剤的なものでなんら問題はない”、“それをしたからといってだれも傷つけない”、“それが原因で何かの病気にかかることはない”などと甘言を垂れる医者さえ存在します。そのような無責任で うわべだけの発言は、強迫的マスターベーションが習慣になっているマスターベーション中毒者を助けるどころか、混乱させ、その悪習から抜け出すのをますます困難にしています。では、マスターベーションは本当に医学的に無害なのでしょうか?

マルコム・カーラザーズ博士(病理学者・イギリス)は、「マスターベーションは大抵欲求不満によって引き起こされ、“自涜(じとく。文字どおりには「自分を冒涜すること」を意味する)”という言葉が示しているように、根本的には自分自身に対する攻撃行動であると精神病学者たちは述べている。したがってノルアドレナリンの分泌は比較的多く、その結果血液中の脂肪の値が上がっても、マスターベーションに伴う筋肉活動で使い尽くされる量はわずかである」。このようにして発生する血液中の脂肪が冠状動脈に凝固物を生じさせるので、マスターベーションについて昔から言われていること、つまりそれが顔面蒼白、精力消耗、不眠、不妊、意志薄弱、生殖器の萎縮、心臓発作の原因になるという考え方は、「結局ある程度の真実性を帯びているのではないか」と述べています。(「西欧の死の道」)

それよりももっと恐るべき影響は、強迫的マスターベーションが、その人の精神・感情・道徳面におよぼす影響です。アメリカーナ百科事典はこう認めています。「マスターベーションに対する最も新しい見方は、その精神的な有害性を認める点にある……それは肉体上のなんらかの障害から来るのではなく、自涜を行なう人のいだくある種の罪悪感、およびそれによって仲間との自然な交流を持ちにくくなることから来るものである」。強迫的マスターベーションは人の人格性質を変えてしまいます。物事に対する健全な見方、また異性や他の人々に対する正しい態度が取れなくなります。その人を引っ込み思案にならせ、生産性を著しく低下させます。

マスターベーションは性欲処理に必要だという考え方は危険です。マスターベーション自体が性欲を増進させるのです。人間の脳は、習慣的に使っている回路をより強化していきます。そして使わない回路はだんだん萎(な)えていきます。マスターベーションによって性欲ばかり増進させ、人生に必要な克己心や自制心という回路がどんどん失われていくなら、どんな生涯になるでしょうか。男性の場合、マスターベーションをしなくても、体は自然に精液を一定の量に保ちます。仮に過剰になったとしても、夢精(睡眠中に自然に射精すること。しばしば性愛の関係した夢を伴うことからこの名がついた)というごく自然な生理現象によって処理されます。次にマスターベーションの衝動が起こった時、あなたは、脳のどんな回路を強化したいのかよく考えることです。この、「よく考えている」時に、脳は克己心(おのれに打ち勝つ心)や自制心(英文字義では「自分をコントロールする心」)という回路が強化され、不自然な性欲の回路が消えはじめます。そのようにしてあなたは、強迫的マスターベーションの悪習から徐々に解放されるのです!

強迫的マスターベーションをする理由(原因)を知り、予防する

ある20代の男性は、「自分にはうつ病の気とマスターベーションの習慣があるため、何度も自殺を考えました」と述べています。死ぬ気になればなんでもできるという人がいますが、強迫的マスターベーションの習慣におちいってしまった人にとって、この呪縛から逃れるには死を選ぶしかないと感じるほど、この習慣は精神の奥深くまで突き刺さっているようです。

「マスターベーションと成人の性徴」という本の著者は、次のように述べています。「マスターベーションをするという決定は、目的のある社会活動によってその弱点を改めようとしていないことを意味する。……緊張するといつでも、“問題の解決”と“マスターベーション”の両方を試みるという一般的な方策を採用できるのは事実である。しかし、体はいつも自分が持ち歩いているので、後者の“解決策”を用いたいという誘惑は非常に強い。したがって、問題の真の解決策を考え出すこととそれを実行することに注意を集中するのが最善である」。ということは、マスターベーションの悪習自体が問題になっている場合、それをマスターベーションで解決しようとすると、ますます問題が大きくなる......というバグが生じ、最後にはフリーズしてしまうかもしれないのです。

なにごとも、問題の原因をよく考え、原因に対する対処をしていくようにしましょう。マスターベーションをさせようとする原因のうち最大のものは、おそらくポルノでしょう。インターネットを利用していてポルノに接することでマスターベーションの悪習に逆戻りするのであれば、何らかの措置が必要です。アダルト情報にアクセスできないようにするソフト(Symantec社のInternet Securityなど)を導入するとか、オンラインするパソコンは、家族みんなの目に触れるところに置くなど、断固とした手段をとるのです。新しいソフトの購入には費用もかかりますが、それによって節約できる時間や、身につく克己心には換金できないほどの益があるのではないでしょうか。

ほかにも原因があります。1946年版のブリタニカ百科事典によると、性的衝動を抑える方法として、「肉やスパイスを多量に使った食事、とりわけ酒類を避けることが肝要である」と述べています。ほかにも、体にぴったりし過ぎる服や一人だけでいる時間が長いことなどが原因となることもあるようです。自分の一週間の活動を、建設的で生産的な活動計画で満たし、脳の回路を生産的なことから満足感を得ることができるように徐々に改造することが大切です

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]

 東京・浦安の「あべメンタルクリニック」院長の阿部輝夫さんは,精神科領域における性障害の治療の第一人者として知られる。5月18日に慈恵医大講堂で開催された第32回性治療研修会(日本性科学会主催)で,19年間の臨床経験から腟内射精障害に関する統計を報告した。それによると同障害患者は218名。そのうち81名(37.2%)の原因が「非用手的マスターベーション」,48名が(22.0%)「強すぎるグリップ」であり,ふだんのマスターベーションの方法に問題があるケースが多いことがわかった。


●「週刊誌で挟んでこする」も

 あべメンタルクリニック院長の阿部輝夫さんは,性障害の疾患別初診患者数を84年5月から毎年調べており(96年までは順天堂大学浦安病院精神科勤務),03年5月で19年間の統計がまとめられた。

 一番多かったのは勃起障害の817名で,以下「性転換症」605名(FTM240名, MTF365名),性嫌悪症357名(女性208名,男性149名),性欲障害305名,腟内射精障害218名,性交疼痛症151名,早漏72名,「両性服装倒錯症」53名などとなった。
 これらの中で最も注目されるのは,「原因が不明なまま,この数年急増している」という男性の性嫌悪症であり,この分析については昨年の研修会で報告している(02年6月号参照)。

 阿部さんが今回分析したのは腟内射精障害で,その最大原因は「非用手的マスターベーション」で81名(37.9%)が該当した。以下「強すぎるグリップ」48名(22.0%),「ひとりでないと射精できない」38名(17.4%),「包茎手術後の違和感・過剰刺激」および「ピストン運動ではない刺激」がそれぞれ13名(6.0%)など。子孫拒否,フェティッシュ,体液恐怖が,それぞれ4,3,1名に見られた。

 81名の「非用手的マスターベーション」の内容としては,「シーツにこすりつける」が圧倒的に多く(43名),次に「フトンや枕を股間に挟んでこする」(28人)が目立った。このほか「ペニスを股間に挟んで圧迫」4名,「畳にこすりつける」3名,「週刊誌に挟んでこする」2名,「会陰部をクッションにこすりつける」1名だった。

 2番目に多い原因の「強すぎるグリップ」に関して,マスターベーションを想定したグリップを握力計で測定したところこれらの患者は全員が10・を超えていた。これに対して健常者の同様の測定では4~5・が多かった。強すぎるグリップによるマスターベーションになれたために腟内射精障害となったわけだ。


●治療に「コンドーム・マス法」を考案

 最大原因の「非用手法」の治療としては,従来慣れ親しんだ刺激から手の刺激によって射精可能となり,されに腟内で射精可能となるために段階的な訓練を行う。糊のきいたシーツから柔らかい布,ガーゼと進み,手で可能になってから阿部さんが考案した「コンドーム・マス法」を行う。

 これは内側に潤滑剤をつけたコンドームを使うもので,それによって「腟内のぬるぬるした状態に似せる」。このペニスを柔らかなグリップで適度なピストン運動で刺激するというもの。「マスターベーション回数の個人差にもよるが,一般に半年ほどのコンドーム・マス法によって治ることが多い」と阿部さんは言う。

 阿部さんは報告ではふれなかったが抄録集には「近年,若者のマスターベーションが,前述のような奇妙な方法によるものが増えている。マスターベーションに『正しい方法』とか『間違った方法』などがあるのかどうかは判らないが……」と記している。

 報告終了後にフロアーから「男性はマスターベーションの方法を,自分で偶然に知る場合と周囲から教えられる場合とがあるようだが,教えることに積極的になったほうがよいのだろうか」との質問が出され,阿部さんは「そうかもしれない」と答えていた。
20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
マスターベーションは、彼女らに高度な性的な自由を与える一方で、女性に自身の体を探検する機会を与えます。

 それは、パートナーに頼って、性的な喜びを経験して、「彼女ら」が選択をする性的な緊張を解放する機会を女性に与えます。

 マスターベーションは、制御している女性に対して自身の体と性的関心に非常に能力を与えます。

 マスターベーションは、すばらしい教育手段です。そして、自身の体が性的な刺激に応答する方法について、女性に教えます。

 多くの通常で健康な女性のために、マスターベーションはオルガスムを経験する彼女らの予備的なまたは手段だけです。

 マスターベーションする一方で、女性がパートナーの必要について悩む必要はなく、理想的な精神的で身体的な刺激を提供することができるので多くの女性は、最も激しいオルガスムを経験します。

 幼少から成熟まで、マスターベーションは、人生を通じて女性のとてもためになります。

 女性には、必ずしも性的なパートナーがいない時でも彼女には常に彼女自身がいます。マスターベーションは、ためになります!
 マスターベーションは、少女または女性がしばしば学ばなければならない性的な技術についての性的な活動です。そして他の性的な種類を楽しむ鍵を握る最初で最も多くの意味を含んでいます。

 理想的には、この技術は思春期かその前に学ぶことです。しかし、非常に多くの女性は、10代後半または20代前半までに学んでいます。

 10代の女性の発達中の性の差による活力について述べる建設的な手段を持つように学ばれなければならないか、少なくとも知っていることが大切という理由としては、思春期の前にとなります。

 それも、彼女らの絶えず変わる体の自分の認識を増やして、それの制御の若干の感覚を提供します。

 ティーンがマスターベーションする方法を知っているならば、彼女が感情的に、そして、身体的に準備ができる前に、性的なパートナーを捜すことを強要されることはありえないでしょう。

 少女が10歳から14歳の間で初潮を迎える時から10代の後半になるまでに、彼女らの体は本当に妊娠、出産と授乳の備えができていません。

 マスターベーションは、若い女性に性的な欲求不満以外の選択またはパートナーとのセックスを提供します。
20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
僕は正直、この年になってもマスターベーションをする事がある。
SEXをしていない訳ではない。
SEXとオナニーのどちらが好きかと聞かれれば、即答で『SEX』と答える。
それなのにマスターベーションをする…
なんでなんだろう…?



僕が初めて性的快感を覚えたのは、小学生の頃。
確か、3、4年生の頃だったと思う。
校庭にあった『のぼり棒』に登ってる時だった。

『のぼり棒』っていうのが、正式名称かは知らないけど、とにかく鉄製のパイプが何本か立てられていて、それに足を絡み付けて、手と足を使って上に登るっていう遊具だったと思う。

いつもの様に放課後の校庭で遊び、のぼり棒に登ってるトキだった。
棒を股に挟む様にして登るから、当然、僕のアソコは棒に密着している。
押し付けてると「なんとなく気持ちイイ」って感覚は以前からあったんだけど、その日はちょっと違った。
いつもと同じく勢いよく棒を登っていく…

ジーン…(或いはジワーン…)

そんな感覚がアソコに走った。
くすぐったい様な気持ちイイよーな…
なんだか分からないけど、凄く気持ちイイ。

その頃は分からなかったけど、今にして思えば、射精と同じ感覚だ。
かといって射精はしているワケではない。
例えるなら『空撃ち』って表現が相応しいのかも…

とにかく、それからは『のぼり棒』に登る度に、その快感が味わえた。
今までよりも『のぼり棒』に登るコトが多くなった。

…が、しばらくすると、なんだか、その行為自体、『イケナイ事』をしている様な気がして、段々と『のぼり棒』に登る頻度は減っていった。

その後、中学生になり、『のぼり棒』に登るコトは全く無くなったけど、平均的なオトコがそうである様、今度はホントのオナニーを覚えてしまうコトとなる。

しかし、彼女が出来て、SEXをする様になっても、オナニーはオナニーとしてしてしまうモノだ。
どーしてなんだろう?
SEXの方が全然気持ちイイし、素敵な行為なんだけどね。

オナニーは単なる性的欲求の処理なのか…?

男は皆、そんなカンジだと思うけど、女のコのオナニーの実態って、どーなんだろうね?
100人の女のコの内、一体何人位が日常的にオナニーをしてるものなんだろう…?

そして、なぜ、オナニーをしてしまうんだろうね…?
どなたか僕に教えて下さいっ♪

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
これから述べることは、私の偏った思いや意見が含まれることを考慮のうえ、お読み下さい。


手を動かせない男性にとって最も困るのことは、性的生理の処理、自慰行為、いわゆるマスターベーションである。マスターベーション自体は絶対にしなければならないものではない。なければないで済むことであり、別段、生命に関わることではない。しかし特に男性の生理にとっては大事な事柄である。週刊誌などのゴシップメディアには、女性の中にもマスターベーションをするとある。
 マスターベーション、オナニーは自身の性器を刺激し、性的快感を得る為の行為であると私は理解する。では自分以外が間接的に行えば、性的行為、いわゆる日本風に言えば、SEXをするという行為になるのだろうか。
 見方を変えれば自分以外のものが間接的に行うのだから、自慰行為ではなくなってしまうから他人と行う性行為になってしまうのだろうか。
 それでは私のように手が曲がり、自由も利かず、股間に手の届かない者がマスターベーションをするとしたら、どのようにするかと言えば、誰かの手伝いをもらうしかない。しかしマスターベーションを含む類のものは、一般的に人知れず密かに行うというものという意識があり、「マスターベーションをしたいから、私の代わりにしてくれないだろうか」と手助けを受けることは女性ならずも、男性にも抵抗感が存在するように思う。女性の中には性的な卑猥な話を極端に嫌う人、極度に嫌悪感を表す人や言葉にする人がいる。
 自身の体の一部である性器を触れることは、女性であれば間接的ではあるが、排尿後の始末、生理の際の処理など、また入浴の際に洗う時くらいだろう。男性は排尿の際に直接に触れたいと思う。そしてまた男性性器は排尿器官だが性的興奮を感じたりした場合、勃起すると共に、勃起した際には性的快感を覚える部位である。その為におのずと男性は女性に比べ、性器に触れる機会が多いこともあってか自身の性器に触れたい、性的快感を得たいと思うこともあり触れる機会も多いようにも思う。
 私を含め、マスターベーションを他人の手を借りてでもしたいと思う者の論理(私の一方的で勝手な論理だろうが)からすれば、「たかが手を貸すだけなのだから・・・」と思う。では逆の立場からすれば、どのように思い、考えるのだろうか。ある女性の友人に意見を訊いたところによれば、親や兄弟に頼まれたとすれば可能かも知れない。と言った。また排尿介助をするように生理と思えばとも。
 私が思うに、男性の場合(中には女性にあるかも知れない)、射精を伴うマスターベーション、何らかの障害により射精を伴わないマスターベーションは、男性の生理的な現象と考えていると思うのだがどうであろうか。ある人は尿や便を催すように、マスターベーションも同じようなものと言った。
 では女性はマスターベーションについて、どのように考えるのだろうか。


 私は寝たきりの状態にあり、更には腕、指は曲がり、動かすこともできないこともできない。当然のことながら日常的に排尿、排便介助を受けている。そうするとマスターベーションをしたくなりどうにもたまらず、「してくれません?」かと口にしたくなる。しかし「なに言うの?」、「私はそんなことをする為にいるんじゃない」、「どうして私がそんなことをしなければならいの?」と言われるのではないかと思うと、精いっぱいの理性で口にすることを抑えている。
 もしも言葉にすれば理性のない奴だと軽蔑されるだろうが、介助者に事実「して欲しい」と依頼したことがある。そして手を添え、してくれたことも幾度かある。また私はできないと言う人、手でしてあげることができないと言うかのように、無言で手を陰部にもっていってくれる人、後始末をしてくれる人もあった。しかし依頼したことが元で、ぎこちない関係に陥った人もある。だからといって、そのようになったことを責めるつもりはない。マスターベーションがしたいから、」して欲しい」と言えば驚き、戸惑うのが当然の反応だろう。
 マスターベーションができないから「手伝いや自分の手の代わりをして欲しい」と思う以上、別段、女性である必要はないし、男性でも構わない。あえて理想を言うならば、私は男性である限り、女性の柔らかな手を借りたい。しかしそれではまるで手が動かせないことをいいことに、風俗産業まがいのことをさせている。と思う人が多いだろう。もっとも男性は理解して貰える人は多いだろうが、女性の中にも理解してくれる人も皆無ではないと思う。ただ女性はマスターベーションや男性のように自身の性器に触れたい、性的快感を得たいと思うことは少ないだろうし、頭では理解はできても、生理的には理解は難しいだろう。しかし理解して欲しい。それが切なる希望だ。


今、改めて考えると、なんとも情けなく、悲しい気持ちになる。なぜなら、寝たきりの状態で自分の性器も触れることもできないうえに、マスターベーションをしたい、性行為をしたいと思うことが頭から離れないからである。性欲はどのような状態や状況になってもなくならないことは、ごく当たり前のことではあるが、私には大きな荷物になっている。


最後にマスターベーションやマスターベーションの介助、代行に関する貴方の思いや意見をお聞かせ下さい。

意見やメッセージを書き込み、論議の場にしていただければ嬉しく思います。

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
東北道の鹿沼インターからさつきロードに入る交差点に、「もういらない、みんなでなくそうポルノ自販機」という看板があります。まったく同じものが、例幣市街道に一つと、同じような内容の物が壬生駅の近くにもあります。  
 この看板を見るたびに、私は「一体誰が、何のために作ったのか?」「本当にポルノ自販機は、いらないのか?」と、疑問を感じると共に、腹立たしい気持ちになります。ポルノ雑誌は、ある意味では健全な青少年の育成に必要なものだと思います。それは、マスターベーションの必要性と直結しているものです。

 そして自販機は、羞恥心の強い思春期の青少年にとっては、強い味方となってくれているのです。
(成人男性の皆さん、若い頃、自販機でポルノ雑誌を買った事がありませんでしたか?私の周囲の人は、ほとんどが自販機の経験がありました。)マスターベーションの必要性については、改めて考えてみる必要もないでしょう。日本思春期学会では、性欲が極めて旺盛な青少年に対して、性欲が抑えきれなくなった時の処理方法として、マスターベーションを勧めています。また日本性科学会でも、マスターベーションは「1人で行う性行為の一形態」と位置付けており、性機能障害の治療においても、重要な技法の一つになっています。そのマスターベーションには、ポルノ雑誌は必要な視覚的刺激(いわゆる「おかず」)であることは言うまでもありません。青少年達が性欲の正しい処理方法であるマスターベーションを行なう時に、ポルノ雑誌は有効かつ必要なのです。

 皆さん、この看板の文章で「もういらない」と言っているのは「自販機」だけではなく「ポルノそのもの」に対してというニュアンスが受け取られませんか?この看板は、青少年が必要不可欠なこととして、マスターベーションを行う事、そしてそこにはポルノ雑誌が必要であること、という事実を無視しているのです。この看板を作った人がもし男性だとすれば、その人は自分が若い頃、ポルノ雑誌を見て、あこがれの「女性」に対する想像をめぐらせながら、マスターベーションをしていた頃の事を忘れてしまったのでしょうか。また女性であれば、そのような夫の過去を受け入れられない人なのでしょうか。誰もが始めからセックスの達人ではありません。初めてのセックスでとまどい、そしていろいろな体験をしながら、人類に与えられた大きな喜びであるセックスを男女ともにより楽しめるようになっていくのです。その過程の中で、マスターベーションは(特に男性にとって)重要な要素と言えます。そのマスターベーションそのものを否定するようなこの看板が、市街地に堂々と立ててあることにいきどおりを感じずにはいられません。皆さん、どのように思われますか?

 もしかしたらこの看板は、ポルノそのものの否定ではなく、あくまでもポルノ自販機の否定に過ぎないのかも知れません(たとえば、その利益が悪用されている、などの理由により)。そして決してポルノそのものの否定ではなかったのだとすれば、今回の議論はまったく的外れなものになってしまうのですが、そうだとすればそのように、はっきりと看板に書くべきだと思います。

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
マスターベーションは、ただ単に性的快楽の追求というだけではなく、心の癒しの手段としてなされていることがあります。
そういう場合には、心の問題を解決することが、マスターベーションから解放される近道です。
また、性的欲求をコントロールする「昇華」という発達課題をこなしている時期の問題である場合もあります。
つまり、心の成熟が求められているための問題であるということです。
マスターベーションを解決するために、早く結婚をしなさいということが冗談混じりで言われることがあります。
聖書にもそれらしいことばがありますが、それが聖書の考え方であるとすれば、正しい理解ではありません。
実際、マスターベーションは結婚で解決する問題かというとそうではありません。
意外と伏せられていることですが、既婚者もまた、様々な理由で、マスターベーションに浸るということがあります。

 つまり、性的欲求をコントロールするという課題は、結婚すれば解消するかというとそうではないのです。
性的欲求が必要に応じて、つまりパートナーの合意によって満たされるためには、それなりの関係を創っていく必要があります。
独身時代には抽象的な課題であり、難しいことかもしれません。
 なお、マスターベーションがいけないというのは、その行為が悪いというよりも、そこでなされること、女性を連想し、女性を性的欲求のはけ口としてなしてしまう問題のように思います。
グラビアを見ながらマスターベーションをするというのは、まさに女性を物として見ているのですし、女性の身体の一部を、女性の人格から切り離して見ていることで、女性を尊重する心を欠いています。

性は人格的な接触であり、身体のみの接触ではないはずです。性的欲求に伴う心の成熟が必要とされているのでしょう

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
Lisa Palacによるこのエッセイは、彼女が自他共に認めるラディカル・フェミニストだった大学時代からはじまります。 アーティストとしてフィルムを勉強していた彼女は、女性学のクラスでCatharine MacKinnon、Andrea Dworkin、Gail Dinesらによる反ポルノグラフィ論に大いに影響を受けるのですが、ふとした事から、普段はフェミニズムに対して理解ある言動を示している彼女のボーイフレンドが、実はポルノビデオを何本も隠し持っていた事を発見します。

「いますぐビデオを捨てなければ別れる」と迫る彼女に対して、「君がそういうなら捨てるけど、その前に一度このビデオを見て欲しい。 僕の事を誤解しないで欲しい」と答える彼。 さんざん言い合った挙句、結局彼女は「内容によっては別れよう」と思いながらも彼と一緒にビデオを見る事に同意します。

そこで彼女が見た物、それはMacKinnon氏の著書などから彼女が思い描いていた暴力的な描写でも女性を物として扱う映像でもなく、ただ単にカメラの前で男女が裸になっていちゃつくだけの、芸術的に「クズ」としか呼べない三流映画だったのです。 予期が外れて、ある意味ではほっとした彼女ですが、それでも不思議に思ったのが、何故男はこんなくだらない三流映画に熱中するのかという事。 その後何本かボーイフレンドと一緒に見ても、興奮するのは彼だけで、彼女にとってはただ単に退屈かつ幼稚な映像としか見えません。

そのうち、彼女は自分が映画監督の卵として、つい分析的な視点からポルノを見ていた事に気が付きます。 そのような見方をする以上、演技や脚本のまずさばかりが目立ってちっとも熱中できません。 そこで、彼女はビデオを一本借りてきて、自分の部屋で自分だけになって、初めて「楽しむ」ことだけを目的としてポルノを見るのです。そして、その時始めて彼女は罪悪感を感じずにマスターベーションで性的に興奮できる事を「発見」しました。 それはすぐに、男性のマスターベーションが当り前の物とされているのに、女性のマスターベーションだけをことさらタブーとする社会風潮への批判に繋がります。

ここで彼女は、MacKinnonらラディカルフェミニストは「男性による性的搾取」への回答として、女性が自身の性的欲望を否定するか、あるいはレズビアンになるか以外の選択を女性に提示していないと感じます。 過半数の女性はヘテロセクシャルなのに、そうしたヘテロセクシャルの女性が性的な主体となるためのサポートをラディカルフェミニズムが提供していない事に気付いたのですね。

マスターベーションがなぜ重要かというと、マスターベーションという選択肢が無ければ、彼女を含むヘテロセクシャルの女性にとっては自らのセクシュアリティを男性に全面的に依存する事になってしまうからです。 つまり、女性の性的主体性を奪っているのは強制異性愛制度だけではなく、マスターベーションをタブー視する風潮であると指摘するのです。

そこで彼女は考えます。 男性のマスターベーションが当り前とされるのは、男性向けのポルノグラフィがそこら中に溢れている事と無関係ではない。 ところが、それらの多くは男性の視点から男性を興奮させるために作られており、女性が見て興奮できるポルノグラフィは圧倒的に少ない。 女性の視点から女性を興奮させるために作られたポルノグラフィが増えたら、より多くの女性がマスターベーションをするようになり、女性の性的自立は実現するのではないか? そう彼女は結論付けます。

ここまで言えばもうこの先はお分かりでしょう。 彼女は大学卒業のプロジェクトとして監督・主演して女性向けポルノグラフィを制作し(男優は当然、彼女の人生を変えたボーイフレンド氏です)、卒業後も数少ないヘテロセクシャルの女性のための本格的(ここでは、芸術的価値があるということ)ポルノグラフィを作る活動をしています。

彼女の活動は、言葉の上でポルノグラフィとエロティカを区別してエロティカへの理解を装いつつもレズビアン以外のエロティカの成立可能性を極端に難しくしたラディカルフェミニスト的アプローチとも、ただ単にセックス革命(フリー・セックスを行うなど、社会的な性に関する規範に反抗する運動だが、男性中心的な点は古い規範と変わらない)に雷同するだけのこれまでの「セックス・ポジティブな女性」とも一線を画し、自分の欲望をしっかりと認識した上で「ほんとうの自分」としての女性の自立を追及したという点でユニークであると共に、非常に第3波的であるといえます。

「女性の性的客体化」という深刻な問題に対し、彼女はポルノグラフィというメディアを否定するのではなく、女性の性欲を主体的に捉えるポルノグラフィを実際に制作する事で回答としましたが、このようなポジティブなフェミニズムが今のフェミニズムの梗塞状態の打開に繋がるかも知れないと期待しています。

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
(1)自慰行為の経験率

下のグラフ1は厚生省がまとめたの自慰行為の経験率を示したグラフである。




まず注目すべき点は、自慰経験者が全体のごく少数であることである。
思春期後の20歳で言えば、男性で10.1%、女性で1.3%の者が自慰を行なっているにすぎない。つまり自慰行為とは性欲の旺盛な一部の者にだけ見られる特異な性行動と言える。特に女性の自慰経験率は男性に比べても低く、極端に性欲の強い者のみが自慰行為を行なっていると言える。
インターネット上のサイトに、あたかも多くの若年者が自慰行為の経験があるかのように記述しているものが見受けられるが、これは完全に誤った情報である。おそらくは、自慰行為中毒者が自身の自慰行為に対する罪の意識から逃避するため、このような情報を流しているもの思われる。

次に、40歳50歳の自慰経験率が急激に上昇していることに注目してもらいたい。
これは20世紀の中期に、いわゆる「自慰行為無害説」が流布されたことが影響している。
現在では自慰行為が人体に有害な影響を与えることは明白となっているが、当時は自慰行為無害説が主流であった。そのため、20世紀中期に思春期を迎えた40代50代が、当時大量に自慰行為に走ったものと考えられる。







(2)自慰行為に対する意識

グラフ2のアンケート結果を見てもらいたい。これは総務庁が行なった意識調査の結果である。

グラフ2



自慰行為者に対するイメージは、大多数が否定的なものである。むろん「その他少数意見」の中には肯定的な意見も含まれていたが、おそらく自慰行為中毒者の自己弁護的な意見が集計されたものと推測される。
この結果からも明らかなように、自慰行為は社会的には完全に「異常な性行動」と認識されている。ここまで極端な意識傾向は、ときとして自慰行為中毒者に対する差別をも生みかねないが、自慰行為の有害性を考えればある意味やむを得ないものであろう。





(3)自慰行為の肉体的・精神的健康に及ぼす影響

一部の者が「自慰行為は無害」と声高に主張しているが、世界的に見て現在このようなことを言っているのは日本だけである。確かに欧米でも20世紀の中期に「自慰行為無害説」が広まったことはあったが、近年の先進的な研究から自慰行為の様々な有害性が明らかになり、欧米では自慰行為有害説はもはや常識となっている。

肉体的健康
まず、自慰行為はエネルギー消費が大きく、身体を極度に疲弊させる。これはひいては全身の急激な老化現象をひき起こすことがある。マウスに電気刺激を与え強制的に射精させた実験では、自慰マウスの集団はそうではない集団に比べ、約15%寿命が短いことがわかっている。
また、統計的なデータからは、自慰行為者には癌の発生率が高いことが明らかになっている。これは自慰行為による陰茎や膣への不自然かつ過度な摩擦が異常刺激となり、細胞の癌化を促しているものと考えられる。

精神的健康
自慰行為はその行為に際し性的な想像を必要とする。自慰行為中毒者は頻繁に性的想像を行うため、妄想が高じ、結果精神障害を発症するに至る。自慰行為者は自慰行為を続ける一方、自身の自慰行為に対して嫌悪感を抱いており、そのような心の葛藤が精神の破綻を生じさせているのであろう。また、自慰行為者の妄想は現実離れした自分に都合のよい自己中心的なものであることが多く、そのような自己完結した思考が精神の破綻を加速させているという説もある。
自慰行為の影響はそれだけに留まらない。精神障害の末、暴力行為、強盗などの犯罪を犯す事例も多く見られるのだ。1992年に米ミズーリ州で発生した銃乱射事件で犯人は、当初麻薬中毒者と思われていたが事件後の検査で麻薬陽性反応は見られず、自慰行為中毒者であることがわかった。そもそも自慰行為中毒者は性的欲求をはじめとする欲望が強く、またその欲望を抑制することができないために自慰行為を繰り返えしており、金銭欲、自己顕示欲などが背景となる犯罪についても同様に欲望を抑えきれずに罪を犯すものと考えられる。






(4)自慰行為の生殖能力・生殖器に及ぼす影響

前項でも述べたように、自慰行為は人体の健康に多大な悪影響を及ぼすことが分かっている。
その中でも、特に重大な影響を与えるのが生殖能力に対してである。

男性
まず、自慰行為による過度の射精が無精子症に繋がる危険性について説明しよう。
精子は生殖細胞から分化して生産されており、生殖細胞が有限である限り、生涯での精子生産数は自ずから決まってくる。これは自慰行為による射精回数が直接精子消費量に結びつくことを意味するのではない。射精頻度が増加すると射精1回あたりの精子数が減少する。すると人体は一定以上の精子数を確保するため、精子の生産速度を高める。その結果生殖細胞の消耗が速くなってしまうのである。精子の生産速度増大のメカニズムは分かっていないが、自慰行為により性ホルモンの分泌が活性化されることが一因と考えられている。
次に、自慰行為がインポテンツ、早漏の原因となることを指摘しておく。
前項で述べたとおり自慰行為は強い妄想を伴うが、慢性的な妄想は性的刺激に対する感受性を異常化させることがある。つまり性的刺激に対する感受性が鈍化してしまい、性交時に勃起しないインポテンツ症を発症するのである。
一方それとは全く逆に、早漏の症状を示すこともある。これは日常的に妄想しているため、わずかな性的刺激だけで妄想が増幅し、過度に性的興奮が高まることが原因と言われている。また、自慰行為で繰り返される「摩擦刺激すなわち射精」というサイクルが、一種の条件反射となっているという説もある。

女性
外面的な影響としては、性器の着色と変形がある。
以前より広く知られていることだが、自慰行為の摩擦刺激は皮膚や粘膜組織を黒ずませる。特に大陰唇、小陰唇の濃色化が顕著である。組織が黒くなるのはメラニン色素の沈着のためであり、これは摩擦による単純な刺激のほか、自慰行為による性ホルモン分泌の活性化も影響している。
性器の濃色化の程度は、元々の体質によるところもあるが、概ね自慰行為の回数に比例している。つまり自慰行為の開始年齢が早いほど、自慰行為の頻度か高いほど、より濃い色となる。特にホルモンバランスが不安定な思春期に自慰行為を行なった場合、急速に性器が濃色化していくことが分かっている。
また、自慰行為で性器への摩擦を繰り返すことにより、性器、特に小陰唇が変形する。小陰唇の形が歪になると共に、小陰唇が伸張し、ついには大陰唇からはみ出すようになる。これは排尿に深刻な影響を与え、尿が斜めに放出され、飛沫が飛び散るといった不都合を生じる。
膣内への刺激を続けた場合、膣の緊張が低下し、いわゆる「緩い」と言われる状態となる。これは膣の緊張が高い状態で摩擦すると膣粘膜の損傷が大きいため、膣の緊張を低下させ摩擦を減少させようとする人体の防御反応であろう。また、陰核(クリトリス)への刺激を続けた場合、陰核が通常よりも巨大化する傾向がある。







(5)自慰行為の学習能力に及ぼす影響

自慰行為は集中力をなくすことは従来より知られている。その結果学習能力が低下した事例は枚挙に暇がない。しかし近年の研究においてはさらに驚くべき事実が明らかとなった。
米南アラスカ医科大O.エドワード博士らの研究によれば、自慰行為により脳細胞が部分的に死滅することが確認されたのだ。これは自慰行為の終末期において、脳内にドーパミンなどの脳内麻薬物質が大量に分泌されることにより、脳細胞が壊死するものと推測されている。
10歳から自慰行為を行っていた22歳の被験者の場合、脳細胞の約13%が死滅していた。影響は特に知性や理性を司る大脳新皮質に顕著であり、この被験者は思考力低下、記憶異常などアルツハイマー様の症状を示すに至っていたといわれる。






(6)自慰行為に対する社会的対応の課題

前項までに述べたとおり、自慰行為が人体に有害であることは明白となっている。それにもかかわらず、自慰行為に対する社会的な対応は致命的に遅れている。
たとえば、教育現場において自慰行為の有害性を積極的に教えようとしないのは大きな問題である。これは自慰行為無害説の誤りに気付かない若年者を大量に生み出す元凶となっている。
また、第1項で述べた「多くの若年者が自慰行為の経験があるかのように記述しているサイト」をこのまま放置するのはいかがなものか。このようなサイトは若年者の誤解を助長するものであり、今後法的な規制が必要と思われる。

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
ワシントン州在住でドーナツチェーン『クリスピー・クリーム・ドーナツ』で働く20歳の若者『リック』さん(仮名)。キリスト教を信じるリックさんには、深刻な悩みがある―マスターベーションをしてしまうことだ。
 って、しない方が異常ですから。
 ポルノや自慰行為に罪悪感を抱くのは、我々日本人から見るとおかしなことかも知らん。だって中学生くらいから、男の子ってソレしか考えてないでしょ(笑)。毎日毎日毎日毎日、考えることと言えばソレ。やることといえばソレ。みんな覚えあるだろうが。だから男子厨房は人生で一番マヌケな季節。そして、最も美しい季節であるともいえるのだ。
 マジメな話、欲望を抑圧し続けるとおかしなことになる。おかしな方向へ向う。これはもう必然である。なせかというと、
どんなに気取ったイケメンの男だろうが、股間には金玉をぶら下げているからである。
 金玉は精巣とも言う。精の巣ですよ、お嬢さん。
 若い健康な男ならば、精通あって以降、毎日確実に金玉の中ではせっせせっせと新しく活きのいい精子が製造されている。それらは出所を求めて元気に動き回る。放出せねばならぬ。出来れば種の保存のため、女性の卵子めがけて。しかし毎度毎度そうするわけにもいかぬ。しかし溜まったものは出さねばならぬ。この切ない動物学的などうしようもない生理欲求は、毎度の糞尿の排泄と同様、いつかは体外へと放出しない限り満たされることはない。
 放出は快感を伴う。その快感は一部の間違った趣味趣向(笑)の持ち主でない限り、出来得れば異性の、それも生身の体へと向けることが最大のものとなる。それがかなわぬなら、想像や妄想でそれの疑似体験と共に放出の快感を得る。大人になっても健康な男子ならば、睾丸では毎日せっせと新しい精子が生産され放出を待つ。これを精神力で抑えようとしたところで、抑えきれるものではない。皆さんはくしゃみやあくび、いや小便や大便を精神力で抑えることが自在に出来るだろうか? 出来まい。
 ちなみに健康な男子も、齢四十前後からこの生産能力に衰えが出てくるので、「毎日放出したい」という過剰な生理的欲求のサイクルはゆるやかになる場合が多い。俺のことか? ほっとけ。しかしこれには大きく個体差もあり、六十七十になっても若い頃のまま、放出欲求を過剰に持ち続ける人間もたくさん、いる。これらを正常・異常と単純に分類することはもはや不可能といってもいい。

 以前、教え子の女子(19か20歳)が「彼氏の部屋でエッチな本やビデオを発見した、不潔だと思った」と告白した。
 なにゆえ不潔なのだろうか? そのくらいの年齢の健康な男子なら、当然新鮮な精子が金玉の中で毎日生産され、放出を待ってうようよと蠢いている。いやもうホントに情けないくらいに。
 それらをどう放出、いや排泄すればいいのか。いちいち夢精するまで我慢し続け、その都度パンツをガビガビにするのは知能が低いと言わざるを得ない。ではその都度、つまり排泄の欲求を覚えるたび、彼女を呼び排泄場所とするのか。それでは女の子はトイレと同じではないか。
 彼女との性行為は、当然男の子にとっても大切な、お互いの心の高まりの一致と愛の確認の瞬間でありたい。であるならば、そのほかの、四六時中一緒にいられるわけではないのならなおさら、彼氏の自慰行為すなわち排泄行為を認めるべきであろう。むしろ、自分以外の女体を相手にせず、金で買うような行為もせず、ひたすら自分で排泄は行っているという彼氏の「純潔」を、エロ本やビデオを発見した彼女は賞賛すべきではないのか!? どうかね世の男子諸君!
 …俺のトシになるとどうでもいいんすけどね実際…

 マジメな話、欧米では日本と違いポルノは解禁の国がほとんどだ。そういう国々で性犯罪が少ないかと思うが実はそうではない。それらの国々ではキリスト教的道徳観を厳格に守る人がおり、彼らは彼らでポルノを汚らわしいと思っているだけで、見たい奴は見、見たくない者は見ない。そ
前向きに頑張れ
オススメ
マスターベーションは、80年代前半の日本のアンダーグラウンド・シーンを代表するパンク・バンドの一つだ。81年5月に京都で結成。当初のメンバーは、卑龍(vo&g)、神風(dr)、ロス(b)だった。翌年2月がデビュー・ステージで、まもなく東京でもしばしばライヴをやるようになるのだが、当時ライヴ中によく卑龍は自分の体をカミソリで切り刻んでいた。初の音源発表は、83年2月にからリリースされたコンピレーション盤の『Outsider』。続いて、名曲「兵士トナッテ戦場ヘムカエ!」収録のEPをから出す。マスターベーションにはツー・ビートの速い曲もあるが、ルーディメンタリー・ペナイを思い出すスロー~ミッド・テンポの曲が多く、当時(今においてもだが)のシーンの中でも異色だった。ゴシックとは違う日本的なダークな色彩の音だけでなく、暗部に焦点を当てたような日本語の歌詞も含めて、ドロドロした雰囲気を作り出していた。その後メンバーが抜け、卑龍はマスターベーションの拠点を東京に移した。84年には、奇形児のメンバーのタツシがベース、後にザ・原爆オナニーズやスタークラブ、ブランキー・ジェット・シティで叩くタツヤがドラムに、メンバーが固まる。この編成で、音の抜けがよくなった。まもなくソノシートの『死顔』を出し、85年の頭にはミニ・アルバム『被害妄想』をリリースした。しかし同年3月のステージが、マスターベーションのラスト・ライヴとなった。それから卑龍は、タツシや奇形児のヒロシらと共にトランスフォーマーを結成。ミニ・アルバム『Manoeuvre』を出したが、まもなくシーンからは姿を消した。(行川和彦)
20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
『リック』さん(仮名)は、ワシントン州に住み、ドーナツチェーンの『クリスピー・クリーム・ドーナツ』で働く20歳の若者。キリスト教を信じるリックさんには、深刻な悩みがあるマスターベーションをしてしまうことだ。

 リックさんは最近、自慰行為は罪深い行為だとの考えを同じくする、やはりキリスト教徒の男性何人かと知り合い、40日間「不浄行為」をしないと誓い合った。聖書に書かれている、砂漠でサタンがキリストを快楽に引き込もうと誘惑し続けた日数と同じだ。リックさんと仲間たちは、電子メールやインスタント・メッセージを通じて、誓いを破らないよう励ましあっている。

 「始めてまだ数日だが、自分の体がいかにそれに慣れ、中毒になっていたかを実感しつつある」今回の挑戦を記録しているウェブログ『フリー・トゥ・ビー・ピュア』に、リックさんはそう書き込んでいる。「我慢するのは大変だが、自分のためだけでなく、一緒にこの禁欲に挑戦している仲間たちのためにも、強くなろう、そしてこの中毒を打ち負かそうと僕は戦っている。みんな、がんばろう! 僕たちは清らかさを取り戻せる」

 リックさんたちが挑戦を始めるきっかけになったのは、『XXXチャーチ』というウェブサイトだ。このサイトは、ポルノと自慰という2大誘惑を克服できるよう人々を支援し、彼らを神に向かわせることを使命としている。

 このオンライン活動は、世界のポルノ産業の中心地と言われる南カリフォルニア出身の2人の若い牧師(写真)が立ち上げたもの。とりわけポルノが蔓延している媒体、インターネットを通じた肉欲の罪に対して、果敢に戦いを挑んでいる。とはいえ、非常に厳しい戦いだ。XXX(ポルノ)サイトが無数にあるのに対し、XXXチャーチはたった1つしかない。

 「(われわれは)キリスト教会がポルノ問題に対して何もしていないのを見て、立ち上がって何か行動を起こそうと決めた」。クレイグ・グロス牧師(28歳)は、2002年にマイク・フォスター牧師(32歳)と2人でXXXチャーチを設立した動機についてこう話す。「キリスト教徒とそれ以外の人々双方に訴えかけるため、通常の教会活動の範疇に当てはまらないやり方をしたかった」

 「最高のキリスト教ポルノサイト」を名乗る同サイトでは、ダウンロードして使える聖書研究素材や、祈りのためのオンラインフォーラム、登録したユーザーが訪れた好ましくないサイトを記録して、指定した第三者にその事実を報告できる(日本語版記事)無料ソフトウェア『X3ウォッチ』などを提供している。

 実用的なアドバイスも多数ある。両牧師が自慰行為の代わりに勧めるのはこんなことだ。「平静を保ち、自らにこう言い聞かせなさい。『自慰よ、私はおまえの奴隷ではない! 私は自分の人生を取り戻す!』(あるいはこれに類する言葉を)。もし、これがうまく行かなかったら、ほかのやり方もある。たとえば、ガムを噛むとか、[ドラッグの禁断症状について歌った]ジョン・レノンの曲『冷たい七面鳥』を大声で歌う、あるいはチョコレートを食べるとか、自分にとっていちばん気の紛れること(ただし自慰以外)をすればいい」

 マスターベーションを戒める教えは、マタイによる福音書5章27~30節に基づくものだ。福音書は肉欲を罪とし、もし体の一部(たとえば右の手)が罪を犯させるのなら、切り取って捨ててしまいなさいと述べている。なぜなら、「体の一部を失っても、全身を地獄に投げ入れられるよりはまし」だから、と。

 両牧師は最初、『セーブ・ザ・キトゥン』(子猫を救え)という電子メールキャンペーンを展開した。メールの内容は、『Photoshop』(フォトショップ)で作った、2匹の大口を開けた怪物が子猫を追いかける画像に、「あなたが自慰を1度するたび……神が子猫を1匹殺す」というメッセージを添えたもの。「子猫を殺す」という比喩が、自慰について人々が語りやすい状況を作ったとグロス牧師は話す。この電子メールは多くの人に広まったが、キャンペーンから派生したビデオ子猫が部屋の端から端まで乱暴に放り投げられる映像のために、不快感を持つ人も出た。

 次の試みは、小人症の人を起用して、「ポルノは君の成長を止める」というキャッチコピーをつけたテレビCMだった。このCMは、MTVやその他の若者向けテレビ番組で流されたが、小人症患者の支援団体『リトル・ピープル・オブ・アメリカ』(LPA)が不快感を表明したことから、放送中止となった。

 XXXチャーチは先ごろ、2本目のCMを完成させたが、こちらも1本目に劣らず物議を醸している。これを監督したのは、『ナットジョブ・ナース』『ジ・アナル・ライフ』などを撮ったベテランのポルノ映画監督、ジェイムズ・ディジョージオ氏。ポルノ業界では『ジミー・D』の名で知られる人物だ。XXXチャーチの両牧師とは、業界誌『アダルト・ビデオ・ニュース』(AVN)がラスベガスで開催している展示会『アダルト・エンターテインメント・エキスポ』の会場で知り合った。両牧師は毎年ここへブースを出し、聖書と「イエスはポルノスターを愛している」と書かれたステッカーを配っているという。

 両牧師から、小人症の人を使ったCMが放送中止になった話を聞いたディジョージオ氏は、新しいCMの監督を無償で引き受けると申し出た。そして完成したのが、人形を使ってセックスを模した場面と、子どもをポルノから遠ざけようという警告からなるCMだ。ディジョージオ氏はこの反ポルノCMを引き受けた動機を公にしておらず、ワイアードの取材依頼にも返答はなかった。

 両牧師のこうした活動は、保守的なキリスト教徒の怒りを買っている。ポルノ関係者と親しくしているなど、およそ聖職者らしからぬやり方が非難を浴びているのだ。

 XXXチャーチの反論メール欄には、別の反ポルノ団体『セッティング・キャプティブ・フリー』の創設者マイク・クリーブランド氏が送った次のような文面が掲載されている。「われわれが両牧師を支持しない主な理由は、彼らのやり方が聖書に即しておらず、聖職者としても実りある結果を生んでいないためだ」。ワイアードはクリーブランド氏に取材を試みたが、この抗議について詳しく語ることは拒否された。

 一方で、両牧師の活動を賞賛する人々もいる。ケンタッキー州でセックス中毒のキリスト教徒向け治療センターを運営する団体、『ピュア・ライフ・ミニストリー』のスティーブ・ギャラガー会長もその1人だ。XXXチャーチという名称を聞いたときには懐疑的だったが、両牧師の訪問を受けてその考えが変わったという。

 「彼らが発する『ポルノより素晴らしいものがある、それはキリストだ』という単純明快なメッセージは、好悪はさておき鋭いものだし、ユーモアのセンスに富んでいる。サブカルチャーの世界にかけたこの橋を、人々がいつか渡ってくる楽天地だと思っていた世界が実はそうではないと分かって、行き場を失った人々が」とギャラガー会長。

 グロス牧師は、他人が自分たちの活動をどう思っているかなど、あまり気にしないと述べている。

 「キリスト自身も物議を醸した人物なので、(われわれも)人に嫌われようがかまわない。ただ、悲しいのは、非難の多くがキリスト教徒から寄せられることだ。ちょうどキリストの時代と同じように。信仰に篤いとされていた人々が、きまってキリストを非難した」

 批判を受けながらも、両牧師は講演で各地を回ったり、インターネットで流すリアリティー番組の準備をしたりと忙しく活動している。この番組は2人の「ポルノの世界における冒険」を記録するもので、実在のポルノ俳優や、ポルノ中毒を克服しつつある若者なども登場する予定だ。番組のタイトルは、『ミッショナリー・ポジション』(聖職者の立場/正常位)という。

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
強迫的マスターベーションは、精神的・感情的・道徳的に有害である

マスターベーションについての一般的な見方として、“それは精神安定剤的なものでなんら問題はない”、“それをしたからといってだれも傷つけない”、“それが原因で何かの病気にかかることはない”などと甘言を垂れる医者さえ存在します。そのような無責任で うわべだけの発言は、強迫的マスターベーションが習慣になっているマスターベーション中毒者を助けるどころか、混乱させ、その悪習から抜け出すのをますます困難にしています。では、マスターベーションは本当に医学的に無害なのでしょうか?

マルコム・カーラザーズ博士(病理学者・イギリス)は、「マスターベーションは大抵欲求不満によって引き起こされ、“自涜(じとく。文字どおりには「自分を冒涜すること」を意味する)”という言葉が示しているように、根本的には自分自身に対する攻撃行動であると精神病学者たちは述べている。したがってノルアドレナリンの分泌は比較的多く、その結果血液中の脂肪の値が上がっても、マスターベーションに伴う筋肉活動で使い尽くされる量はわずかである」。このようにして発生する血液中の脂肪が冠状動脈に凝固物を生じさせるので、マスターベーションについて昔から言われていること、つまりそれが顔面蒼白、精力消耗、不眠、不妊、意志薄弱、生殖器の萎縮、心臓発作の原因になるという考え方は、「結局ある程度の真実性を帯びているのではないか」と述べています。(「西欧の死の道」)

それよりももっと恐るべき影響は、強迫的マスターベーションが、その人の精神・感情・道徳面におよぼす影響です。アメリカーナ百科事典はこう認めています。「マスターベーションに対する最も新しい見方は、その精神的な有害性を認める点にある……それは肉体上のなんらかの障害から来るのではなく、自涜を行なう人のいだくある種の罪悪感、およびそれによって仲間との自然な交流を持ちにくくなることから来るものである」。強迫的マスターベーションは人の人格性質を変えてしまいます。物事に対する健全な見方、また異性や他の人々に対する正しい態度が取れなくなります。その人を引っ込み思案にならせ、生産性を著しく低下させます。

マスターベーションは性欲処理に必要だという考え方は危険です。マスターベーション自体が性欲を増進させるのです。人間の脳は、習慣的に使っている回路をより強化していきます。そして使わない回路はだんだん萎(な)えていきます。マスターベーションによって性欲ばかり増進させ、人生に必要な克己心や自制心という回路がどんどん失われていくなら、どんな生涯になるでしょうか。男性の場合、マスターベーションをしなくても、体は自然に精液を一定の量に保ちます。仮に過剰になったとしても、夢精(睡眠中に自然に射精すること。しばしば性愛の関係した夢を伴うことからこの名がついた)というごく自然な生理現象によって処理されます。次にマスターベーションの衝動が起こった時、あなたは、脳のどんな回路を強化したいのかよく考えることです。この、「よく考えている」時に、脳は克己心(おのれに打ち勝つ心)や自制心(英文字義では「自分をコントロールする心」)という回路が強化され、不自然な性欲の回路が消えはじめます。そのようにしてあなたは、強迫的マスターベーションの悪習から徐々に解放されるのです!

強迫的マスターベーションをする理由(原因)を知り、予防する

ある20代の男性は、「自分にはうつ病の気とマスターベーションの習慣があるため、何度も自殺を考えました」と述べています。死ぬ気になればなんでもできるという人がいますが、強迫的マスターベーションの習慣におちいってしまった人にとって、この呪縛から逃れるには死を選ぶしかないと感じるほど、この習慣は精神の奥深くまで突き刺さっているようです。

「マスターベーションと成人の性徴」という本の著者は、次のように述べています。「マスターベーションをするという決定は、目的のある社会活動によってその弱点を改めようとしていないことを意味する。……緊張するといつでも、“問題の解決”と“マスターベーション”の両方を試みるという一般的な方策を採用できるのは事実である。しかし、体はいつも自分が持ち歩いているので、後者の“解決策”を用いたいという誘惑は非常に強い。したがって、問題の真の解決策を考え出すこととそれを実行することに注意を集中するのが最善である」。ということは、マスターベーションの悪習自体が問題になっている場合、それをマスターベーションで解決しようとすると、ますます問題が大きくなる......というバグが生じ、最後にはフリーズしてしまうかもしれないのです。

なにごとも、問題の原因をよく考え、原因に対する対処をしていくようにしましょう。マスターベーションをさせようとする原因のうち最大のものは、おそらくポルノでしょう。インターネットを利用していてポルノに接することでマスターベーションの悪習に逆戻りするのであれば、何らかの措置が必要です。アダルト情報にアクセスできないようにするソフト(Symantec社のInternet Securityなど)を導入するとか、オンラインするパソコンは、家族みんなの目に触れるところに置くなど、断固とした手段をとるのです。新しいソフトの購入には費用もかかりますが、それによって節約できる時間や、身につく克己心には換金できないほどの益があるのではないでしょうか。

ほかにも原因があります。1946年版のブリタニカ百科事典によると、性的衝動を抑える方法として、「肉やスパイスを多量に使った食事、とりわけ酒類を避けることが肝要である」と述べています。ほかにも、体にぴったりし過ぎる服や一人だけでいる時間が長いことなどが原因となることもあるようです。自分の一週間の活動を、建設的で生産的な活動計画で満たし、脳の回路を生産的なことから満足感を得ることができるように徐々に改造することが大切です

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]

 東京・浦安の「あべメンタルクリニック」院長の阿部輝夫さんは,精神科領域における性障害の治療の第一人者として知られる。5月18日に慈恵医大講堂で開催された第32回性治療研修会(日本性科学会主催)で,19年間の臨床経験から腟内射精障害に関する統計を報告した。それによると同障害患者は218名。そのうち81名(37.2%)の原因が「非用手的マスターベーション」,48名が(22.0%)「強すぎるグリップ」であり,ふだんのマスターベーションの方法に問題があるケースが多いことがわかった。


●「週刊誌で挟んでこする」も

 あべメンタルクリニック院長の阿部輝夫さんは,性障害の疾患別初診患者数を84年5月から毎年調べており(96年までは順天堂大学浦安病院精神科勤務),03年5月で19年間の統計がまとめられた。

 一番多かったのは勃起障害の817名で,以下「性転換症」605名(FTM240名, MTF365名),性嫌悪症357名(女性208名,男性149名),性欲障害305名,腟内射精障害218名,性交疼痛症151名,早漏72名,「両性服装倒錯症」53名などとなった。
 これらの中で最も注目されるのは,「原因が不明なまま,この数年急増している」という男性の性嫌悪症であり,この分析については昨年の研修会で報告している(02年6月号参照)。

 阿部さんが今回分析したのは腟内射精障害で,その最大原因は「非用手的マスターベーション」で81名(37.9%)が該当した。以下「強すぎるグリップ」48名(22.0%),「ひとりでないと射精できない」38名(17.4%),「包茎手術後の違和感・過剰刺激」および「ピストン運動ではない刺激」がそれぞれ13名(6.0%)など。子孫拒否,フェティッシュ,体液恐怖が,それぞれ4,3,1名に見られた。

 81名の「非用手的マスターベーション」の内容としては,「シーツにこすりつける」が圧倒的に多く(43名),次に「フトンや枕を股間に挟んでこする」(28人)が目立った。このほか「ペニスを股間に挟んで圧迫」4名,「畳にこすりつける」3名,「週刊誌に挟んでこする」2名,「会陰部をクッションにこすりつける」1名だった。

 2番目に多い原因の「強すぎるグリップ」に関して,マスターベーションを想定したグリップを握力計で測定したところこれらの患者は全員が10・を超えていた。これに対して健常者の同様の測定では4~5・が多かった。強すぎるグリップによるマスターベーションになれたために腟内射精障害となったわけだ。


●治療に「コンドーム・マス法」を考案

 最大原因の「非用手法」の治療としては,従来慣れ親しんだ刺激から手の刺激によって射精可能となり,されに腟内で射精可能となるために段階的な訓練を行う。糊のきいたシーツから柔らかい布,ガーゼと進み,手で可能になってから阿部さんが考案した「コンドーム・マス法」を行う。

 これは内側に潤滑剤をつけたコンドームを使うもので,それによって「腟内のぬるぬるした状態に似せる」。このペニスを柔らかなグリップで適度なピストン運動で刺激するというもの。「マスターベーション回数の個人差にもよるが,一般に半年ほどのコンドーム・マス法によって治ることが多い」と阿部さんは言う。

 阿部さんは報告ではふれなかったが抄録集には「近年,若者のマスターベーションが,前述のような奇妙な方法によるものが増えている。マスターベーションに『正しい方法』とか『間違った方法』などがあるのかどうかは判らないが……」と記している。

 報告終了後にフロアーから「男性はマスターベーションの方法を,自分で偶然に知る場合と周囲から教えられる場合とがあるようだが,教えることに積極的になったほうがよいのだろうか」との質問が出され,阿部さんは「そうかもしれない」と答えていた。
20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
マスターベーションは、彼女らに高度な性的な自由を与える一方で、女性に自身の体を探検する機会を与えます。

 それは、パートナーに頼って、性的な喜びを経験して、「彼女ら」が選択をする性的な緊張を解放する機会を女性に与えます。

 マスターベーションは、制御している女性に対して自身の体と性的関心に非常に能力を与えます。

 マスターベーションは、すばらしい教育手段です。そして、自身の体が性的な刺激に応答する方法について、女性に教えます。

 多くの通常で健康な女性のために、マスターベーションはオルガスムを経験する彼女らの予備的なまたは手段だけです。

 マスターベーションする一方で、女性がパートナーの必要について悩む必要はなく、理想的な精神的で身体的な刺激を提供することができるので多くの女性は、最も激しいオルガスムを経験します。

 幼少から成熟まで、マスターベーションは、人生を通じて女性のとてもためになります。

 女性には、必ずしも性的なパートナーがいない時でも彼女には常に彼女自身がいます。マスターベーションは、ためになります!
 マスターベーションは、少女または女性がしばしば学ばなければならない性的な技術についての性的な活動です。そして他の性的な種類を楽しむ鍵を握る最初で最も多くの意味を含んでいます。

 理想的には、この技術は思春期かその前に学ぶことです。しかし、非常に多くの女性は、10代後半または20代前半までに学んでいます。

 10代の女性の発達中の性の差による活力について述べる建設的な手段を持つように学ばれなければならないか、少なくとも知っていることが大切という理由としては、思春期の前にとなります。

 それも、彼女らの絶えず変わる体の自分の認識を増やして、それの制御の若干の感覚を提供します。

 ティーンがマスターベーションする方法を知っているならば、彼女が感情的に、そして、身体的に準備ができる前に、性的なパートナーを捜すことを強要されることはありえないでしょう。

 少女が10歳から14歳の間で初潮を迎える時から10代の後半になるまでに、彼女らの体は本当に妊娠、出産と授乳の備えができていません。

 マスターベーションは、若い女性に性的な欲求不満以外の選択またはパートナーとのセックスを提供します。
20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
僕は正直、この年になってもマスターベーションをする事がある。
SEXをしていない訳ではない。
SEXとオナニーのどちらが好きかと聞かれれば、即答で『SEX』と答える。
それなのにマスターベーションをする…
なんでなんだろう…?



僕が初めて性的快感を覚えたのは、小学生の頃。
確か、3、4年生の頃だったと思う。
校庭にあった『のぼり棒』に登ってる時だった。

『のぼり棒』っていうのが、正式名称かは知らないけど、とにかく鉄製のパイプが何本か立てられていて、それに足を絡み付けて、手と足を使って上に登るっていう遊具だったと思う。

いつもの様に放課後の校庭で遊び、のぼり棒に登ってるトキだった。
棒を股に挟む様にして登るから、当然、僕のアソコは棒に密着している。
押し付けてると「なんとなく気持ちイイ」って感覚は以前からあったんだけど、その日はちょっと違った。
いつもと同じく勢いよく棒を登っていく…

ジーン…(或いはジワーン…)

そんな感覚がアソコに走った。
くすぐったい様な気持ちイイよーな…
なんだか分からないけど、凄く気持ちイイ。

その頃は分からなかったけど、今にして思えば、射精と同じ感覚だ。
かといって射精はしているワケではない。
例えるなら『空撃ち』って表現が相応しいのかも…

とにかく、それからは『のぼり棒』に登る度に、その快感が味わえた。
今までよりも『のぼり棒』に登るコトが多くなった。

…が、しばらくすると、なんだか、その行為自体、『イケナイ事』をしている様な気がして、段々と『のぼり棒』に登る頻度は減っていった。

その後、中学生になり、『のぼり棒』に登るコトは全く無くなったけど、平均的なオトコがそうである様、今度はホントのオナニーを覚えてしまうコトとなる。

しかし、彼女が出来て、SEXをする様になっても、オナニーはオナニーとしてしてしまうモノだ。
どーしてなんだろう?
SEXの方が全然気持ちイイし、素敵な行為なんだけどね。

オナニーは単なる性的欲求の処理なのか…?

男は皆、そんなカンジだと思うけど、女のコのオナニーの実態って、どーなんだろうね?
100人の女のコの内、一体何人位が日常的にオナニーをしてるものなんだろう…?

そして、なぜ、オナニーをしてしまうんだろうね…?
どなたか僕に教えて下さいっ♪

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
これから述べることは、私の偏った思いや意見が含まれることを考慮のうえ、お読み下さい。


手を動かせない男性にとって最も困るのことは、性的生理の処理、自慰行為、いわゆるマスターベーションである。マスターベーション自体は絶対にしなければならないものではない。なければないで済むことであり、別段、生命に関わることではない。しかし特に男性の生理にとっては大事な事柄である。週刊誌などのゴシップメディアには、女性の中にもマスターベーションをするとある。
 マスターベーション、オナニーは自身の性器を刺激し、性的快感を得る為の行為であると私は理解する。では自分以外が間接的に行えば、性的行為、いわゆる日本風に言えば、SEXをするという行為になるのだろうか。
 見方を変えれば自分以外のものが間接的に行うのだから、自慰行為ではなくなってしまうから他人と行う性行為になってしまうのだろうか。
 それでは私のように手が曲がり、自由も利かず、股間に手の届かない者がマスターベーションをするとしたら、どのようにするかと言えば、誰かの手伝いをもらうしかない。しかしマスターベーションを含む類のものは、一般的に人知れず密かに行うというものという意識があり、「マスターベーションをしたいから、私の代わりにしてくれないだろうか」と手助けを受けることは女性ならずも、男性にも抵抗感が存在するように思う。女性の中には性的な卑猥な話を極端に嫌う人、極度に嫌悪感を表す人や言葉にする人がいる。
 自身の体の一部である性器を触れることは、女性であれば間接的ではあるが、排尿後の始末、生理の際の処理など、また入浴の際に洗う時くらいだろう。男性は排尿の際に直接に触れたいと思う。そしてまた男性性器は排尿器官だが性的興奮を感じたりした場合、勃起すると共に、勃起した際には性的快感を覚える部位である。その為におのずと男性は女性に比べ、性器に触れる機会が多いこともあってか自身の性器に触れたい、性的快感を得たいと思うこともあり触れる機会も多いようにも思う。
 私を含め、マスターベーションを他人の手を借りてでもしたいと思う者の論理(私の一方的で勝手な論理だろうが)からすれば、「たかが手を貸すだけなのだから・・・」と思う。では逆の立場からすれば、どのように思い、考えるのだろうか。ある女性の友人に意見を訊いたところによれば、親や兄弟に頼まれたとすれば可能かも知れない。と言った。また排尿介助をするように生理と思えばとも。
 私が思うに、男性の場合(中には女性にあるかも知れない)、射精を伴うマスターベーション、何らかの障害により射精を伴わないマスターベーションは、男性の生理的な現象と考えていると思うのだがどうであろうか。ある人は尿や便を催すように、マスターベーションも同じようなものと言った。
 では女性はマスターベーションについて、どのように考えるのだろうか。


 私は寝たきりの状態にあり、更には腕、指は曲がり、動かすこともできないこともできない。当然のことながら日常的に排尿、排便介助を受けている。そうするとマスターベーションをしたくなりどうにもたまらず、「してくれません?」かと口にしたくなる。しかし「なに言うの?」、「私はそんなことをする為にいるんじゃない」、「どうして私がそんなことをしなければならいの?」と言われるのではないかと思うと、精いっぱいの理性で口にすることを抑えている。
 もしも言葉にすれば理性のない奴だと軽蔑されるだろうが、介助者に事実「して欲しい」と依頼したことがある。そして手を添え、してくれたことも幾度かある。また私はできないと言う人、手でしてあげることができないと言うかのように、無言で手を陰部にもっていってくれる人、後始末をしてくれる人もあった。しかし依頼したことが元で、ぎこちない関係に陥った人もある。だからといって、そのようになったことを責めるつもりはない。マスターベーションがしたいから、」して欲しい」と言えば驚き、戸惑うのが当然の反応だろう。
 マスターベーションができないから「手伝いや自分の手の代わりをして欲しい」と思う以上、別段、女性である必要はないし、男性でも構わない。あえて理想を言うならば、私は男性である限り、女性の柔らかな手を借りたい。しかしそれではまるで手が動かせないことをいいことに、風俗産業まがいのことをさせている。と思う人が多いだろう。もっとも男性は理解して貰える人は多いだろうが、女性の中にも理解してくれる人も皆無ではないと思う。ただ女性はマスターベーションや男性のように自身の性器に触れたい、性的快感を得たいと思うことは少ないだろうし、頭では理解はできても、生理的には理解は難しいだろう。しかし理解して欲しい。それが切なる希望だ。


今、改めて考えると、なんとも情けなく、悲しい気持ちになる。なぜなら、寝たきりの状態で自分の性器も触れることもできないうえに、マスターベーションをしたい、性行為をしたいと思うことが頭から離れないからである。性欲はどのような状態や状況になってもなくならないことは、ごく当たり前のことではあるが、私には大きな荷物になっている。


最後にマスターベーションやマスターベーションの介助、代行に関する貴方の思いや意見をお聞かせ下さい。

意見やメッセージを書き込み、論議の場にしていただければ嬉しく思います。

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
東北道の鹿沼インターからさつきロードに入る交差点に、「もういらない、みんなでなくそうポルノ自販機」という看板があります。まったく同じものが、例幣市街道に一つと、同じような内容の物が壬生駅の近くにもあります。  
 この看板を見るたびに、私は「一体誰が、何のために作ったのか?」「本当にポルノ自販機は、いらないのか?」と、疑問を感じると共に、腹立たしい気持ちになります。ポルノ雑誌は、ある意味では健全な青少年の育成に必要なものだと思います。それは、マスターベーションの必要性と直結しているものです。

 そして自販機は、羞恥心の強い思春期の青少年にとっては、強い味方となってくれているのです。
(成人男性の皆さん、若い頃、自販機でポルノ雑誌を買った事がありませんでしたか?私の周囲の人は、ほとんどが自販機の経験がありました。)マスターベーションの必要性については、改めて考えてみる必要もないでしょう。日本思春期学会では、性欲が極めて旺盛な青少年に対して、性欲が抑えきれなくなった時の処理方法として、マスターベーションを勧めています。また日本性科学会でも、マスターベーションは「1人で行う性行為の一形態」と位置付けており、性機能障害の治療においても、重要な技法の一つになっています。そのマスターベーションには、ポルノ雑誌は必要な視覚的刺激(いわゆる「おかず」)であることは言うまでもありません。青少年達が性欲の正しい処理方法であるマスターベーションを行なう時に、ポルノ雑誌は有効かつ必要なのです。

 皆さん、この看板の文章で「もういらない」と言っているのは「自販機」だけではなく「ポルノそのもの」に対してというニュアンスが受け取られませんか?この看板は、青少年が必要不可欠なこととして、マスターベーションを行う事、そしてそこにはポルノ雑誌が必要であること、という事実を無視しているのです。この看板を作った人がもし男性だとすれば、その人は自分が若い頃、ポルノ雑誌を見て、あこがれの「女性」に対する想像をめぐらせながら、マスターベーションをしていた頃の事を忘れてしまったのでしょうか。また女性であれば、そのような夫の過去を受け入れられない人なのでしょうか。誰もが始めからセックスの達人ではありません。初めてのセックスでとまどい、そしていろいろな体験をしながら、人類に与えられた大きな喜びであるセックスを男女ともにより楽しめるようになっていくのです。その過程の中で、マスターベーションは(特に男性にとって)重要な要素と言えます。そのマスターベーションそのものを否定するようなこの看板が、市街地に堂々と立ててあることにいきどおりを感じずにはいられません。皆さん、どのように思われますか?

 もしかしたらこの看板は、ポルノそのものの否定ではなく、あくまでもポルノ自販機の否定に過ぎないのかも知れません(たとえば、その利益が悪用されている、などの理由により)。そして決してポルノそのものの否定ではなかったのだとすれば、今回の議論はまったく的外れなものになってしまうのですが、そうだとすればそのように、はっきりと看板に書くべきだと思います。

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
マスターベーションは、ただ単に性的快楽の追求というだけではなく、心の癒しの手段としてなされていることがあります。
そういう場合には、心の問題を解決することが、マスターベーションから解放される近道です。
また、性的欲求をコントロールする「昇華」という発達課題をこなしている時期の問題である場合もあります。
つまり、心の成熟が求められているための問題であるということです。
マスターベーションを解決するために、早く結婚をしなさいということが冗談混じりで言われることがあります。
聖書にもそれらしいことばがありますが、それが聖書の考え方であるとすれば、正しい理解ではありません。
実際、マスターベーションは結婚で解決する問題かというとそうではありません。
意外と伏せられていることですが、既婚者もまた、様々な理由で、マスターベーションに浸るということがあります。

 つまり、性的欲求をコントロールするという課題は、結婚すれば解消するかというとそうではないのです。
性的欲求が必要に応じて、つまりパートナーの合意によって満たされるためには、それなりの関係を創っていく必要があります。
独身時代には抽象的な課題であり、難しいことかもしれません。
 なお、マスターベーションがいけないというのは、その行為が悪いというよりも、そこでなされること、女性を連想し、女性を性的欲求のはけ口としてなしてしまう問題のように思います。
グラビアを見ながらマスターベーションをするというのは、まさに女性を物として見ているのですし、女性の身体の一部を、女性の人格から切り離して見ていることで、女性を尊重する心を欠いています。

性は人格的な接触であり、身体のみの接触ではないはずです。性的欲求に伴う心の成熟が必要とされているのでしょう

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
Lisa Palacによるこのエッセイは、彼女が自他共に認めるラディカル・フェミニストだった大学時代からはじまります。 アーティストとしてフィルムを勉強していた彼女は、女性学のクラスでCatharine MacKinnon、Andrea Dworkin、Gail Dinesらによる反ポルノグラフィ論に大いに影響を受けるのですが、ふとした事から、普段はフェミニズムに対して理解ある言動を示している彼女のボーイフレンドが、実はポルノビデオを何本も隠し持っていた事を発見します。

「いますぐビデオを捨てなければ別れる」と迫る彼女に対して、「君がそういうなら捨てるけど、その前に一度このビデオを見て欲しい。 僕の事を誤解しないで欲しい」と答える彼。 さんざん言い合った挙句、結局彼女は「内容によっては別れよう」と思いながらも彼と一緒にビデオを見る事に同意します。

そこで彼女が見た物、それはMacKinnon氏の著書などから彼女が思い描いていた暴力的な描写でも女性を物として扱う映像でもなく、ただ単にカメラの前で男女が裸になっていちゃつくだけの、芸術的に「クズ」としか呼べない三流映画だったのです。 予期が外れて、ある意味ではほっとした彼女ですが、それでも不思議に思ったのが、何故男はこんなくだらない三流映画に熱中するのかという事。 その後何本かボーイフレンドと一緒に見ても、興奮するのは彼だけで、彼女にとってはただ単に退屈かつ幼稚な映像としか見えません。

そのうち、彼女は自分が映画監督の卵として、つい分析的な視点からポルノを見ていた事に気が付きます。 そのような見方をする以上、演技や脚本のまずさばかりが目立ってちっとも熱中できません。 そこで、彼女はビデオを一本借りてきて、自分の部屋で自分だけになって、初めて「楽しむ」ことだけを目的としてポルノを見るのです。そして、その時始めて彼女は罪悪感を感じずにマスターベーションで性的に興奮できる事を「発見」しました。 それはすぐに、男性のマスターベーションが当り前の物とされているのに、女性のマスターベーションだけをことさらタブーとする社会風潮への批判に繋がります。

ここで彼女は、MacKinnonらラディカルフェミニストは「男性による性的搾取」への回答として、女性が自身の性的欲望を否定するか、あるいはレズビアンになるか以外の選択を女性に提示していないと感じます。 過半数の女性はヘテロセクシャルなのに、そうしたヘテロセクシャルの女性が性的な主体となるためのサポートをラディカルフェミニズムが提供していない事に気付いたのですね。

マスターベーションがなぜ重要かというと、マスターベーションという選択肢が無ければ、彼女を含むヘテロセクシャルの女性にとっては自らのセクシュアリティを男性に全面的に依存する事になってしまうからです。 つまり、女性の性的主体性を奪っているのは強制異性愛制度だけではなく、マスターベーションをタブー視する風潮であると指摘するのです。

そこで彼女は考えます。 男性のマスターベーションが当り前とされるのは、男性向けのポルノグラフィがそこら中に溢れている事と無関係ではない。 ところが、それらの多くは男性の視点から男性を興奮させるために作られており、女性が見て興奮できるポルノグラフィは圧倒的に少ない。 女性の視点から女性を興奮させるために作られたポルノグラフィが増えたら、より多くの女性がマスターベーションをするようになり、女性の性的自立は実現するのではないか? そう彼女は結論付けます。

ここまで言えばもうこの先はお分かりでしょう。 彼女は大学卒業のプロジェクトとして監督・主演して女性向けポルノグラフィを制作し(男優は当然、彼女の人生を変えたボーイフレンド氏です)、卒業後も数少ないヘテロセクシャルの女性のための本格的(ここでは、芸術的価値があるということ)ポルノグラフィを作る活動をしています。

彼女の活動は、言葉の上でポルノグラフィとエロティカを区別してエロティカへの理解を装いつつもレズビアン以外のエロティカの成立可能性を極端に難しくしたラディカルフェミニスト的アプローチとも、ただ単にセックス革命(フリー・セックスを行うなど、社会的な性に関する規範に反抗する運動だが、男性中心的な点は古い規範と変わらない)に雷同するだけのこれまでの「セックス・ポジティブな女性」とも一線を画し、自分の欲望をしっかりと認識した上で「ほんとうの自分」としての女性の自立を追及したという点でユニークであると共に、非常に第3波的であるといえます。

「女性の性的客体化」という深刻な問題に対し、彼女はポルノグラフィというメディアを否定するのではなく、女性の性欲を主体的に捉えるポルノグラフィを実際に制作する事で回答としましたが、このようなポジティブなフェミニズムが今のフェミニズムの梗塞状態の打開に繋がるかも知れないと期待しています。

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
(1)自慰行為の経験率

下のグラフ1は厚生省がまとめたの自慰行為の経験率を示したグラフである。




まず注目すべき点は、自慰経験者が全体のごく少数であることである。
思春期後の20歳で言えば、男性で10.1%、女性で1.3%の者が自慰を行なっているにすぎない。つまり自慰行為とは性欲の旺盛な一部の者にだけ見られる特異な性行動と言える。特に女性の自慰経験率は男性に比べても低く、極端に性欲の強い者のみが自慰行為を行なっていると言える。
インターネット上のサイトに、あたかも多くの若年者が自慰行為の経験があるかのように記述しているものが見受けられるが、これは完全に誤った情報である。おそらくは、自慰行為中毒者が自身の自慰行為に対する罪の意識から逃避するため、このような情報を流しているもの思われる。

次に、40歳50歳の自慰経験率が急激に上昇していることに注目してもらいたい。
これは20世紀の中期に、いわゆる「自慰行為無害説」が流布されたことが影響している。
現在では自慰行為が人体に有害な影響を与えることは明白となっているが、当時は自慰行為無害説が主流であった。そのため、20世紀中期に思春期を迎えた40代50代が、当時大量に自慰行為に走ったものと考えられる。







(2)自慰行為に対する意識

グラフ2のアンケート結果を見てもらいたい。これは総務庁が行なった意識調査の結果である。

グラフ2



自慰行為者に対するイメージは、大多数が否定的なものである。むろん「その他少数意見」の中には肯定的な意見も含まれていたが、おそらく自慰行為中毒者の自己弁護的な意見が集計されたものと推測される。
この結果からも明らかなように、自慰行為は社会的には完全に「異常な性行動」と認識されている。ここまで極端な意識傾向は、ときとして自慰行為中毒者に対する差別をも生みかねないが、自慰行為の有害性を考えればある意味やむを得ないものであろう。





(3)自慰行為の肉体的・精神的健康に及ぼす影響

一部の者が「自慰行為は無害」と声高に主張しているが、世界的に見て現在このようなことを言っているのは日本だけである。確かに欧米でも20世紀の中期に「自慰行為無害説」が広まったことはあったが、近年の先進的な研究から自慰行為の様々な有害性が明らかになり、欧米では自慰行為有害説はもはや常識となっている。

肉体的健康
まず、自慰行為はエネルギー消費が大きく、身体を極度に疲弊させる。これはひいては全身の急激な老化現象をひき起こすことがある。マウスに電気刺激を与え強制的に射精させた実験では、自慰マウスの集団はそうではない集団に比べ、約15%寿命が短いことがわかっている。
また、統計的なデータからは、自慰行為者には癌の発生率が高いことが明らかになっている。これは自慰行為による陰茎や膣への不自然かつ過度な摩擦が異常刺激となり、細胞の癌化を促しているものと考えられる。

精神的健康
自慰行為はその行為に際し性的な想像を必要とする。自慰行為中毒者は頻繁に性的想像を行うため、妄想が高じ、結果精神障害を発症するに至る。自慰行為者は自慰行為を続ける一方、自身の自慰行為に対して嫌悪感を抱いており、そのような心の葛藤が精神の破綻を生じさせているのであろう。また、自慰行為者の妄想は現実離れした自分に都合のよい自己中心的なものであることが多く、そのような自己完結した思考が精神の破綻を加速させているという説もある。
自慰行為の影響はそれだけに留まらない。精神障害の末、暴力行為、強盗などの犯罪を犯す事例も多く見られるのだ。1992年に米ミズーリ州で発生した銃乱射事件で犯人は、当初麻薬中毒者と思われていたが事件後の検査で麻薬陽性反応は見られず、自慰行為中毒者であることがわかった。そもそも自慰行為中毒者は性的欲求をはじめとする欲望が強く、またその欲望を抑制することができないために自慰行為を繰り返えしており、金銭欲、自己顕示欲などが背景となる犯罪についても同様に欲望を抑えきれずに罪を犯すものと考えられる。






(4)自慰行為の生殖能力・生殖器に及ぼす影響

前項でも述べたように、自慰行為は人体の健康に多大な悪影響を及ぼすことが分かっている。
その中でも、特に重大な影響を与えるのが生殖能力に対してである。

男性
まず、自慰行為による過度の射精が無精子症に繋がる危険性について説明しよう。
精子は生殖細胞から分化して生産されており、生殖細胞が有限である限り、生涯での精子生産数は自ずから決まってくる。これは自慰行為による射精回数が直接精子消費量に結びつくことを意味するのではない。射精頻度が増加すると射精1回あたりの精子数が減少する。すると人体は一定以上の精子数を確保するため、精子の生産速度を高める。その結果生殖細胞の消耗が速くなってしまうのである。精子の生産速度増大のメカニズムは分かっていないが、自慰行為により性ホルモンの分泌が活性化されることが一因と考えられている。
次に、自慰行為がインポテンツ、早漏の原因となることを指摘しておく。
前項で述べたとおり自慰行為は強い妄想を伴うが、慢性的な妄想は性的刺激に対する感受性を異常化させることがある。つまり性的刺激に対する感受性が鈍化してしまい、性交時に勃起しないインポテンツ症を発症するのである。
一方それとは全く逆に、早漏の症状を示すこともある。これは日常的に妄想しているため、わずかな性的刺激だけで妄想が増幅し、過度に性的興奮が高まることが原因と言われている。また、自慰行為で繰り返される「摩擦刺激すなわち射精」というサイクルが、一種の条件反射となっているという説もある。

女性
外面的な影響としては、性器の着色と変形がある。
以前より広く知られていることだが、自慰行為の摩擦刺激は皮膚や粘膜組織を黒ずませる。特に大陰唇、小陰唇の濃色化が顕著である。組織が黒くなるのはメラニン色素の沈着のためであり、これは摩擦による単純な刺激のほか、自慰行為による性ホルモン分泌の活性化も影響している。
性器の濃色化の程度は、元々の体質によるところもあるが、概ね自慰行為の回数に比例している。つまり自慰行為の開始年齢が早いほど、自慰行為の頻度か高いほど、より濃い色となる。特にホルモンバランスが不安定な思春期に自慰行為を行なった場合、急速に性器が濃色化していくことが分かっている。
また、自慰行為で性器への摩擦を繰り返すことにより、性器、特に小陰唇が変形する。小陰唇の形が歪になると共に、小陰唇が伸張し、ついには大陰唇からはみ出すようになる。これは排尿に深刻な影響を与え、尿が斜めに放出され、飛沫が飛び散るといった不都合を生じる。
膣内への刺激を続けた場合、膣の緊張が低下し、いわゆる「緩い」と言われる状態となる。これは膣の緊張が高い状態で摩擦すると膣粘膜の損傷が大きいため、膣の緊張を低下させ摩擦を減少させようとする人体の防御反応であろう。また、陰核(クリトリス)への刺激を続けた場合、陰核が通常よりも巨大化する傾向がある。







(5)自慰行為の学習能力に及ぼす影響

自慰行為は集中力をなくすことは従来より知られている。その結果学習能力が低下した事例は枚挙に暇がない。しかし近年の研究においてはさらに驚くべき事実が明らかとなった。
米南アラスカ医科大O.エドワード博士らの研究によれば、自慰行為により脳細胞が部分的に死滅することが確認されたのだ。これは自慰行為の終末期において、脳内にドーパミンなどの脳内麻薬物質が大量に分泌されることにより、脳細胞が壊死するものと推測されている。
10歳から自慰行為を行っていた22歳の被験者の場合、脳細胞の約13%が死滅していた。影響は特に知性や理性を司る大脳新皮質に顕著であり、この被験者は思考力低下、記憶異常などアルツハイマー様の症状を示すに至っていたといわれる。






(6)自慰行為に対する社会的対応の課題

前項までに述べたとおり、自慰行為が人体に有害であることは明白となっている。それにもかかわらず、自慰行為に対する社会的な対応は致命的に遅れている。
たとえば、教育現場において自慰行為の有害性を積極的に教えようとしないのは大きな問題である。これは自慰行為無害説の誤りに気付かない若年者を大量に生み出す元凶となっている。
また、第1項で述べた「多くの若年者が自慰行為の経験があるかのように記述しているサイト」をこのまま放置するのはいかがなものか。このようなサイトは若年者の誤解を助長するものであり、今後法的な規制が必要と思われる。

20060325 | グランチーノ #- URL [Edit]
ワシントン州在住でドーナツチェーン『クリスピー・クリーム・ドーナツ』で働く20歳の若者『リック』さん(仮名)。キリスト教を信じるリックさんには、深刻な悩みがある―マスターベーションをしてしまうことだ。
 って、しない方が異常ですから。
 ポルノや自慰行為に罪悪感を抱くのは、我々日本人から見るとおかしなことかも知らん。だって中学生くらいから、男の子ってソレしか考えてないでしょ(笑)。毎日毎日毎日毎日、考えることと言えばソレ。やることといえばソレ。みんな覚えあるだろうが。だから男子厨房は人生で一番マヌケな季節。そして、最も美しい季節であるともいえるのだ。
 マジメな話、欲望を抑圧し続けるとおかしなことになる。おかしな方向へ向う。これはもう必然である。なせかというと、
どんなに気取ったイケメンの男だろうが、股間には金玉をぶら下げているからである。
 金玉は精巣とも言う。精の巣ですよ、お嬢さん。
 若い健康な男ならば、精通あって以降、毎日確実に金玉の中ではせっせせっせと新しく活きのいい精子が製造されている。それらは出所を求めて元気に動き回る。放出せねばならぬ。出来れば種の保存のため、女性の卵子めがけて。しかし毎度毎度そうするわけにもいかぬ。しかし溜まったものは出さねばならぬ。この切ない動物学的などうしようもない生理欲求は、毎度の糞尿の排泄と同様、いつかは体外へと放出しない限り満たされることはない。
 放出は快感を伴う。その快感は一部の間違った趣味趣向(笑)の持ち主でない限り、出来得れば異性の、それも生身の体へと向けることが最大のものとなる。それがかなわぬなら、想像や妄想でそれの疑似体験と共に放出の快感を得る。大人になっても健康な男子ならば、睾丸では毎日せっせと新しい精子が生産され放出を待つ。これを精神力で抑えようとしたところで、抑えきれるものではない。皆さんはくしゃみやあくび、いや小便や大便を精神力で抑えることが自在に出来るだろうか? 出来まい。
 ちなみに健康な男子も、齢四十前後からこの生産能力に衰えが出てくるので、「毎日放出したい」という過剰な生理的欲求のサイクルはゆるやかになる場合が多い。俺のことか? ほっとけ。しかしこれには大きく個体差もあり、六十七十になっても若い頃のまま、放出欲求を過剰に持ち続ける人間もたくさん、いる。これらを正常・異常と単純に分類することはもはや不可能といってもいい。

 以前、教え子の女子(19か20歳)が「彼氏の部屋でエッチな本やビデオを発見した、不潔だと思った」と告白した。
 なにゆえ不潔なのだろうか? そのくらいの年齢の健康な男子なら、当然新鮮な精子が金玉の中で毎日生産され、放出を待ってうようよと蠢いている。いやもうホントに情けないくらいに。
 それらをどう放出、いや排泄すればいいのか。いちいち夢精するまで我慢し続け、その都度パンツをガビガビにするのは知能が低いと言わざるを得ない。ではその都度、つまり排泄の欲求を覚えるたび、彼女を呼び排泄場所とするのか。それでは女の子はトイレと同じではないか。
 彼女との性行為は、当然男の子にとっても大切な、お互いの心の高まりの一致と愛の確認の瞬間でありたい。であるならば、そのほかの、四六時中一緒にいられるわけではないのならなおさら、彼氏の自慰行為すなわち排泄行為を認めるべきであろう。むしろ、自分以外の女体を相手にせず、金で買うような行為もせず、ひたすら自分で排泄は行っているという彼氏の「純潔」を、エロ本やビデオを発見した彼女は賞賛すべきではないのか!? どうかね世の男子諸君!
 …俺のトシになるとどうでもいいんすけどね実際…

 マジメな話、欧米では日本と違いポルノは解禁の国がほとんどだ。そういう国々で性犯罪が少ないかと思うが実はそうではない。それらの国々ではキリスト教的道徳観を厳格に守る人がおり、彼らは彼らでポルノを汚らわしいと思っているだけで、見たい奴は見、見たくない者

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